下準備はより丁寧に
エムケル伯爵の話は後日改めてすることとなり、私は邸に戻った。
聖堂に行く時はいつもひとり。最初は、侍女や騎士が同行してくれていたのだけれど、日によって私の聖堂の滞在時間はバラバラだ。
クラレンスとの夜が毎回失敗するのは私の精神的な問題だと思っていたし、お医者様にもその可能性を指摘された。
だけど、私自身に心当たりはなかった。
(どうして)
(何で)
(今度こそ)
そう思うも、毎回失敗するのはかなり堪えた。
(もしかして、私はクラレンスが嫌いなの?
無意識に、嫌悪していた?)
自分のことなのに自分の気持ちが分からなくて、ぐるぐる考え込んでいた。
薬草園に足を運べば少しはこころが安らいだけれど、それと同じくらい、私は何をしているのだろう、と虚しさが込み上げてきた。
日によって、私の感情の浮き沈みは激しかった。
お医者様に処方された精神安定剤も眠剤も──今思えば、私には不要なものだったのだ。
私の感情に振り回される侍女や騎士に申し訳なくて、聖堂に行くだけだから、と私は伴をつけないようにしていた。
……それも、今思うとそれがまかりとおるのがおかしいのだ。
(主人がどう言おうと、仕えているなら必ず同行するものよね?しなきゃダメじゃない?)
以前の私は、自分自身が妻の役目を果たせていないことに引け目があった。
小公爵夫人として認められていないかもしれない、と思っていたし、そうだとしてもそれも仕方ないと諦めていた。
そう、諦めていたのだ。
引け目が強くて、たとえ使用人相手といえど、私は自分の気持ちを口にできなくなっていた。せめて、振る舞いだけは小公爵夫人として恥じないものでなければ、と思っていたから。
(……そう思うように、仕向けられていたのかしら?)
戻った私を見て、侍女のロゼッタが心配そうに駆け寄ってきた。
「若奥様!お戻りになられたのですね」
彼女の心配そうな顔も、作り物に思えて仕方ない。
私は愛想笑いを顔に張りつけた。
「……ええ」
「お食事になさいますか?」
従僕のヒューリックに外套を手渡した私は少しの思考の後答えた。
「パンだけで結構よ」
「え?」
私の返答は想定外だったのだろう。
驚くロゼッタに、私はにっこりと笑みを浮かべた。
答えるつもりはなかったので微笑みだけで返したのだけど、有無を言わせないように見えたのだろう。
戸惑いながらも、ロゼッタが頷いた。
☆
自室に食事──と言ってもパンだけど。
一枚の皿に乗せられた白パンが運ばれてくる。
先程のクラレンスの話を聞いた以上、もうクルルフォーツ邸での食事に手をつけようとは思えなかった。
むしろあの体調不良を引き起こした原因だと知って、思い出すだけで吐き気がしてくる始末だ。
「ほんとう大罪よね?あの男」
パンをちぎって口にしながら、独り言を零す。
食事に腐った食材を使うよう指示していたなんて、最悪殺人未遂として訴えられるのではないかしら。
社交界の話題をさらうことは間違いないだろう。
(自分も同じ目にあってみろっていうのよ。
人間不信になるから!!)
正直、使用人を問い詰めたいところだけれど。感情的になるのは悪手だ。
(少なくとも今はまだ、私が混ぜ物に気付いたと知られるわけにはいかない)
誰がクラレンスと繋がっているか分からないのだから。
(食事に混ぜ物がされていたのは、私がクルルフォーツ邸にいた時だと思うから、ここでの食事は問題ないと思うけれど)
クラレンスは、私がエムケル領にいることを知らないのだろう。
だからあんな、誰が通り掛かるかも分からない場所で密会なんてしたのでしょうし。
(私に療養を勧めておいて、どこに向かったかも確認しないなんて)
よっぽど私に興味が無いのでしょうね。
私をクルルフォーツ本邸から追い出せればそれで良かったのだろう。
いまさらながら彼の魂胆がわかって、クラレンスに良いようにされていたのが情けなくて、涙が出そうだった。
食事を終えると私は、ライティングデスクの引き出しを開けて便箋と封筒を取り出した。
宛先は──。
(どんなに急いでも、一週間はかかる。前世の文明の利器が恋しくなるわね……)
前世なら、一瞬で連絡が取れたというのに。
(転移魔法を応用した魔道具とか、ないのかしら?)
あったとしても相当希少に違いない。有事用だろうし、普段使いには厳しいでしょう。
だからこそ、情報は重宝される。
情報戦を制したものが、社交界を制するのだ。
羽根ペンを手に取ったところで、私は自分の社交界の評価を思い出してげんなりした。
「妻の役目を果たしていないお荷物、だったかしら。確かにそうね。……そうだわ」
白い結婚なんて、結婚した意味が無い。
詰られても仕方ない。そう思っていた。
……昨日までは。
翌日、聖堂から花が届いた。
どうやら、先日寄贈した刺繍を入れたハンカチのお礼、ということらしい。
(聖堂がこんなお返しをするなんて珍しいわね……)
聖堂は王侯貴族の寄付によって成り立つ施設だ。基本彼らは寄付を受ける側で、彼ら自身が自主的に何かをすることは滅多にない。
怪訝に思いながら花と一緒に届けられたメッセージカードに視線を落とす。
そして、私は思い違いをしていたことを知った。




