敵だらけだったみたい
王太子殿下は王都に戻られるらしい。
私も支度が済み次第、王都に帰ることを伝えると、王太子殿下はにっこりと笑って言った。
『では、また王都で』
レナルディア卿も、王太子殿下と共に王都に戻るとのことで、私は大聖堂で彼らと別れると、別邸に戻った。
私室と続き扉になっている衣装部屋に入り、ずらりと並ぶドレスを見つめる。
(この中で、実家から持ち込んだものは……)
全部持っていくのは量的に難しい。
ただでさえ、ドレスは嵩張る。
荷物は軽く、が旅の基本だ。
特に今回は、一人旅なのだから。
結局、私は数着のワンピースドレスと、コインの入ったポシェットだけ持っていくことにした。
このコインは、魔道具の器を納品したことで得たものだ。
王都までの道のりは……片道一週間くらい?
(……こうなったらもう、旅程を楽しんでしまいましょう!)
向かう先は王都のミューテンバルト伯爵邸だ。
少しくらい到着が遅れても構わないでしょう。
私は王都までの道のりを脳裏に描くと、存分にこの旅程を楽しむことにした。
(確か、薬草の群生地として有名な山が近くにあったはず。ついでに寄れないかしら……)
お金も入り用だ。
ポシェットを開いてコインを数えていると、扉が突然開いた。
「若奥様!?一体どうなさったんですか!?」
振り返ると、そこにはロゼッタと数人の侍女がいた。
「……ノックもなく入ってくるなんて、何を考えているの?」
尋ねると、ロゼッタがしどろもどろに答える。
「えっ……それは……だって、今までそうでしたし……」
…………はい?
信じられない回答に、宇宙を背景にした猫が、脳内に広がった。
何かしらその回答は。
「あなた、何を言っているのかわかっているの?私は今、何を聞いたと思っているの?言い訳をして、なんて言っていないけれど」
「そ、それは」
ロゼッタが戸惑いがちに視線を逸らす。
すると、隣の侍女がロゼッタを庇うように私に言い放った。
「突然どうなさったのです?今までそうだったではありませんか。……ご気分が優れないのですか?」
強い語気で言い返してきた彼女に、私はこらえる事が出来なかった。思わず吹き出してしまい、手で口元を覆ってクスクスと笑みを零した。
「『今までそうだったから』。……だから、構わないと?面白いことを言うのね!あなた。……ねえ、なにか勘違いしているのではない?」
私は首を傾げて、にっこりと微笑んだ。
私の桃色の髪が、肩から胸元に滑り落ちた。
「立場を弁えなさい」
信じられない。
ほんとうに、信じられないわ。
(言うに事欠いて、私に、気分が悪いか、ですって?)
まるで私が八つ当たりでもしているかのような言い方だ。
「あなたたち、侍女失格ね」
もっとも、彼らのほんとうの主人はクラレンスなのだろう。私ではない。
「最後にいいことを教えてあげる。本来の侍女はね、女主人を第一に考えるものなのよ?……お前たちの主は、私……だったわよね?」
もう離縁したので、彼らの主ではないけれど。
侍女は、基本的に女性の身の回りの世話をする使用人である。
それに、侍女のひとりが眉を寄せて答えた。
「それはもちろんですが……」
……だからなぜ、逆接語がついてくるのかしら!?
「『もちろんですが』……その続きは、何かしら」
尋ねると、彼女は「いえ……」と言葉を濁した。
ハッキリしないわね……。
私は早々に、話を切りあげることにした。
「そうそう。まだ聞いていないかもしれないけれど、私、クラレンスと離縁したの。だからもう、私に構わなくて結構よ」
「え……」
「離縁!?」
私は手提げカバンを持つと、最後に彼女たちに言った。
「クラレンスの指示に従って、私の食事に毒を入れていたこと。私、知っているのよ?」
「……!!」
毒、という言葉に、彼女たちは顔を青ざめさせた。
それぞれ目配せをしあっている。
戸惑っているようだ。
まったく、分かりやすいにも程があるわ。
(全員、知っていたのね)
誰がクラレンスの指示を受けているのか分からない、とは思ったけれど……。
まさか全員グルだったなんて。
なるほど。
この邸に、私の味方はいなかったみたい。
「……よっぽど訴えてやろうかと思ったけれど。この件は、クラレンスに責任追及しようと思っているの。あなたたち、前科がつかなくてよかったわね?」
もっとも、今後の展開次第では、彼女らはクビを切られるかもしれないけれど。
私はにっこりと笑いかけると、手提げカバンを持って部屋を後にした。
彼女たちは何も答えなかった。
……答えられなかったのだろう。
☆
別邸を出ると、私は乗合馬車の停まるロータリーへ向かうことにした。
そして、別邸から少し歩いた先で、見知った顔を見つけた。
というのも、先程別れたばかりだ。
彼は、木の幹に背を預けるようにして誰かを待っているようだった。駆け寄って尋ねる。
「レナルディア卿。どうしてここに?」
「……あなたを待っていました」
端的な答えに、私は目を瞬いた。
レナルディア卿に案内された先には、林の中に隠れるようにして、粗末な馬車が一台停まっていた。
中には、やはり、先程別れたばかりの王太子殿下が。
「やあ!あなたも王都に行くと聞いたからね。良かったら一緒にどうだい?」
「待っていてくださったのですか?」
「今日の日没くらいまではね。あなたのことだ。すぐ家を出るんじゃないかなーと考えて待っていたんだ。今後の話も詰めたいことだしね」
馬車に乗り込むと、対面に王太子殿下とレナルディア卿が腰を下ろす。王太子殿下が御者席に繋がる小窓をノックして、馬車が走り始めた。
「さて。離縁は認められた。何と言ってもこの私が立会人だ。陛下もお認めになると証言された。これであなたは、晴れて自由の身だね?」
まるで、今まで囚われの身だったかのような言い方だけれど、あながち間違いでもない。私は苦笑して、窓の外に視線を向けた。
「殿下。ふたつ、お願いがございます」




