伏せられた情報
隣から驚きと、状況を察したのだろう。
同情の視線が向けられて、僅かに気まずくなったけれど、今はそれどころではなかった。
私が聞いているとも知らず、ふたりは犯行内容を次から次に自白していく。
ここに探偵がいれば完璧だわ。
「ミレイユが誘ってきた日は、腐った食材を出して食あたりを起こさせるんだ。まあそれも数回だけどね。だけど効果は絶大。彼女はもう何も言ってこなくなった」
「ふふふ、可哀想。ミレイユってとっても可哀想なのね!」
私が不幸であることがどれだけ嬉しいのか知らないけど、エウラインは声をあげて楽しげに言う。
ひとの不幸は蜜の味っていうか、私情たっぷりだ。
もっとも、恨まれるのもお門違いというものだと思うのだわ。
(私とクラレンスは政略結婚よ?それも、昨日今日いきなり話が持ち上がったわけじゃない)
十五の時に婚約して、十九で結婚した。
両家合意の上でまとめられた婚約だ。
文句があるなら、クラレンスのお父上であるクルルフォーツ公爵家にお願いしたいものだわ。
もちろん、私も抗議するけれど。
「でも、ミレイユと離婚するのはあと二年半も先の話なのでしょ?遠いわ……私、待てない」
グズグズと泣くエウラインを抱きしめて、クラレンスが言った。
「その前にきみが子を宿せばいい。そうすれば僕は、妻の役目を果たしていないことを理由にミレイユと離縁できる。もちろん、ミレイユの有責でね」
今、私はまさに、私を嵌めようとする計略の話を聞いているようだった。
だんだん、どんどん、こころが冷えていく。
凍りついたように温度を下げていって、思考がクリアになっていくのが分かった。
【ミレイユが、妻の役目を果たしていない】
それは事実だ。だからそれを申し訳なく思っていた。心苦しく思っていた。
これは、政略結婚で、父からも、クルルフォーツ公爵閣下からも、子を求められている立場。それなのに、初夜すら果たせていない。
責任もあったし、重圧感もあった。だけどいざ、寝室に向かおうとすると吐き気がして──
(あれが、仕組まれたことだった?)
笑わせる。あんなに、私は悩んだのに。
私に問題があると思って、お医者様にだって相談した。
こころの問題かもしれないと指摘されて、私の悩みはさらに深くなったというのに──。
悔しさに、涙が出そうだった。
この悔しさを、このままにしておくつもりは、もちろん、毛頭ない。
私は感情を逃がすように息を吐くと、まずは、なぜかこの現場に居合わせてしまった第三者。
レナルディア卿の手を引いて、その場を後にした。
先程ひとりで歩いていた庭園迷路を、今度はレナルディア卿と歩く。
彼も、聞きたいことは沢山あるだろうに、黙って私に手を引かれていた。
そして、公園を出て、先程の場所からじゅうぶん離れた路地に出ると、ようやく私は彼の手首を離す。
「ごきげんよう、レナルディア卿」
「……お久しぶりですね、レディ・ミレイユ」
「まさかこんなところでお会いするとは思いませんでしたわ。奇縁というものですかしらね」
レナルディア卿と話すのは、とても久しぶりだった。
社交界では、よく顔を合わせていたけれど個人的な話をする機会もなかったし、その必要もなかった。
私は自身の顎に手を当て、記憶を辿る。
「お話するのは……私が魔法学院を卒業した時以来かしら?」
実に五年前だ。
五年前、私がクラレンスと婚約する一年前。
当事十四歳だった私はどうしても、魔法学院で学びたかった。
私には昔から少し変わった魔法を使うことが出来た。それが魔道具にうってつけだったのだ。
少し変わった魔法のことを、このエリセリュン王国では【補助魔法】と呼ぶのだけど、あまり表に出なこない魔法でもあるので、国民の認知度は低い。
その名の通り、ユニークスキルは補助魔法としての側面が強く、地味なものが多いのも、名が知られない理由の一端だろう。
私が魔法学院に在籍していたのは、たった一年。
十五歳になれば婚約が決まっていたので、許可が出たのが十五歳の誕生日の前日までだった。
ほんとうは、もっと魔法学院で学びたかった。そもそも、魔法学院は五年制。
単位取得制なので単位さえ取れれば卒業は可能なのだけれど、基本的に五年かけて取るよう設定されているものだ。
私は、限られた時間しか在籍することを許されなかったのでかなり無茶をして一年で単位を取った。
結果的に短期在籍という形になったのだ。
もう五年なのかしら。
それともまだ、五年なのだろうか。
私よりふたつ年上のレナルディア卿は、十三歳の時に入学し、三年前に卒業したと聞いた。
そういえば、卒業の祝いを口にしていなかったわ、と気付いたけれど今更祝うのも遅すぎるだろう。
(魔法学院にいた時は楽しかったわ……)
大変だったけど楽しかった。充実していた。
思い出しても仕方の無いことなのに、何度も思い返してしまう。
その度に、私は自分の立場を痛感してきた。
その結果がこれ、とは。
何とも皮肉なものというか。
私がしてきたことは何だったのだろう、と考えてしまう。
初夜を果たせていないことに、強い罪悪感と責任感を覚えていた。本気で悩んできたこの半年間は何だったのだろう。
「レナルディア卿。先程見たことは内密にしていただけませんか?」
「元よりそのつもりです。言う相手もいません」
それは友人がいないと言う意味なのか、内容が内容なので口に出せる相手がいないという意味なのか。
意味を測り損ねていると、レナルディア卿がさらに言葉を続ける。
「私が先程居合わせたのは偶然ではありません」
「えっ。レナルディア卿も当事者なんですの?」
三角関係ならぬ、四角関係なんですの!?
いい加減にしてくださいませ。
昼ドラ一直線じゃない!
もっと関係者が増えたらどうしよう。
人気が出た昼ドラあるあるだわ。
……と思ったところで、私は、あら?と内心首を傾げた。
(……昼ドラ?)
そういえばさっきも、覚えのない単語が自然に思い浮かんできた。社畜と、ブライダルアテンダントとか、ご愛嬌、とか。
それってどうして──そこまで考えた時、レナルディア卿のピシャリとした声が聞こえてきた。
「部外者です」
何が?と思ったけれどすぐに理解する。
さっきの話の続きだわ。
レナルディア卿はため息を吐いて、長い髪を巻き込むように首の裏をかいた。
「……誤解がないように言っておきますが。私がここにいるのは偶然ではありません。が、彼らの話を聞いたのは偶然です」
何かの謎かけ??
偶然、という言葉がゲシュタルト崩壊を起こしそうだわ……。
「さらにわけが分かりませんわ。差し支えなければ、もう少しご説明をいただいても?」
私の求めに、レナルディア卿は少し考え込んだように沈黙した後、顔を上げた。
「……良いでしょう。陛下からも、正式にあなたに依頼をするのはどうか、という話が出ていました」
主語が抜けているわけでもない。
述語が抜けているわけでもない。
ただ、レナルディア卿の話は肝心な前提が(恐らく意図的に)伏せられているのだ。
とうぜん、何も知らない私は、何の話をしているのよ??となるに決まっている。
黙って話を聞いていると、レナルディア卿が私を真っ直ぐに見た。
「……ご協力いただけますか?淑女としてではなく、あのエストリア魔法学院を短期卒業した【奇跡の遣い手】として」
これに迷わず『お易い御用ですわ!』と答えるひとは、恐らく、多分、いないと思うのよ。




