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鹿肉カレーのパウチ

作者: 夜空アクエ
掲載日:2026/10/27

 田舎はつまらない、なんて思うけど、自分が魅力に気付けていないだけかもしれない。田舎での暮らしを楽しんでいる人もいる。でも、自分には田舎での暮らしは耐えられなかった。

 都会には選択肢がある。映画館も美術館も博物館も、色々な魅力がたくさんあって、イベント事も多い。

 都会は窮屈だと言う人もいるけど、田舎のほうがよっぽど窮屈だと思う。田舎には「何もない」がある、と言う人もいる。それがいい人も、中にはいるんだろう。自分にはその感覚はわからない。

 正月休みには帰省するのかという家族からのLINEに、断りの連絡を入れる。昼休みはまだ少し時間があり、食事を終えた同僚が話しかけてきた。

「カズキは正月休み、帰省するの?」

「いやー、しないかな。タツミは……実家暮らしって言ってたっけ」

「そう、都内だから、わざわざ一人暮らしするよりそのほうがな。でも、カズキみたいに田舎に実家があるのに憧れるよ」

 同僚からのその言葉が、嫌味ではなく純粋な憧れだとわかっていても、自分には少しとげとげしく感じられた。

「俺は都会暮らしのほうがいいけどなぁ。田舎なんて、なんもないよ」

「なんもないってことはないだろ。確か北海道って言ってたよな? うまいものとか、色々あるだろうに」

「食べ物はおいしいけど、それだけだよ」

「だけってことないんじゃねーの?」

「あー……まあ、温泉とか、山とか? 好きな人には、いいんだろうけどね」

「温泉あんの? いいじゃん」

「俺はあんま好きじゃないからさ」

「そっか。でも、山とかも良さげだよな、登山って、一度くらいしてみたいわ」

「東京にも高尾山があるじゃんか」

「あれくらいのじゃなくて、もっと本格的なやつ。カズキはやったことある?」

「やったことは……あるかな。子供の頃だから、そんなに覚えてないけど」

「覚えてないかー。でも、子供の頃にそういう経験ができてるって、ちょっと羨ましいな」

 悪気のない同僚の言葉が、少し、苦々しい。

「そろそろ昼休み、終わるよ」

「お、もうそんな時間か。じゃあな」

「うん」

 時計を見て気持ちを切り替えて、午後の仕事の準備をする。ケータイに通知が来たので見ると、実家の家族から、なにか食べ物でも送ろうかというLINEが来ていた。昼休みが終わるので、返事をするのは後にしよう。

 仕事をしながら、合間に少し考えたけど、実家からわざわざ送ってもらってまで食べたいものなんて思い浮かばなかった。田舎の食べ物は、おいしいとは思うけど、わざわざそこまでして食べたいとも思わない。

 今時、通販だって充実してるんだから、家族に買ってもらって送られるより、通販サイトで買うほうがよっぽど安心だ。

 こういう時、どういう返事をするのが正解なんだろうな、と悩む。食べたいものなんてこれといってない、なんて言って断るのも、少し気が引ける。

 善意で言われていることなのだから、断るのはよくないかもしれないと思う。でも、本当にないんだけどな、とも思いながら、強いて言えばなんだろうなと考える。

 仕事を終えて、帰り道の電車の中で、実家にLINEで返事を書いた。

『そんなに気を使わなくていいけど、強いて言えば、鹿肉のカレーとか? パウチとか缶詰とかの、常温で長くもつやつだと助かるかな』

 一人暮らしの家に、野菜や日持ちしない食べ物などを送られても、少し困る。考えた結果がそれだった。ほどなくしてスタンプで「了解」と返事が来た。


 それからしばらくして、実家から荷物が届いた。届いたものを確認すると、鹿肉の煮物、カレーのパウチや、クマ肉の缶詰、鮭とばスティックなどの常温で保管できる食べ物が色々と入っていた。それと、温泉の入浴剤やハッカ油スプレーなどの雑貨も少し入っている。

 こんなもの使わないんだけどな、とも思いながら、使い道を検索した。まあ、絶対に使わないということもないか、と思った。気遣いで送ってくれたものを、捨てるのも気が引ける。

『荷物、届きました。色々ありがとう』

 と実家にLINEで連絡する。「どういたしまして」というスタンプですぐに返事が来た。

 荷物の中に入っていた入浴剤を見ながら、もう何か月も湯船に浸かるということをしていないなと思う。基本的に毎日シャワーだけで済ませて、湯船に浸かることはしていない。

 単純に時間がないとかめんどくさいとか、理由はある。水道代もかかるようなイメージがあるから、もったいないと思ってしまう。

 入浴剤なんて入れたら、残り湯を洗濯に回すことができなくなる。なんて思ったけど、残り湯を使って洗濯なんて、それこそめんどくさいので、そんなことはしない。

 実家に住んでいた頃は、毎日しっかり湯船に浸かっていたけど、それは家族が用意してくれていたからだ。自分で毎日しっかり湯船を用意するなんて、そんな面倒なことはできない。

 でも、せっかく入浴剤を貰ったんだから、たまには湯船に浸かるのはいいかもしれない。そう思ったけど、やはり面倒だなとも思う。

 鹿肉のカレーも、クマ肉の缶詰も、そんなに食べたいと思っていたわけではない。自分は、本当はなにが欲しかったんだろうな、なんて思いながら、鮭とばスティックを手に取る。

 鮭とばスティックは、開けてそのまま食べられるから、いいなと思った。手軽に小腹を満たすのにはちょうどいい。

 都会での暮らしは、自分に合っているのかどうか、本当はよくわからない。でも、都会には色んな選択肢があって、田舎にはそれがなくて、と思うけど、自分がそう思うだけかもしれない。

 本当は田舎にも選択肢というものはあるのかもしれなくて、自分がそれに気付けていないだけなのかも。そう思ったけど、今更、田舎に戻るのは考えられないとも思った。

 田舎に戻ったところで、幸せに暮らしていけるとは思えないけど、都会で一人で生きていくのも、それはそれで苦しい。苦しいことはあるけど、それでも、都会で一人で生きていくほうが、気楽だと感じる。

 それが、幸せ、なのかどうかはわからないけど、気楽なほうが、いいと思った。

 鹿肉カレーのパウチを開けようとしたけど、カレールーだけあっても、お米がないことに気付いた。お米を用意するのは、面倒だなと思ってしまう。

 色々なことが面倒で、どうしようもない。けど、面倒でも、やらなくちゃいけないことがたくさんある。人生って、そんなことの連続だ。

 とりあえず、明日の仕事帰りにスーパーでお米を買ってこよう。今度の休日には、ゆっくり湯船に浸かるのもいいかもしれない。ハッカ油のスプレーはどう使おうか。

 色々なことを考えながら、シャワーを浴びた。


〈了〉

 なんか似たようなことばっかり書いてるような気がするような。もっと明るくてハッピーな話が書きたいね? とは思う。

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