【1】お探しの死にかけ竜はこちらです。
「死にかけの竜を探している」
商会の受付嬢ポレッタは、目前の銀髪紫紺眼イケメン推定金持ち優良顧客候補を、ただの即刻排除対象者にランクダウンした。
「お客様。当商会はしがない食料品専門の商会でございます。誠に申し訳ありませんが魔獣肉の取り扱いはございません。竜素材に関してのご依頼は、正面玄関を出て左に三軒横、魔獣猟友会『鋼の牙』がおすすめです。それでは、本日もよいお取引がありますことをお祈り申し上げます。……次のお客様!」
受付嬢ポレッタはカウンターの向こうにいるイケメン不審者に一礼して、彼の後ろにいる常連商人に声を掛けた。が、意味不明営業妨害イケメンは、ポレッタの親切な案内を無視して、なにやら鞄をごそごそ漁り、皴だらけの羊皮紙を取り出した。
「待ってくれ! ここに領主殿の紹介状がある。この商会ならばこの領地全体に詳しいと紹介されたのだ」
―――はぁ? 領主さまの紹介状? 絶滅危惧種より数が少ない稀少品ぞ? 偽造品確定。犯罪だぞ、お兄さん。警備員さーん、ヤバイの来てまーす。
カウンターの下でイケメンから見えないように、腕に嵌めた魔術具に魔力を流す。微かに熱を帯びて起動したバングル型端末が、共有端末を装着している本日の警護担当に異常事態を知らせる。客と店員に扮した元冒険者と引退騎士が、ポレッタのいるカウンターにさり気なく視線をよこした。
―――おお~、さすがギャレットおじさん。さすギャレ。
いかにも飲食店の店長ですという格好の小太りの中年が、不審者の後ろに並んでいた常連商人を流れるように別カウンターに連れて行った。
常連商人と元冒険者の警備員は古馴染みだ。元冒険者が「なんだか待ちそうだし、あっちに並んだ方がいいでしょうか。この商会は初めてで」と白々しく言った時点で、あ、なんかヤバいんだな、このカウンター、と察した常連商人は、「そうですな、一緒に向こうのカウンターに並び直しましょうか」と上手に合わせて退避して行った。
―――常連商人さんもナイスアシスト。そのまま安全圏でいて下さーい。
少し安心したポレッタは、笑顔を保ったまま、顔に掛かった髪を耳にかける仕草をして魔術具イヤリングを起動した。これで警備員や当直役員と、対不審者対応の音声を共有できる。
「これは失礼いたしました、お客様。申し訳ございません。それでは、そちらのご領主さまのご紹介状を拝見致しましても宜しいでしょうか」
「いや、誤解が解けたようでよかった。どうぞ」
素直に手渡したイケメン不審者に、誤解は解けてませんよ、と内心で返す。
『領主さまの紹介状』とポレッタが発言した時点で、店員に扮した引退騎士がさりげなくカウンターの裏側を移動して、ポレッタの背後に控えている。いかにも、『領主さまの紹介状』に興味があるただの店員の顔で。
「おお~これは……」
受け取った紹介状にあるサインを見て、ポレッタは固まった。
紹介状の真偽を確かめる方法は複数ある。そのうちの一つが、領主のサインを確認する方法だ。領主が直筆でフルネームを記載する部分であり、最も偽造が難しいと言われる。
「なんて……独特な筆跡」
―――まず、当地方の領主は、酷い悪筆である。「今年は虫害があり税の減免か猶予を」と王宮に送った書簡が「今代は老害であり禅譲か革命を」と読み間違えられて内紛を引き起こしかけた過去がある。
「文字数も……あってますね。全156文字あります」
―――次に、フルネームが長い。長ければ長いほど加護を得ると、百年前に王都を訪問した聖白竜教皇が記念式典で言っていたのを先祖が聞いたとかで、とにかく意味もなく長い。セカンドネームどころかトゥエンティースネームある。領主の紹介状が滅多に書かれない原因の一つである。
「魔力反応……銀色に光る漆黒色。……ご領主さまの御色魔力で間違いありません」
―――最後に、サイン部分に魔力を流すと、回数制限はあるが、少なくとも十回程度は、サインをした本人の魔力色がインク上に浮かび上がる。領主さまの魔力色は独特で、先祖に竜人族の降嫁を賜ったという逸話にも納得の迫力ある銀黒色である。
つまり……。
「確かに、ご領主さまからのご紹介と確認できました」
―――ギャーッ。本物だ―! 十五年で二枚しか書かれたことないって研修で習ったのに、なにも、今日、私がカウンター当番の時に三枚目が来なくったっていいじゃないかー!
手首のバングルが熱を発しては鎮まる。回数は三回。意味は、『時間を稼げ』、だ。
ポレッタは内心の恐慌をおくびにも出さずに、カウンター机を回って客側に移動すると、最優先粗相絶許イケメンに優雅に一礼した。
「本日は当商会にようこそお越しくださいました。お客様の喜びこそ我らの誉。北は銀灰湖の荒氷、南は灼陽山の銀葉まで、この世全ての食料品は、存在します限りお手元に。ラバン商会を末永く、どうぞ宜しく御贔屓に」
穏やかなテンポで一語一語をゆっくりと発音するポレッタは、上客に丁寧に接客する店員に見えることだろう。実情は違うが。
―――― 貴賓室の準備まだおわんないのー!? 案内GOサインが魔術イヤリングから流れてこないんですけどっ。こんな、誰が聞いているかわかんない一般カウンターで領主直紹介イケメンの依頼を聞けるわけないじゃん。っていうか、接客はやく代わって~、会頭~。今日出勤日でしょ~。
ポレッタが商会の誕生秘話第二章を語り終わるころに、ようやく会頭が一階カウンターへと姿を現した。初来店の顧客全員にご案内しているんです~とさも当然の顔で語り続けていたポレッタは、おっそいんじゃお姉さま、早よう引き取れ、と背中に隠した右手でハンドサインを送る。
「お客様、それでは詳しいお話はこちらで私がお伺いいたします」
長身金髪金眼美女が機密対応必須上級顧客イケメンを連れて行ってくれて、ポレッタはようやく息をつけた。
―――いや~焦った~。
背後に控え続けてくれた引退騎士の警護担当と、他の顧客を誘導し続けてくれた元冒険者の警護担当に、それぞれさり気なく感謝を示し、彼女はカウンターの内側に戻った。
「お待ちのお客様、宜しければこちらでお伺いいたします」
手首のバングルの非常事態シグナルとイヤリングの聴覚共有魔術を解除する。これでいつも通りだ。
―――それにしてもよかった~。
「まあ、新規に飲食店を。出店場所も資金も既にご準備済みなのに、肝心の原材料の仕入れ先で数種卸元が見つからないものがおあり、と。まあ、あの方のご紹介ですか。あの方は当商会と古くからお取引があるお客様でございます。……御開店おめでとうございます。ぜひ当商会をよろしく御贔屓に」
―――……バレなくて。
ニッコリ笑って受付嬢ポレッタは新規顧客の要望をメモしていく。
―――たぶん、私の寿命、あと十年ぐらいなんだよね~。
「お客様、こちらの商談スペースでお待ちください。当商会で一番お探しの品に詳しい者を呼んで参ります」
営業員を呼び出すためにバックヤードに向かう彼女の影に、足が三本映ったのに気付いた人間は、その場にいなかった。
気を抜くと、不可視にしている尻尾が影にだけ現れる、元人間転生竜は鼻歌交じりに廊下を歩いて行く。
―――探し物はなんですか~。お探しの死にかけ竜はこちらですぅ~。……語呂わるっ。ってか私、竜じゃなくて『竜人族』だし~。ほな違うか~。
後の騒動も知らずに、違法実験施設出身脱走竜はホテホテと歩いて行った。死んだことになってる私に、用があるわけもなし、と。違法実験施設からの脱出のために角と羽、竜核に手足一本ずつ、あとついでに大半の寿命を削る羽目になった齢十歳の幼竜は、今日もご機嫌で人族に混じって労働していた。
ちな、竜人族の寿命は平均1000歳です☆




