考えが、甘くてよ
私の言葉に、クラレンスが目を見開く。
何も知らないと、そう思っているのだろう。
私はニッコリ笑うと、クラレンスをじっと見つめた。
「私の食事に毒を混ぜていたこと、もうとっくに知っているんですのよ」
「は……!?毒!?」
「証拠は保持しております。クルルフォーツ公爵邸の使用人の証言もございます。私は、あなたを訴えることができてよ?旦那様」
あえて旦那様、と呼ぶとクラレンスの顔がだんだん険しくなる。
証拠もないし、証言もまだ得られていないけれどカマをかける。
揺さぶりをかけるつもりで、私は攻めに出た。
「毒なんか知らない!言いがかりだ。そんなことより」
「そんなこと?私はそれで慢性的に具合が悪かったのですけれど。ああ、そうそう。そういえば、療養を勧めてくださったのも、あなたでしたわね」
私の言葉に、クラレンスが息を呑む。
周囲のひとたちは、すっかりクラレンスが私に毒を盛り、亡き者にしようとしていたと思っていることだろう。
夫に、クラレンスに恋人がいた?
それはまあ、貴族だもの。
そういうことも、あるわよね。
実は私、それについてはあまり怒っていないの。
私が怒っているのはね、
「あなたは卑怯な手段を取って、私に不名誉を着せた。これは断じて許されることではありませんし、許すつもりもありません」
私に腐った食事を出して、体調不良にさせて、白い結婚の責任を私に押し付ける。
これが卑怯と言わずして、何を卑怯というのだろう。
私の妙な圧に押されたのか、クラレンスが後ずさる。私はくるりと周囲を見渡した。
そこには、いつも大聖堂に来ている教徒がたくさんいた。
ひとの目は、ひとの耳は、連絡の足となる。
だいたいの人間は、噂好きだ。
ここでの情報は、どれほど社交界に真実として回るかしら?
脚色されて、もっと酷い尾ひれがつきそうだ。
私は肩を竦め、微笑んだ。
「お子様に恵まれて何よりですわ。クルルフォーツ公爵家もこれで安泰、ですわね!」
私の言葉に、ハッと我に返ったようにクラレンスが言い返す。
「さっきの話を聞いただろ!?エウラインの子は、僕の子じゃない!」
「まあ、責任逃れをなさいますの?ねえ、エウライン様」
私が呼びかけると、それまで青ざめていたエウラインが私を見る。さすがに、レナルディア卿と王太子殿下が登場するとは思いもしなかったようだ。
「お腹の子は、クラレンスとの子供なのでしょう?」
さっき大声で、淑女失格どころか、その名を剥奪されてもおかしくない程度には酷いことを口にしていたけれど。
エウラインは、コクコクと何度も頷いた。彼女も相当に図太い。
エウラインの子が、クラレンスの子かどうかはこの際、どちらでもいい。
大切なのは──
「どちらにせよ、クラレンスは責任を取らなければならないわ」
未婚の淑女に手を出した以上、クラレンスには責任を取る必要がある。
私の視線に射抜かれるようにして、クラレンスが口を戦慄かせた。
元より、こんな男、熨斗をつけて押し付けたいくらいだ。もちろん、返品は承りません。
エウラインの見る目を疑う。
いえ、彼女も貴族の娘であり、未婚だというのに、不特定多数と遊んでいたというのなら……どっちもどっち、ということになるのかしら?
私はふたたび、くるりと周囲を見渡した。
春をイメージした、薄青色のドレスが花のように広がる。私の桃色の髪が、その上を遊ぶように舞った。
私は微笑んで、クラレンスに尋ねる。
「旦那様は。妻に毒を盛って、私を亡き者にしてから愛人としてエウライン様を迎えるつもりでしたの?……ま、怖い」
形ばかりの【怖い】というセリフとともに、私は目を三日月形にして笑んだ。
それに、妻殺害未遂のレッテルを貼られるくらいなら、ということなのだろう。
「毒じゃない!腐ったものを混ぜていただけだ!」
……と、ついに告白した。
「毒でしょう」
私はキッパリと言った。
クラレンスとしては、これで
『あら、毒じゃなかったんですの?』と私が驚く展開を想定していたのだろうか。
しかし、腐った食材も毒である。
(ご存知ない?)
食中毒、という言葉を。
「あなたに毒を盛られる度に、私は自作した魔道具でどうにか対処していたんですのよ。あれがなければ、私は死んでいたかもしません」
死ななかったのだからいいだろう、は、生存バイアスである。
結果として、私は命を落とさなかったというだけ。
医者に処方された薬もあったけれど、クラレンスの息がかかった医者など、ヤブ医者も同様だ。
(薬草の効果を付与する魔道具作りが趣味でよかったわ)
そのおかげで、今、私は自分の命を繋いでいる。
「……さて、旦那様。私はこの場において、今すぐにでもあなたと縁を切りたく思います。つまり、離縁、ですわね?」
クラレンスは、私と離縁するわけにはいかない、といった。家督を継ぐには、私と結婚するのが条件なのだろう。
(だからきっと、クラレンスの本来のシナリオは──)
クラレンスが家督を継ぐ。
↓
白い結婚を理由に私と離縁する(あるいは私を毒殺する)
↓
エウラインと再婚する……とか。
そういう未来を思い描いていたのでしょう。
だからこそ、彼は私と結婚してからエウラインと関係を持っていない。
……先ほど口論していたクラレンスの言葉を信じるなら、だけれど。
離縁、という言葉にクラレンスが顔を青ざめさせた。
まるで、薬物中毒者のヤク切れのように震え出し、大声で否定する。
「そんなの認めない!!だいたい、腐った食事を出させたのなんて数える程度だ。それも、躾──そう、妻への躾だ!あれは常識の範囲内だ。だから離縁は認められない!!」
この場には、このエリセリュン王国で二番目に強い発言力を持つ王太子殿下と、公爵子息であり、魔法管理部長のレナルディア卿がいらっしゃるというのに。
彼は先程の話のやり取りを、なかったことにできるとでも思っているのかしら?
それなら、考えが甘いと言わざるを得ない。




