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お探しの妻はもういません。  作者: ごろごろみかん。
1.離縁は成立しました

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愚行に愚行を重ねる。

王太子殿下の低い、その場を威圧するような声に、クラレンスはますます顔色をなくした。


だけどここで黙っているのは悪手中の悪手と判断したのだろう。

クラレンスは1.5倍速の動画のように早口になった。


「違います!ただ、王太子殿下は存知のないことがあります。たとえば、ミレイユは小公爵夫人となったのに職業婦人のような真似をして、それもどうかと思っていたんですよ!社交界で何度その話をされ、恥をかいたことか!」


そこで口を挟んだのは、レナルディア卿だった。


「レディ・ミレイユの経歴は、誇らしく思うことはあれど恥をかくことはないのでは?」


クラレンスがレナルディア卿を睨みつけ、叫ぶように言う。


「婚約者もいないお前には分からないかもしれないけどな!これがどれだけの恥だと思っている!!」


彼はいよいよ、本心を隠せなくなってきたようだ。


クラレンスは、ここが公共の場であることを忘れてしまったのかしら。

困ったわね、と私は自身の頬に手を添えたところで、遠目に知り合いを見つけ、目を見開いた。

そのひとは、こちらに向かって歩いてきている。


(タイミング、最高だわ!)


私は天に感謝した。





「……ミューテンバルト大神官様!」


私が呼びかけると、周囲の注目が彼にむく。

御歳六十を迎えたミューテンバルト大神官様は私を見て微笑むと、その近くの王太子殿下に頭を下げた。


「来てくださったのですね」


ミューテンバルト大神官様の隣には、エムケル大神官様も並んでいる。


エムケル大神官様にとっては、不本意なことだろう。

なんと言っても、エムケル大聖堂でこの騒ぎ。


ミューテンバルト大神官様は、私を見ると目尻を下げて微笑んだ。

彼は何度か頷くと、落ち着いた声で言った。


「話は聞いていますよ。今のあなたに必要なのは、これですね」


ミューテンバルト大神官様は、カズラの合わせから、厚い冊子を取り出した。

その中から、一枚の書類を抜くと、彼は私にそれを手渡した。


光沢のある、青白い紙面。

特徴的なその紙は──


「離縁届……ですわね。ありがとうございます。用意してくださって」


「いいえ。私は、神の思し召しのもと、常に公平でありたいと思っています。先程エムケル大神官より話を聞きました。妻ミレイユと、夫クラレンスの夫婦関係は成り立っていないと意見いたします」


「そうだね。それは僕も同意見。それに、クラレンス・クルルフォーツ。さっきのきみの発言に、ちょっと引っかかるところがあるんだ」


王太子殿下が首を傾げてクラレンスを見上げる。

成人男性のクラレンスと、少年(の姿)の王太子殿下は、ザッと身長差が50cm程。

否応なしに上目遣いになる王太子殿下は、にっこりと笑みを浮かべた。


その姿だけ見れば、幼い少年が嬉しそうにしているように見えるだろう。


けれど、


「レディ・ミレイユはエリセリュンの宝だよ?それを知らないとは言わせない」


その発言は、とても幼い子供とは思えないほどドスが効いている。


王太子殿下が言っている【宝】は、私のユニークスキルを言っているのだろう。

このユニークスキル【エフェリア】は、かの四聖者アグネスと同じもの。そのアグネスが作ったのが、このエリセリュンで三大神器と言われている宝物だ。


私の魔道具作りは、いわば聖者アグネスの宝物作りと近しいところにある。

……さすがに、同じだ、とは豪語できないけれど。


だけど王太子殿下としては、私にその可能性を見ているのだろう。


ほんとうは、【聖者アグネスの再来】として周辺国にも名を売りたいのかもしれない。


だけど私のユニークスキルが表に出れば、私の価値は必然、上昇する。


そうなれば、王太子殿下も言っていた通り、王家は私を囲っておきたいのだろう。

【聖者アグネスの再来】が王家に入る。もしそうなれば、箔付けとしては最高の出来だ。


だけど、現状、私はクルルフォーツ公爵家に嫁いだ。

だから、王家は私のユニークスキルについて、厳重な箝口令を敷いていた。


王太子殿下は大仰に手を広げて言った。


「もし、きみが本心からレディ・ミレイユの才能を貶めているなら、それは、我が国をも馬鹿にしていることになる。クルルフォーツ公爵の面目も丸つぶれだ」


クラレンスは言い返したいけれど、相手が相手なだけに下手な口を聞けないと思っているのだろう。

先程の二の舞は、彼としても避けたいところなのだと思う。


周囲の人々は、私がエストリア魔法学院を短期卒業したことは知っているのだろう。

しかしそれがそんなに凄いことだとは知らなかった、というように一様に驚いている。


本質は、私のユニークスキルにあるのだけれど、それは伏せられているので、みな知らない。


ミューテンバルト大神官様の後ろから、若い神官が私に万年筆を手渡す。


「ありがとうございます」


私はそれを受け取ると、サラサラと署名した。

自分の名前を。

記し終えると、今度はその紙をクラレンスに渡す。


クラレンスは相当動揺しているようで、視線がどこかに固定されている。


私は夫の名を呼んだ。……もっとも、この場を持って、彼とは夫婦ではなくなるけれど。


「ご署名いただいても?」


「…………断る」


「あら……では、裁判をお望み?四審全て受けるにはかなり時間がかかりますけれど──私はそれでも良くてよ?そうなさいますか?」


ザッと、十年程度の時を要することだろう。


私はそれでも構わない。

元よりその覚悟で申し出た。


私の発言に、クラレンスが怒りのためか、屈辱のためか、息を荒くして私を睨みつけてくる。


よほど、私と離縁したくないのだろう。

恐らくは、公爵位を継ぎたいがために。


私は笑みで返した。


「ここまできて自己保身に走るなんて──みっともなくてよ。ひととしての矜恃まで無くしてしまいましたの?」


「よく回る口だな。だいたい、借金はどうする?」


きっと、クラレンスからしてみたら、これは最後の切り札なのだろう。


だけど、私はおかしくなってしまった。

なぜなら──。


「ああ。ミューテンバルト伯爵(おとうさま)への融資の返済についてのお話ですわね。私がクルルフォーツ公爵家に嫁ぐことを条件に無利子としてくださった、っていう」


「そうだ!僕と離縁したいというのなら、耳を揃えて返すことだな!!それが出来ないなら──」


「構いませんわ」


私は即答した。

お金で解決できるなら、お支払いしようじゃない。


もしかして、とは思うけれど。


彼は、この話をしたら私が折れるとでも思っているのかしら?


だとしたら、相当舐めている。


私の覚悟を。

そんな安易な気持ちでここまでするはずがないじゃない。


もう、全て覚悟の上だ。


私は全てを手放すつもりで、この離縁届に名前を記入したのだから。


「ですからどうぞ、早くご記入なさって?お話はそれだけ、ですわよね?」


そう纏めると、クラレンスは私を強く、強く睨みつけてきた。今にも血管が切れそうだ。

そして彼は、ついに私が差し出した離縁届を乱暴に奪い取ると、それにサインをした。


「後悔するぞ。覚えておけ」


……という、熱烈な言葉とともに。


「しませんわ。絶対に」


だから、私も同じくらいの強さを持って、言葉を返す。


「今に後悔する。泣いて縋ってももう遅いからな!そもそも僕はお前みたいな賢しらで鼻につく女は大っ嫌いだ!お前と夫婦?ハッ、反吐が出るな!【効果移転(エフェリア)】のユニークスキル持ちだか何だか知らないが、大した成果もあげていないくせに偉そうに!」


私は頭が痛くなった。目眩もする。


私は別に、積極的に彼の人間性を攻撃したいわけではないのだ。

だけど今は、思わざるを得ない。


ばか!と。


彼は自ら、王家が重々に伏せていた国家機密──私のユニークスキルを、この公の場で暴露したのだった。

これを愚行と言わずして、なんと言う。



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ホントに公爵家の教育受けた子息なん?
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