普通一生許せませんわ
王都に戻り、ミューテンバルト伯爵邸へと向かう。
陛下から既に連絡を受けていたのだろう。お父様は、私とクラレンスの離縁をご存知だった。
執務室に向かうと、そこには顔を険しくしたお父様がいた。
彼は、私の顔を見るなり怒鳴りつけた。
「なぜ勝手なことをした!?」
私は旅装のままだ。
頭に被っていた帽子を胸の前で持つと、お父様に頭を下げる。
「申し訳ございません。ですがこのままでは、私は──」
死ぬかもしれなかったのです、と続けようとした言葉は、お父様に遮られた。
「何でお前はそうなんだ!?どうして勝手なことをする。クルルフォーツ公爵からなんと言われるか……!」
「──」
(お父様ならそういうだろうと思っていたわ。分かっていた)
それでも、実際言われると、思ってしまう。
なぜ?と。
「……お父様は、私の身の安全よりも、クルルフォーツ公爵の顔色が大事ですのね」
お父様は、私の言葉など聞いていないようだ。頭を抱えている。
もはや、それどころではないらしい。
そして、吐き捨てるようにいった。
「お前にはガッカリだ!ミレイユ。まさかここまで、ミューテンバルトの人間だという自覚がなかっただなんて」
「…………」
ガッカリ?
それは、こちらのセリフである。
(ほんの少し、ほんの僅かにだけ、期待してたわ)
もしかしたらお父様は、私のために怒ってくれるのではないか、って。
でもその期待は、ささやかな希望は、砕かれた。
お父様は根っからの貴族思考で、私のことなど駒のひとつとしか思っていない。
……私はそれを知っていたはずなのに。
もう、認めるしかない。諦めるしかない。
私は顔を上げてお父様を見た。
「では……お父様は私が殺されかかったにもかかわらず、婚姻を続行せよと仰せになるのですか?娘の私が、死んでいたかもしれないと言うのに?」
「何を言ってる?お前は死んでいないだろ。大袈裟にものを言うのはやめなさい」
「そうですわね。おっしゃる通りです。結果的に、私は死にませんでした。死にそうにはなりましたけれど」
何回原因不明の吐き気と戦ったと思っているのだろうか。感染症の類かと不安の日々を送ったのは一回や二回の話ではない。
私が折れないからだろう。お父様はいらだたしげに言った。
「だから……!何回同じことを言わせる!?だいたい、クラレンスだって反省しているだろう。たった一回の失敗でお前は何もかも見限るというのか?まったく、情のない女だな!」
その言葉に──私は、目を瞬いた。
……たった一回。
確かに、たった一回のこと。
だけどそれが全てでしょう?
それを許せない私は、情がない?
冷たい女だと仰る?
まるで私がおかしいとでも言いたげだ。
お父様と話していると、私に非があるのではないかと思わされるところが、思い込まされるところが、ずっと嫌だった。
お父様は常に自分は正しいと思っている。
年の功?人生経験の差?
自分が正しいのだから、たかが二十年も生きていない小娘が偉そうにものを言うなと、そう言いたいのでしょう。
そんなの、笑わせる。
何が正解かなんて、ひとによってそれは異なるというのに。
信じていた気持ちは、確かに裏切られた。
だけどこれでようやく、私も踏ん切りがついた。
ミューテンバルトの名を捨てる、区切りが。
「では──お父様は。もし、お母様に騙されて殺されかけたとしても、たった一回の誤ちだからとお許しになられるのですね!流石ですわ。お心が広くていらっしゃる」
思わず、ニコニコと笑って褒め称える私に、お父様は動揺したようだ。
もしかしたら、私の目はまったく、笑っていないのかもしれない。
心情としては、まったく面白くない。
面白くないけれど、感情が一回転して、もはや笑ってしまうのだ。
「お母様には真実愛する方がいらっしゃって。お母様がその方と一緒になりたいから、と殺されかけたとしても。お父様は許される。なんて寛大なのでしょう」
「そ、それは……」
なぜか、お父様は言葉を濁した。
「あら?違うのですか?たった一度の失敗、なのではなくって?……私はまあ、お父様ほど寛大なこころを持てませんから。一生、許せませんけれどね」
ふつう、だいたいのひとはそう思うのではないかしら。
騙されて殺されかけて──それでも笑って許せるのは、よほどの阿呆か、聖人のどちらかに違いない。
そして私は、そのどちらでもないので、やっぱり、普通に許せない。
お父様は、私から視線を逸らして沈黙したけれど、ふたたび私を見て言った。まるで、上から押さえつけるような物言いで。
「だが!それが貴族だろう?それに、もしもの話をしても仕方ない。話をそらすのはやめなさい」
「話をそらす?私は、感動しているのですわ。お父様の優しさにね」
意図せず、声が低くなった。
「あいにく、私はそこまで優しくありませんの。やられて嫌なことは嫌だと思うし、そう表明いたします」
私はお父様を見つめた。恐らく、酷く冷たい目で。
「ここまでされても公爵の顔色を伺うなんて……お父様がそこまで情けない方だとは思っておりませんでした。ガッカリなのは私よ」
「言葉を改めなさい。だから嫌だったんだよ!魔法学院なんかに入学させるのは!お前がもっと普通の娘だったら……!」
「どうとでも言いくるめていた、と仰せですか?そうですわね。魔法学院に入学できたのは、幸運でした。あれがあったからこそ、私は私の未来をつかみ取れる」
エストリア魔法学院は、世界でも屈指の難関校だ。必要に駆られて必死になって勉強し、一年で卒業したことは、思いがけず私の評価を上げた。
「もう、結構ですわ。そこまで仰るなら、お父様が以前仰っていたように──」
私はそこで言葉を区切った。
今から言う言葉は、私の人生を大きく変えることだろう。それがわかっていたからこそ、私はハッキリと、お父様を見つめて言う。
「縁を切ってくださいませ。私はミューテンバルトの名を捨てます」
私の言葉に、お父様が唖然としたように目を見開いた。




