虎の尾を踏む。
「詭弁ですわね」
私はクラレンスの言葉を鼻で笑った。
何を仰っているのか、彼は自覚があるのだろうか。
私の半笑いに、クラレンスはより必死になったようだ。よほど、私と離縁したくないと見える。
ご存知?
(二兎を追う者は一兎をも得ず、という言葉を)
「だいたい、きみにも非はあるよね?」
「あら……私にも至らぬ点はあったと思います。ですが、だからといってあなたのしたことが許されるとは思わなくてよ。ひとを殺そうとして無罪放免なんて、無法国家の出来上がりですもの」
「だから……!!殺そうとは思ってなかったんだよ!」
まるで殺人事件を起こした犯人のような供述をするクラレンスは、もはやエウラインどころではないらしい。
「そうだ……!ミューテンバルト伯爵はなんて言っている?いいのか!?こんな騒ぎにして。離縁をしたいっていうのはこれはきみの独断なんじゃないか!?」
「騒ぎにしたのは私ではないと思いますけれど……。そうですわね」
私は自分の口元に指を当てた。
お父様は、きっとクラレンスに毒を盛られていたことを知っても、エウラインのことを知っても、目を瞑ると仰せになるでしょう。
お父様は根っからの貴族思考だ。情より利を重視している。
それに──万が一。億が一。
クラレンスとの離縁を認めていただいても。
「確かにこれは私の独断です。けれど」
私は人差し指を立てて説明を口にした。
「あなたがエウライン様と関係を持っていたこと」
二本目に中指を立てる。
「そして、私に毒を盛っていたこと。その点から、私は離縁を申し立てたく思います。結婚の際に、誓ったでしょう?病める時も健やかなる時も……互いを愛し、慈しむことを誓う、と。殺されそうになったのでは、大きく違反していますわ」
「だから……!!殺すつもりはなかったって言ってるだろ!?」
「そんなに異議申し立てをされるのであれば、正式に裁判とさせていただいてもよろしくてよ?なんと言っても、我が国には【真実を映す鏡】──三大神器があるのですから」
私の言葉に、周囲に集まったひとたちがザワつくのが分かった。
真実を映す鏡が用いられるのは、四回目の裁判。
つまり、三審で決着がつかない場合の、最上級裁判となる。
だいたいは一回から二回で終わるので、四回までもつれ込むのは相当珍しい。
時間も金も、もちろんその分だけかかる。
それに、とうぜんだけれど貴族で四審までというのは、前代未聞の醜聞となるだろう。
だけど──
「私は、それでも良くてよ?」
私はふたたびニッコリと笑った。
私にはその覚悟がある。
裁判でも何でも、やってやろうじゃない?
もっとも──
私はクラレンスに気づかれないように、エウラインに視線を向ける。
(彼女の様子は……)
【真実を映す鏡】。
それは今、紛失状態にあるという。そして、その重大参考人として、エムルケ伯爵の名が上がっている状況だ。
もし、彼が何らかの形で関与しているなら娘のエウラインも知っている可能性が高い。
そう踏んで、意図してその三大神器の名称を口にしたのだけれど。
エウラインの反応は顕著だった。
顔は青ざめ、俯いている。
それが、先程の口論が尾を引いているのか、【真実を映す鏡】という単語を口にしたからか。そのどちらなのかは判断がつかないけれど。
(黒寄りのグレー……というところかしら)
まったくの無関係、というわけではなさそうだ。
ふたたび、私はクラレンスに視線を戻す。
こちらもこちらで、私の裁判という発言は想定もしていなかったのだろう。唖然としていた。
「そこまで」
そこで、王太子殿下が静かに声を出す。
おおきな声でもないのに、その声はよく通った。
「クラレンス・クルルフォーツ。僕から見ても、この件はきみに非があると判断する。それでもきみはまだ、レディ・ミレイユに責任追及するのかな?」
王太子殿下の言葉に、クラレンスの顔色がますます悪くなる。土を飲んだような顔だ。
「それは……!!ですが、この場だけでは判断しかねることも……」
その上、ごにょごにょと何か言っている。
それに、王太子殿下が目を瞬く。
それから、思わず、と言ったように失笑した。
「ふっ……ふは、ふはははははは!」
よほどおかしかったのだろう。
お腹を抱え、体を曲げて王太子殿下が笑う。
王太子殿下は、浮かんだ涙を指で拭うと、ゆっくりと顔を上げた。
そして、先程よりずっと低い声でクラレンスに尋ねた。
「ねえ……クルルフォーツ小公爵。それはさ。僕の判断に誤りがあると、そう言っている、ということなのかな」
どうやら、クラレンスは意図せず王太子殿下を貶める発言をしてしまったようだった。




