目は覚めた?
誕生日を前にして、失恋をした。
一緒に祝ってもらいたかったのに、彼の方はすっかり忘れていたようで。届いたメールは、たったの一行のみ。
≪ごめん、明日はムリ≫
それっきり、今も音信不通が続いている――。
* * *
「決定的だね。完全に終わりだよ、それ」
悪態をつきながら、彼女はムシャムシャとサラダを食べた。まじめに話を聞いているのかいないのか、「あ、このアスパラおいしい」などと能天気に言ったりして。
いつもだったら腹を立てるところだけど。この頃ほとんど泣いて過ごす私に、残っている気力があるはずもなく。
「お願いだから、絶望的なこと言わないでよう」
べそをかき懇願するだけで、いっぱいいっぱいだった。
彼女は学生時代からの親友だ。はっきりものを言う性格で、ぐじぐじ悩んでばかりの私とは正反対。今夜も彼女に無理やり腕をひっぱられ、居酒屋で飲んでいた。ところが、彼女は哀れな私を慰めるどころか、焼き鳥の串を片手に熱弁をふるったのだ。
「これでよかったの。そう思いなよ。子持ちの四十男のどこがいいのさ。あんた騙されていたんだよ」
「でも彼、すごく優しいし……」
「奥さんは妊娠中なんでしょう。よくある話じゃん。優しかったのは下心があったから。だけど、一線を越える度胸はなかった。誕生日を持ち出されて怖気づいたってわけ。つまり、目が覚めたんだよ」
彼女にお説教されて、もっともだと思った。でも簡単に忘れられそうにない。だって彼は仕事の取引先の人。これからも顔を合わすことがあるだろう。それにいい思い出しか浮かんでこない。
すると、彼女は隣の席に置いてある荷物の中から、電気屋の名前入りの紙袋を選んだ。「はい、プレゼント」と言って、私の前に置く。
「え、これって?」
驚く私に、彼女はニッと笑った。
「ちょっと遅くなったけど、誕生日のお祝いだよ。これ、あげるから。元気だしてよ。さあ、おかわり頼もっか」
そう言って、彼女はメニューを開いた。
* * *
「うひゃっ! な、何?」
部屋いっぱいに鳴り響く大きな音。あわててベッドから飛び起きた。ピピピピという電子音だ。どうやら時計のアラームらしい。
「え、え、え、え?」
今日はズル休みを決めこんでいたから、昨晩寝る前に携帯のアラームを外したはず。なのに、どうして鳴っているのだろう。それにいつもの音とちがっているような。
すぐに音源を発見することができた。彼女からもらった紙袋から聞こえてくるようだ。手で破いて袋を開ける。推測どおり、時計があらわれた。アナログ式の目覚まし時計である。
「もう、なんのつもりなんだろう。イタズラかな」
うるさくてかなわない。アラームを止めようと時計をひっくり返して裏側にした。そこには、大胆にマジックで書かれた文字が。
『目は覚めた? 夢なんか見てないで、さっさと起きな!』
そうだね。わたし、ただ夢を見ていただけなのかも……。
「フフ、おはよ。ちゃんと起きたよ」
カチッとアラームのスイッチを切った。
(END)
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