遅行傷
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ウラシマ効果。
つぶらやくんも聞いたことがあるだろう。時間の流れの違いについての話だ。
浦島太郎が竜宮城で過ごした短い期間は、地上においては長い長い時間の経過であった……という感じだな。
SFではポピュラーなネタのひとつであり、今なおギミックとして様々な作品が生み出されているのは周知のとおりだ。その理屈についての解説もなされている。
しかし、それをここであらためて論じるつもりはない。理屈を知るのも大事だが、肌で触れた体験はその上を行くことしばしばだ。信じてもらえることが、まずなかったとしても、意識にはばっちり刻まれる。
友達から最近聞いた話になるのだけど、耳に入れてみないかい?
――おかしい。時間の流れが遅く感じる。
そう感じる日が、数年前にあったと友達が話してくれた。
退屈な時間を過ごし、時計をやたらと気にする……そのようなときは、体感時間が長くなってしまう経験、多くの人にあると思うんだ。
しかし、友達は学校の一コマ目に入って、それを実感したのだという。
歴史の授業で脱線もおもしろい先生だから気に入っていたのだけど、いつもあっという間に終わってしまうから、物足りなく感じるほどだったとか。
それが、今日は長い。一通り話に聞き入り、板書もうつしていったというのに、時計で見るとまだ10分ほどしか経っていなかった。
先生の板書はそれなりに密度がある上に、書き直すこともしばしばだ。まともに付き合っていたら、確実にそれ以上の時間は経過する。経験上。
このクラスは社会関係に興味がない人が多い。早くも、自分の睡眠時間補充に舵を切っている生徒が三分の一ほどいる。もう三分の一は前こそ向いているものの、おそらくはぼけっとしていた。
先生は我関せず、とばかりに授業を続けている。終わらせないといけないカリキュラムとかあるんだろうなあ、などと考える僕は、黙って内容をノートにつづっていくものの、やはり時間のことは気になる。
外はいつの間にか雨が降り始めていた。登校してきたときには、曇り空とはいえ明るさはそれなりにあり、天気が下り坂になるとは考えづらく思っていたと、友達は語る。
――次の先生の話があったら、ちょっと時間を計ってみよう。
あいにく、腕時計はしていなかった。頭の中で数えるよりない。
先生がチョークを走らせている手を止めて、こちらを向いて話を始めた。このときより友達は頭の中で時間をはかったのだそうだ。中身をそっちのけで、過ぎていく時間に神経をl凝らす。
先生は500秒あまり話していたという、おおよそ8分ちょいといったところだ。けれども分針は5分、いや3分にも足りないくらいにしか動いていなかったらしいのさ。
カウントする自分の気が急いて、早まったという線もなくはないだろう。でも、このズレはいくらなんでも大きいのでは。あるいは時計そのものが遅れているとか……。
気になりだすと止まらない。
友達はトイレに行く旨を申し出て、教室外へ出た。ほかの教室の時計を確かめるためだ。
忍者のごとく足音を殺し、身をかがめながら別教室たちの時計を盗み見ていったらしい。同じ階のすべての教室を確かめたところ、いずれも進みが全く同じ。
友達がカウントしていたような、本来あるべき時間の流れから外れていたらしいんだ。
いたずらにしては手が込んでいる。先生たち全員がグルになっているのか、もしくは自分の感覚のほうこそおかしくなっているのか……。
あまり長く席をあけていると、授業の理解にも支障が出る。友達は確認が済むと、そそくさと教室の自分の席へ戻った。
雨は先ほどよりも強くなっている。窓ガラスの表面をしきりに粒が叩き、崩れては流れて滝のように視界をさえぎってきていた。
時計を見るに授業時間はまだ半分ほど残っている事実を示す。友達の感覚ではもう終わっているころなのだが。
そう思いかけて、ノートをめくりかけたとたん。
ガラスを爪でひっかく、あの嫌な音が教室中に響き渡った。
あまりに大きい。寝ている人全員も飛び起きてしまい、先生もまたチョークの手を止める。
おそらく友達を含めた幾人かは、目にしただろう。音の出どころがベランダに面した窓ガラスたちであること。そこへひとりでに、一文字の太い傷が入っていったこと。
そして直後に授業終了のチャイムが鳴り響くとともに、それらの傷が一瞬で消え去ってしまったことを。
時計も、本来指し示すべき時間を指していたとは友達も話している。例のガラスの傷については他のみんなが目撃していたようだ。チャイムとともに傷が消失してしまったところも。
集団幻覚、と考えるのが現実的だろうな。友達もまわりのみんなもそう飲み込んでいた。
でも数か月後に、地域で地震があった折に、あのときひび入った窓ガラスが、冗談のようにことごとくきれいに割れてしまったのだそうだ。
あの遅れた時間の中、自分たちはどこにいたのかと友達は今でも疑問に思うらしい。




