誤魔化せていた、はず
向かった先には、レナルディア卿がいた。
彼は王太子殿下の姿を見ると疲れたように額に手を当てた。
「……殿下。突然いらっしゃるのはおやめください」
王太子殿下は、レナルディア卿の叔父に当たる。
レナルディア卿のお母様が、王太子殿下の姉君なのだ。
だからだろう。彼の話し方はいつもよりフランクに感じた。
「緊急時に何言ってるの。こういう時こそ、僕のフットワークの軽さが火を噴くよ!」
軽やかに言う王太子殿下が、周囲を見渡して顔を緩ませる。
「いやー、それにしてもエムケル大聖堂の庭園迷路は見事なものだねぇ!薬草園も併設されているんだっけ?…………欲しいな」
不穏な発言は聞かないふりをして、私とレナルディア卿は歩き始める。この庭園に詳しいのは、おそらくこの三人の中では私だろう。
とはいっても、私もこのエムケル領に来てからまた一ヶ月程度だけど。
「春だねぇ。春は出会いの季節だって言うけど、ルヴェルトはどうなの?そこのところ」
「変わりありません」
レナルディア卿の淡々とした回答に、今度は王太子殿下が額に手を当てる。
嘆いているようだ。
傍から見ると、成人済みの男性が少年に畏まっている図は目を引く。しかも、少年の方は、その幼さの割に貫禄がある。
(まあ、王太子殿下の実年齢は四十程だから堂々としているのはとうぜんなのだけれど)
でも、違和感が……。
見た目の違和感が……!!
頭で理解していても、視覚的に動揺する。
私が狼狽えていると、それに気付いているのか、気付いていないのか。いえ、おそらく気付いていて放置しているのでしょう。
王太子殿下は大仰に言った。
「まぁったく、最近の若者ときたら奥手なんだから!僕がきみくらいの時はね、ロマンス小説さながらの甘酸っぱい恋愛を繰り広げていたというもの──」
「確か、王太子殿下がそのお年頃の時は、他国に長期遊学されていたとお聞きしました。それで、立腹された王太子妃殿下がご実家に帰られたと──」
「いやあ!そんなこともあったね!!仕事も大事だけど家庭も大事にね!!先人の教えは聞いておいた方がいいよ。何せ、僕は身をもって体験してるからね!」
それはつまり、王太子殿下がレナルディア卿くらいのお年頃の時。
(王太子殿下は政務ばかりされていたということなのでは?
ロマンス小説さながらの……恋愛……??)
王太子妃殿下がご実家に帰られたのか。
それとも帰られそうになったのかは定かではないけれど。
それは、恋愛ドラマというよりも、どちらかというとヒューマンドラマ寄りな気がするわ……。
ふたりの軽口を耳にしながら、私はそんなことを考えていた。
綺麗に整えられた生垣を見ていた王太子殿下が、急に私の方を振り向く。
不思議に思って首を傾げると、彼がにこりと笑った。
幼い少年姿なのも相まって、天使と見紛うほどには愛らしい。
彼のユニークスキルは、姿を変える──
もっといえば【自身の姿を過去のものに戻すことが出来る】魔法だと聞いたことがあるけれど。
キューティクルが潤っていて、王太子殿下の髪には天使の輪のように煌めいている。
控えめに言って、とても羨ましいわ……。
「それじゃあさ、レディ・ミレイユ?あなたは、あの男と離縁したらうちの息子の婚約者にならないかい?」
(…………は!?)
王太子殿下のひとり息子……つまり、王子殿下!
(このまま順当にいけば、確実に即位される方じゃないですかやだー!!)
目を瞬く私に、王太子殿下は輝かんばかりの笑顔を見せた。
「王家としては大歓迎だよ!むしろ、ずぅっと機会を狙っていたんだから」
その時、理解した。
王太子殿下の狙いを。
彼がわざわざ足を運んだのは──ご自身の息子と私を婚約させるため?
あるいは、言質を取るため。
私のユニークスキル【効果移転】は相当珍しいものだ。
それは、自他ともに認める事実。
それこそ、エフェリアの遣い手は、建国を支えたと言われる四聖者のひとり、アグネス以来現れていない。
もしかしたら、表に出ていないだけで彼女以外にも遣い手がいたのかもしれない。
けれど、少なくとも歴史書には記載がなかった。
エリセリュン王国に伝わる三大神器も、彼女がその能力を使って作り出したものだ。
つまり私にも、彼女と同じことが出来るポテンシャルがある、ということ。
(……とはいえ!効果を移す、と簡単にいうけれど。ものによってはとんでもなく難しいし、失敗した時のリスクは不明)
何分、ユニークスキル【エフェリア】については、全くと言っていいほど情報がない。
それこそ、記載があるのは建国当時に書かれた文献くらいだ。
私自身、この能力と付き合っていくのはほとんど手探りだった。
王太子殿下は、にっこりと微笑んだ。
「あなたは四聖者のアグネスと同じ稀有なユニークスキルを持ち、さらにはあのエストリア魔法学院を短期卒業した才女だ。王家としても囲わないわけがない。……それは、あなたもわかっていたんじゃないかな?」
それはどうかしら。
なぜなら私はつい最近まで、クラレンスと離縁する可能性なんて全く考えていなかった。
「父はともかく、僕は狙ったものは逃がさない質なんだ。……とはいえ、だよ?ミューテンバルト伯爵家と、クルルフォーツ公爵家の契約に横槍を入れてあなたを強奪するのは、さすがに顰蹙を買う。だから機を待っていたんだ」
何とも、王族らしい思考回路だ。
幼い少年に見えても、やはり中身は年相応、ということかしら。
(クラレンスと離縁して、王子殿下の婚約者になる)
答えはすぐに出た。
すなわち、絶対に嫌。
とはいえ、そのまま口にするのは間違いなく角が立つ。どうしたものかと考えた末、私はハタ、と思い出した。
そもそもの話、よ?
「私は一度も、王子殿下とお会いしたことがないかと存じますわ。……確か、私より年下だったかと思うのですが」
王子殿下は、他国に長年留学中だ。
風の噂によると、魔法よりも科学に強い興味を抱いているとのことで、十年ほど留学されていたはず。
私の言葉に、王太子殿下も王子殿下の年齢を思い出したのだろう。
少し思い出す素振りをみせてから、彼が答える。
「……確か、今年十六?いや、十七?になったはず」
はず、とは何ともあやふやな……。
それでいいんですの、王家。
私の気持ちを察したのか、王太子殿下がヘラリと笑う。
「まあまあ!あの子も今は自由にさせてるけど、いずれ戻ってくるから。なんと言っても、あれは次期王太子だからね」
王太子殿下の言葉に、私は笑みを返す。
仕方ない。こういう話は、曖昧にしておくと後々面倒なことになる。というのは、前世の経験談だ。
角が立たないようにお断りする他ないでしょう。
そもそもの話、私はもう、誰とも結婚するつもりはなかった。誰が、とかではないのだ。
そう思って口を開こうとした時。
「恐れながら、王太子殿下」
意外にもレナルディア卿が助け舟を出してくれた。
「いささか気がすぎるのでは。離縁してすぐの婚約は不要な噂を流されますよ」
「もちろん、時期は見計らうとも」
「今はひとまず、彼女の離縁を確実なものとすべきです」
淡々とした物言いに、王太子殿下は「う~~ん」と悩んだ末、ハッとしたように指を鳴らした。
「もしかしてルヴェルト。きみ、レディ・ミレイユと約束でもしてる?」
そして、とんでもない推論を口にしたのだった。
「んふっ……ん、ゲホツ」
私は思わず吹き出しそうになって、すんでのところでそれを咳払いで誤魔化した。
誤魔化せてたと信じたい。
ご冗談は程々になさってください、と私がまさに言おうとしたその直後。
どこかから、聞き覚えのある──というか、先週聞いたばかりの声が、風に乗って届いた。
「どういうこと!?ミレイユと、離縁しないだなんて!!」




