嫌な予感は的中するものですわ
ミューテンバルト伯爵邸を出たあと、ある家へと向かっていた。
というのも──
馬車の中で王太子殿下にした、ふたつめのお願い。
それも、
『王都に着いてからのことなのですけれど──
家を紹介していただけないでしょうか』
私の【お願い】に、王太子殿下は相当驚いたようだった。
目を瞬かせたあと、彼は私の言葉の意味を理解したのだろう。
難しい顔になって尋ねた。
『それは……本気なのかな?』
『もちろんです。最初から、考えておりました』
『うーん……。ミューテンバルト伯爵の手前、いいよとは言い難い』
王太子殿下は苦笑したものの、結果として、知り合いが持っているという家を一件、紹介してくださった。
クラレンスと離縁すると決めてから、その時点で私は、ミューテンバルトの家をも出ることになるだろうと分かっていた。
だから予め、手を打っておいたのだ。
王太子殿下が紹介してくださった家は、王都の三番街にあった。もっとも賑わっている一番街からは離れていて、周囲は落ち着いていた。
中央大聖堂の近くなので、治安もいい。
王太子殿下のご配慮だろう。
今後、顔を合わせる時にお礼をお伝えしなければ。
私は早速到着した一軒家──こぢんまりとした、オレンジ色の屋根と落ち着いた茶色の石壁で造られた家の前で足を止めると、ドアノッカーを鳴らした。
王太子殿下は、話は通しておく、と仰せだったけれど。しばらくすると、パタパタと軽やかな足音が聞こえてきた。女性……よりも軽い。
まるで子供のような──。
そこまで考えた時、扉がパッと開いた。
中から現れたのは、金髪の少女だった。
彼女の顔を見て、私は目を瞬く。
「……学院長!?」
「ふふ、お久しぶりね。ミレイユ。また会えるなんて、とても嬉しいわ」
そこにいらっしゃったのは、エストリア魔法学院の学院長であり、かつ、王太子殿下の双子の姉君である、ローズマリー学院長。
彼女は、双子の弟である王太子殿下と同じユニークスキルの保有者だ。
その力で彼同様に、容姿を変化させている。
彼女の場合は、幼い少女の姿に。
彼女はニコニコと微笑むと、後ろ手を組んで私を見上げた。
「王太子から話は聞いているわ。どうぞ、上がって?」
「失礼します」
一歩、足を踏み込むと室内からはハーブの優しい香りがした。目を瞬くと、学院長が嬉しそうに微笑んだ。
「あなたの一人暮らしのお祝いに、私から贈り物があるの。どうぞ、中に入って見てちょうだい」
「学院長……。ありがとうございます」
「大変だったわね、ミレイユ。私になにか出来ることがあったら言ってちょうだいね。私は、いつだってあなたを応援しているわ」
「……はい」
優しい学院長の声と、彼女の慈愛のこもった瞳に、鼻がツンと熱を持つ。
私のしたことは、貴族令嬢としてとんでもない選択肢だったことだろう。
前代未聞で、有り得ないことだ。社交界では相当悪く言われるに違いない。
『無責任だ』というお父様の言葉を思い出す。
確かに、そうなのだろう。そうだと分かっている。
それでも、私は選択した。私のために。
☆
聞くと、学院長は鍵の受け渡しのためにここにいらっしゃっただけで、いつもいるわけではないらしい。
学院長が贈ってくださったハーブでハーブティーをいれ、応接室に配膳する。
互いにハーブティーに一口、口をつけてから、学院長が気遣わしげに私を見た。
「ミューテンバルト伯爵はなんて?」
「……お怒りでしたわ」
肩を竦めて答えると、学院長がため息を吐いた。
「そう……。相変わらずなのね。こう言ってはなんだけれど、これで良かったのではないかしら。むしろ、もっと早くこうなるべきだった。そうすれば──」
「ええ。私は、魔法学院にもっと長くいられたでしょうし、魔道具の器もその分、多く作り出せていた」
学院長の言葉を引き継ぐ形で、私は口にした。
王家──魔法部は、有限である【魔道具の器】を少しでも増やそうとしている。
四聖者アグネスはそれを多量に制作したというものの、その数は有限。
いつかは必ず、在庫切れを起こしてしまう。
だからこそ、四聖者アグネスと同じユニークスキルを持つ私は、少しでも多く魔道具の器を造らなければならない。
(私がもっと早くに、ミューテンバルト伯爵家を出ていたら)
お父様と決別していたら。
恐らく、もっと多くの魔道具の器を作り出せていたことはず。
学院長もそうお考えのはずだ。
恐らく陛下と、王太子殿下、そしてレナルディア卿も。
学院長は、両手でカップを持ちながら、じっとその水面を見つめた。
「……もっと、あなたを手助け出来ればよかったのだけど。ごめんなさいね、あまり力になれなかった」
学院長の言葉に、私は首を振った。
「何をおっしゃるのですか?学院長の力添えがあったから、私は魔法学院に入学できたのです。……感謝しています、ほんとうに」
魔法学院への入学を何度となくお父様に却下された時。力になってくれたのは、学院長だった。
お父様のご許可はいただけなかったものの、それでも、どうしても諦めきれなかった私は、こっそり、魔法学院の願書を取り寄せたのだ。
それを知った学院長が、お父様に掛け合ってくれて──それで何とか、一年の在籍を許された。
あの時、学院長の助力がなかったら、私は魔法学院に入学することはまず出来なかった。
私の言葉に、学院長が困ったように笑う。
何も出来なかった、とそうお考えなのだろう。
そんなことは、全くないというのに。
「困ったことがあったら、魔法学院にきなさい。いつでも待っているわ。あなたは、私の可愛い教え子なのだから」
「ありがとうございます、学院長」
ハーブティーを一杯飲んでから、学院長は帰られた。
そして翌週。
ミューテンバルト伯爵邸から、手紙が届いた。
送り主は、お母様だ。
嫌な予感がした。開封したくないけれど、届いた以上見ないわけにはいかない。
ため息を吐いて、私はペーパーナイフも使わずに、指で封を切った。
そして、嫌な予感というのはいつだって、的中するものなのだ。




