(未来の)新郎新婦は仲が悪い
「そうは言ってないだろ!?そもそも、何考えてるんだよ。父上にいきなり手紙を送るなんて!」
クラレンスと、エウラインの声だ。
「あなたがハッキリしないから、お父様にお伝えしたんじゃない!子供が出来ました、ってね!」
(えっ……)
え、ええええ!!
事態は、思いもしない方向に転がっていっているようだった。
思わず、口元に手を添えてしまう。
さすがにこの大声だ。レナルディア卿と、王太子殿下の耳にもはっきり聞こえたようだった。
王太子殿下は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「まったく、品がないな。こんなところであの大騒ぎとは」
「ですが、これは好機ですわ」
私の言葉に、王太子殿下がくちびるを引き結ぶ。
『まさか?』という顔をして自身を示すので『そのまさかです』と頷きを返す。
それに、王太子殿下が『またまた~』と手を振るので、私はニッコリと笑って見せた。
王太子殿下の顔がひきつった。
「私は、有力な証人を探していたのです」
「でもあなたは、王家に迷惑をかけないと宣言したんじゃなかったかな」
王太子殿下は、レナルディア卿に伝えた
『陛下にも、ルヴェルト卿にも、ご迷惑はおかけしません』という言葉を言っているのだろう。
それれに、私は微笑んで返した。
「私が申し上げたのは陛下とレナルディア卿──。とはいえ、感謝しております。王太子殿下」
「一応聞いておくけれど……何が、かな?」
「ふふ、そんなの──自ら巻き込まれにきてくださったことに、決まっているではありませんか♡」
私は口元に手を添えて笑みを深める。
王太子殿下は、自ら足を運んでこの地までやってきた。
私を、ご自身のご子息の婚約者とするために。
せっかく来てくださったんだもの。
ありがたくその厚意に預かるとしましょう。
「王太子殿下。ご助力いただいた借りは、その分働きで返しますわ。例の件、私の名にかけて、解決に導くと誓います」
「…………」
僅かな沈黙の末、王太子殿下は両手を上げた。
「いいよ。分かった。そもそも、ここで僕が行かないんじゃあ、あまりにも虫がいい話だよね。その話、乗った」
快諾得られたことに、私は笑みを浮かべた。
ちらりと声のする方に視線を向ける。
(それにしても。ふたりの逢瀬は、明日のはずだけれど──予定が変わったのかしら?)
不思議に思いながら耳をすませると、耳をすませるまでもなく、ふたりの口論が聞こえてきた。
「父上に子供が出来たと言ったのか!?バカかお前!」
「バカですって!?あなたが言ったんじゃない!」
「だいたい、ほんとうに僕の子なのか!?僕の子供じゃない!」
「なんてことを言うの!?信じられない。見損なったわ!」
「それは僕のセリフだ!僕に何も言わずに父に手紙を送るなんて……きみみたいな非常識な人間、初めて見たよ!」
「あなた、私を騙していたんでしょう!?クルルフォーツ公爵閣下は、私のことを知らなかったわ!!離縁の話をしても一蹴されたんだから!だから私、悔しくて!」
「そんなことして僕が家督を継げなくなったらどうするんだ!?僕はミレイユと別れる訳にはいかないんだよ!」
「言ってることが違うじゃない!!!!」
エウラインのかな切り声が聞こえてきて、私はふたりのその会話にうんざりした。
どうやら、エウラインは黙ってクルルフォーツ公爵閣下にお手紙を出したようだ。
だけど、閣下は彼女の存在を知らず、お怒りになった……というところなのかしら。
私はそっと、足を踏み出した。
声からして、さほど近くはないようだ。
だけどいかんせん声が大きすぎるので庭園中に響いている。
こんな騒がしくしたら──
私の懸念は的中した。
私たちがふたりのもとに向かうと、そこには既に人だかりが出来ていた。
意図せず、私は例の作戦【偶然見ちゃったので騒ぎにしてしまおう!】を成功させてしまったようだった。
エムケル大神官もいらっしゃって、エウラインを止めようとしているが、周りが見えていないのだろう。
エウラインがクラレンスに食ってかかっている。
「私を利用したのね!?最低!!お父様にいいつけてやる!!」
「きみだって、舞台役者の男にずいぶん入れ込んでるじゃないか!子供は、その男との間に出来たんだろ!?」
「なっ……!!」
えっ……。
思わず足を止める。
登場人物がどんどん増えていく……!!
(エウラインが二股!?いえ、この場合W不貞……!?)
完全に頭に血が上っているふたりは、周りを気にすることなくどんどん新たな新事実を口にしていく。
「だいたい最後にきみとそういうことをしたのは、半年以上前だし僕は気をつけていた!よって、僕の子じゃない!」
そんなめちゃくちゃなQ.E.D、証明完了!みたいなやり方で、クラレンスは自論を語った。
間違いなく公共の場でする話じゃない。
ふたりとも、我に返ったら相当恥ずかしいんじゃないかしら……。
私なら、二度と外を歩けない。
クラレンスの猛烈な拒絶に、エウラインも腹が立ったらしい。
彼女はますます声を甲高くさせて、さながらモスキートーンのようになりながら叫んだ。
「あなたは私の子ならいいって言ったじゃない!!!!誰の子だろうと関係ないでしょ!?」
そしてその発言は、お腹の子がクラレンスとの子ではないと認めたようなものだった。
凄まじい応酬だ。
正直、とっっっ……ても巻き込まれたくない。
でも仕方ない。
当事者のうちのひとりは、私の夫なのだから。
それは変えようのない事実である。
ここはエムケル領で、集まった野次馬の中に貴族階級は見当たらないようだけれどこの様子では明日の新聞に好き放題書かれることだろう。
収拾をつけなければ。
そう思い、私は足を踏み出そうとして、そこで王太子殿下が手を叩いた。
「はい、そこまで。せっかく美しい庭園迷路を楽しんでいたのに、最悪だよ」
第三者の制止の声が入ったことで、ようやくふたりは我に返ったらしい。
バッと勢いよく振り返ったクラレンスは、私がここにいることが信じられないようだった。
「ミレイユ、どうして……」
どうしても何も、療養中である。
あなたの勧めに従ってね。
冷たく見つめていれば、クラレンスが勢いよく私の肩を掴もうとしてきた。
「ミレイユ……!違うんだ!!僕はきみを裏切っていない」
(どの口が……)
言ってるのかっつー話だわ。
ここまで来てそう言えるのもなかなかすごい。感心はしないけれど、呆れはする。
クラレンスの手を、私は振り払う。
パシ、と短い音がした。
「私が何も、知らないと思って?」




