謎かけの答え合わせ
「それはお話を聞いた時点で、私の承諾が決定する、という意味ですわね?」
「ええ。その通りです」
想像通りの回答を口にしたルヴェルト卿に、私は少し思案した。思考の末、口を開く。
「では、私からお願いがございます」
私の言葉に、ルヴェルト卿が驚いたように目を見開いた。
「クラレンス・クルルフォーツ小公爵と私の離婚を、陛下に認めていただきたいのです」
私のお願いを聞くと、ルヴェルト卿は目を瞬いた。
拍子抜けした、というか。
そんなことか、というような顔である。
それに私は、肩を竦めて微笑む。
「あくまで、保険──万が一の奥の手としたいのですわ」
「念のため、確認させてください。踏み込んだ質問ですが、大事なことですので」
前置きをした彼が、はっきりと私に尋ねた。
「あなたの希望は、クラレンス・クルルフォーツとの離縁ですね?正直、私は、あなたが王命での離縁を希望すると思っていました」
「私が今後やることとしては、その通りですわ。ですがそれは、陛下のお力を借りるのではなく、私自身が引導……じゃなくて、私の手で終わらせたいのです。ご安心なさって。陛下にも、ルヴェルト卿にも、ご迷惑はおかけしません」
私は自身の背に手を回して、腕を組む。
(こんなにバカにしてくださったんだもの。
もちろん、クラレンスには落とし前をつけてもらうわ)
だけどそれは、他でもない私の手で、引導を渡したいのだ。
ふたりの結婚式をアテンドするのは私だともう、決めている。
私の強い声に、ルヴェルト卿が静かに答えた。
「……分かりました。この件は、私に全指揮権を預けられています。本件を預かる責任者として、あなたの希望を叶えましょう」
「ありがとうございます。では、商談成立、ですわね?」
茶目っ気を含ませて言うと、ルヴェルト卿が困ったように苦笑した……ように見えた。
ルヴェルト卿は無表情でいることが多いので、分かりにくいけれど。
(ルヴェルト卿の【依頼】がどんなものかは分からないけれど)
他でもない魔法管理部長の彼が対応している案件だ。
そして、陛下の指示を仰ぐほどの重大インシデント。
となると、国家機密に相当する可能性が高い。
重要性を理解した上で、私は念の為、彼に確認した。
「ルヴェルト卿は私のユニークスキルをご存知なのですよね?」
魔法管理部長なら知っているはず。
知っているからこそ、【奇跡の遣い手】と言ったのでしょうし。
ルヴェルト卿が肯定した。
「ええ、魔法管理部長に任命された時に聞きました。……レディ・ミレイユのユニークスキルは効果移転。このエリセリュン王国の建国を支えたと言われている、四聖者のひとり、宮廷魔法使いアグネスと同じ力ですね」
彼の言葉に、今度は私が苦笑する。
「お褒めに預かり光栄ですわ。ですが私は、確かに、かの高名な四聖者のアグネスと同じユニークスキルの持ち主ではありますが──彼女と私、比べるまでもありませんわ。私は、彼女ほどの力はありませんもの」
これは謙遜ではない。事実だ。
私のユニークスキルは【効果移転】。
その名の通り、効果を授受する魔法。
イメージとしては、魔法や薬草、薬の効果をそのままコピー&ペーストする感覚に近いかしら。
貼り付け先は、物やひとといった動植物に可能だ。
基本的に私は、薬草の効果を魔道具に付与している。
やったことはないけれど、きっと、石壁とか。あとコンクリートとかもいける……気がする。
試したことは無いので、どうなるかはわからないけれど。
その時私は、違和感に気がついた。
(……コンクリート?)
なぜか、知らないはずの単語がとうぜんのように頭に浮かんできたのだ。
だけど私は、それを知っている。
だってよく、それを見てきた──
「レディ・リンシア?」
「えっ!?あ、ごめんなさい。……お話を続けてくださいませ」
考え事に沈んだ私を引き戻すように、ルヴェルト卿に声をかけられる。
それに、ルヴェルト卿がひとつ頷いて、【依頼】の詳細を話し始めた。
「半年ほど前に、宝物庫からあるものが無くなりました」
「あるもの、ですか?」
首を傾げると、ルヴェルト卿が僅かに言い淀み、ちらりと周囲に視線を配った。
ひとがいないか確認したのだろう。
「……【真実を移す鏡】。我が国の三大神器のひとつですよ」
「え……」
えええええ!!
思わず大きな声を出しそうになり、私は咄嗟に口を手で覆った。
(真実を映す鏡!?王侯貴族の四審裁判で用いられるっていう……!)
四審裁判というのは、前世で言う最高裁に近い。
このエリセリュン王国は、四審制を取っていて、ひとつの事例に対し、四回まで裁判を受けられることになっている……のだけど。
(……前世!?)
突然、ナチュラルにそんな単語が思い浮かんだ私は、そこから芋づる式に前世──以前、私が生まれ育った環境を思い出した。
そしてなぜか一番最初に思い出した景色は、満員電車の中で押し寿司のように圧迫された記憶。
ギュウギュウ詰めに詰められたために、降りる時には紙ナプキンみたいにヒラヒラになった記憶──。
(どうして思い出すのがこの記憶なのよ……!!)
色んな記憶と色んな情報、知識が次から次に洪水のように流れ込んできて、目がチカチカする。さながら情報の洪水。
私の思考回路はすぐさまサーバー落ちした。
深夜に見る会社の蛍光灯のような眩しさを覚える。あれ、ほんとうに眩しい。頭痛すら引き連れてくるのだから最悪だわ。
一時停止した私をふたたび現実世界に引き戻したのはやはり、ルヴェルト卿だった。
「そして、これは極秘ですが──」
ハッとして、顔を上げる。
「この件にエムケル伯爵家が関与していると見て、調査を進めていたんですよ」
「……!?!?」
私は目を見開いた。
エムケル伯爵は、エウラインの父親だ。
私は驚きに目を瞬きながらも──ひとつ、理解したことがあった。
「なるほど……それで、ルヴェルト卿はこの地を訪れていたのですわね。ここは、エムケル領ですもの」
「先程の言葉通りです。ここを訪れたのは理由があるけれど、あの現場を見たのは偶然。……そういう意味です」
先程受けた謎かけの答えを今になって得られたことで、ほんの少し爽快感を得た。
だけどそれもすぐに霧散する。
ここで、先程の話に戻ってくるのね……。




