今はまだ
「うん?お願い?」
首を傾げる彼に、私はにっこりと笑みを浮かべて言った。
「エムケル領を出たすぐ先の山の麓に、有名な薬草の群生地があるのです」
そこまで言うと、王太子殿下は私の願いが読めたのだろう。
ああ、なるほどね、という顔になる。
「……そこでしか採取できない厳重に管理された薬草がありまして。どうか、そこを、通っていただけませんか?」
元々、その群生地に寄り道して帰る予定だったのだ。
「……もしかして、ドゥルア山の麓ですか?」
そこで、レナルディア卿が思い出したように発言した。
「ええ、その通りです。手持ちの薬草がずいぶん減ってしまいまして」
「……ドゥルア山の麓には、一般人の立ち入りが制限された毒草もありますね」
レナルディア卿の言葉に、私は目を瞬いた。
というのも──
「あら、ご存知でしたか?」
「おっと?レディ・ミレイユ?毒草なの?」
王太子殿下の言葉に、私は頷いた。
やましいことは無いので、率直に答える。
「はい。とは言いましても、薬も過ぎれば毒となる、という言葉がございますように、適切に使えば、薬ですわ」
「うーん。ちなみに、あなたが採取しようとしているのは?」
王太子殿下に問われた私は、思い出すように指で数えながら目当ての薬草を思い返した。
「解熱、鎮痛、胃弱、冷え、吐き気、食欲不振……」
あとは、自律神経に作用する薬草も群生しているなら、それも採取したい。そこまで言って私は、神経に作用する薬草も自生していることを思い出した。
「ああ、そうですわ。あと、今後の取り組みとして、精神に作用する薬草についても、採取したいと思います。魔道具に付与した時、どんな効果が現れるのか、検証したいのですわ」
「精神作用ねぇ……」
幼児の体では、足がつかないのだろう。王太子殿下は足をぶらぶらさせながら、思案するように瞬きを繰り返した。
そして、それから「おや?」というように顔をしかめる。
「うーん?レディ・ミレイユ?もしかしてそれが狙いだったりする?」
「あら、何のことでしょうか──と、とぼけたいところですけれど。仰る通りですわ。滅多にないチャンスですもの。こういった機会はいかなさなければ」
今まで私が魔道具に付与したことのある薬草は、基本的に解熱だったり、鎮痛だったり、そういった体に作用するものがほとんどだ。
精神作用する薬草は採取そのものが難しいので、それを魔道具に付与したことはなかった。
だから、試してみたいのだ。
ドゥラン山の麓は、一部立ち入りが制限されているエリアがある。だけど、王太子殿下の許可があれば、立ち入りも可能だろう。
「エリセリュン王国の発展を願って、私に出来ることは何でもしたいのです」
私の提案に、王太子殿下は短く唸った。
王太子殿下は、恐らく懸念している。
それは、私が力を持ちすぎることを、だ。
先程、王太子殿下は私を四聖者アグネスの再来と認めてしまった。恐らくこの事実は、近いうちに社交界に知れ渡るだろう。
そうなった時、私の発言力は、恐らく王族に匹敵するものとなる。
四聖者アグネスの名前は、そそれほどまでに強い。
あまり自由にさせすぎて、手綱が取れなくなるのでは、本末転倒。
だからこそ、王太子殿下は私を王家に囲おうとしているのだろうし。
僅かの逡巡の後、王太子殿下は答えた。
「あなたの助力を得たいのは事実だ。いいよ。許可しよう。ただし、ちゃんと説明・報告をすること」
「もちろんですわ。ご判断に感謝いたします」
それから、と私はふたたび口を開く。
「王都に着いてからのことなのですけれど──」
続く私の話に、王太子殿下だけではなく、レナルディア卿まで驚いたように目を見開いた。
話を聞いた王太子殿下は目を瞬かせてから、顔を険しくする。
「それは……本気なのかな?」
「もちろんです。最初から、考えておりました」
「うーん……。ミューテンバルト伯爵の手前、いいよとは言い難い」
「では、レディ・ミレイユ。あなたは」
レナルディア卿の冷たげな瞳が私を見る。
私は首肯した。
「恐らくは、卿の考えるとおりかと思います。私は、私の人生を追い求めたいのですわ。……身勝手でしょうか。だとしても、もう決めたことなのです」
私の決意は固かった。
コンニャクのような柔らかさはない。
決めた以上、私はそれを貫くために、全力を尽くす。
そう決めた。
(そういえば、頑固だと、昔からよく言われたわ)
だからこそ、私はエストリア魔法学院への入学を諦められなかった。ダメだ、と一蹴するお父様に何度となく食い下がって、お母様に何度となくお願いをして。
『お父様、お願いします!』
『ダメだ!何度言ったら分かる!?お前はこのミューテンバルト伯爵家の娘なんだ!いい加減立場を考えなさい!!』
その時、お父様に言われた言葉があった。
『そんなに、魔法学院に入学したいというのなら──』
「…………」
「レディ・ミレイユ?」
レナルディア卿の呼び掛けに、私はハッと我に返った。
「どうかなさいましたか?」
「いえ。少し、昔のことを思い出していました」
そういえば、レナルディア卿も、王太子殿下も、深くは聞いてこなかった。
私は、気分を変えるために窓の外に視線を向けた。
窓の外では、穏やかな春の日差しが指している。
一面に黄色の花が咲いていた。あれは、ミモザだろうか。
この暖かな陽の下、日向ぼっこをしたらとても気持ちいいのてしょうね。
そう思ったら、途端、眠気が襲いかかってきた。
(そういえば、ここ最近は気を張りつめていてあまり眠れなかったわ)
なにせ、別邸の使用人は誰も信用出来なかったのだから。
ないとは思うけれど、寝ている間に殺されたり、あるいはどこかに連れていかれたり。その可能性を考えると、熟睡は難しかった。
私は欠伸を噛み殺した。
それに気がついたのだろう。
レナルディア卿が首を傾げた。
彼の長い銀髪は、今はひとつに纏められていた。
「レディ・ミレイユ?眠ければ眠ってくださって結構ですよ」
レナルディア卿の言葉に、私は曖昧に微笑んだ。
彼の勧めは、とても……とっても有難いものではあるのだけれど!
貴族の娘としてそれはできない振る舞いだ。
少なくとも今はまだ。
私は、眠気を誤魔化すために、レナルディア卿と王太子殿下にひとつ提案をした。
「お気遣いいただきありがとうございます。では……一緒にアナグラムゲームでもいかがですか?」
アナグラムゲームとは、社交界でよく用いられる言葉遊びだ。
文字を組み合わせて新たな単語を作るという遊び。
【才能】→【隠れている】というように、文字を入れ替えて新たな単語を作るのである。
私の誘いに、王太子殿下は目を丸くて「懐かしいね!そういえば最近、やってなかったな」と了承し、レナルディア卿も、恐らくは眠気が限界の私のためだろう。同意してくださった。




