素敵なブライダルプランをご案内してさしあげます
私は、今何を見ているの。
私は、今何を聞いているの。
最近、気分が優れないと思った。
だから、辺境で療養することにした。
近くに、大聖堂があると聞いた。
そこで祈りを捧げれば、原因不明の体調不良も良くなるかもしれない、と藁にもすがる思いで足を運んだの。
(それがまさかこんなところで、こんなものを見てしまうなんて、ね)
「会いたかったわ、クラレンス!最後にあなたに会ったのはいつだったかしら?私、本当に辛かったの」
「ごめんね、エウライン。なかなか時間が取れなかったんだ。僕も、きみに会いたかった」
「ミレイユはまだあなたの妻なの?どうして?ほんとうの夫婦なんかじゃないくせに……!」
ほんとうの夫婦じゃない──。
それをなぜ、夫の幼馴染であるエウラインが知っているのだろう。
風に乗って、夫の声が聞こえてくる
「安心して、エウライン。ミレイユには子供はできない。できるはずがないんだから」
足が止まる。ざわざわと、風が鳴る。
ここには、まるで私と彼女と──私の夫の、三人しかいないかのように感じた。
「じゃあ……!ミレイユって可哀想なのね……。結婚してもう半年が経過するのに、未だに乙女なの?」
くすくす、と笑う彼女に私は頭が真っ白になった。
(これは……何?)
「そりゃあね。吐きそうなのにことに及ぼうとする人間は滅多にいないだろ」
「ふふ、クラレンスったら悪いひと!ミレイユがお誘いをしてきたら、食あたりさせるの、まだやってるの?」
……食、あたり?
呆然としていると、私と夫と、その恋人の三人しかいないと思われた世界に、第三者が現れた。
というのも、ただの通行人だ。
彼は、私とは反対の道を歩いてきて、まだ私には気がついていないようだった。
私はそのひとに見られないよう顔を伏せて──伏せたたところで。
バッともう一度強く顔を上げた。
「…………!?」
(どうしてこんなところに)
そのひとは、顔見知りだった。
知り合い以上友達未満というやつだ。
銀色の髪に青色の瞳。冷たげに見える容姿と、端的な物言いをするドライな性格。
魔法管理部長も兼任している、ルヴェルト・レナルディア公爵子息である。
なぜ彼がこの辺境の地にいるのかは知らないけれど、この現場を見られるわけにはいかない。
彼はまだ私と、生垣の向こうのふたりに気がついていない。
だけど彼の向かう先は、この生垣の向こうのようだ。
このままでは、彼は、夫のその恋人の逢瀬に乱入することとなる。
(もしかして、彼も当事者……!?)
あわや三角関係どころか、四角関係だったのか、と動揺した私だったけれど、彼の白を通り越して青い顔を見て、それはないと判断する。
あの顔は、朝まで仕事していました!という顔だ。荒んでいる。こころなしかいつも身にまとっている黒のローブも、ボロ雑巾のようにヨレヨレだ。まるで社畜のよう。
(……社畜?)
その時、生垣の向こうから高い声が聞こえてきた。
「ミレイユはずるいわ!私が欲しいものを、いつだって奪っていってしまうのだから!」
奪う……!?
私は動揺した。
なぜなら……全く心当たりがないもの……!!
現状、私の夫を現在進行形で奪っているのは彼女──エウラインの方だと思う。
彼女の中でそれはノーカンなのだろうか。なんて都合がいいんだ!
「私はずっと、あなたの妻になることだけを夢に見てきたわ!クラレンス。あなただって、私を妻にすると約束してくれたじゃない!」
まずい、このままではレナルディア卿に気付かれてしまう!!
社交界で噂になるのは、避けたい。
少なくとも、まだ、情報が確定するまでは。
「分かってる。だから、ミレイユとは形ばかりの夫婦──」
「その汚らわしい名前を口に出さないで!」
自分の名前を汚らわしい判定を受けてしまった私は、唖然としながら、咄嗟に今にも生垣に突入しようとしていたレナルディア卿に駆け寄り、その手首を掴んだ。
「……!?」
目を見開く彼に私は自分のくちびるに人差し指を当てた。
お静かに、願います。
まるで図書室の司書のように振る舞う私に、レナルディア卿がなにか言おうとした時──エウラインの甲高い罵声が聞こえてきた。
「ミレイユはいつもそう!澄ました顔をして、自分以外を見下して!それで、いいところばかり取っていくんだわ。クラレンス、あなただって!」
「彼女とは離縁するって言っただろ?エウライン、僕にはきみがいるんだから」
「それなら早く離縁してよ……!まったく、分からないわ!あんな、地味で暗い、雑草集めが趣味の女なんて!しかも怪しげな魔道具を触るのも好きなんでしょう!?陰湿で気持ち悪いわ!」
雑草集めじゃありません薬草ですわ!!
甲高いエウラインの声に、レナルディア卿がハッと目を見開く。
ようやく、状況を理解したらしい。
今、この生垣の先で──なぜか私の夫であるクラレンス・クルルフォーツと、彼の生まれながらの幼馴染であるエウライン・エムケル伯爵令嬢が、まさに今!密会しているのですわ……。
(というか……!)
どうして私の趣味をそこまでこき下ろされなければならないのだ。
私はエウラインと話したことがない。
そもそも……!クラレンスと付き合っていたことすら知らなかった。クラレンスは、私にエウラインという恋人がいることを秘密にしていたのだ。
婚約期間中も、結婚してからも。
これは──裏切りだ。
私と、私の生家ミューテンバルト伯爵家に対する。
陰湿だの、気持ち悪いだの、地味だの暗いだの散々な言われようだ。
よっぽど、このまま飛び出して言い返してやろうかと思ったけれど、何とか堪える。
今、口論をするのは悪手だ。
クラレンスはまだ、エウラインとの関係を私に知られていないと思っている。
それなら、私の取る行動は──。
内心憤りながら、私はレナルディア卿の手首を掴んでいない方の手を、強く握りしめた。
私がここで療養しているのは、クラレンスに勧められたからだった。
もっとも、彼が提示した場所は別の療養地だったけれど、この近くに有名な薬草園があったことから、私はこの地に決めたのだ。
私とクラレンスは、ほんとうの夫婦ではない。
未だに、初夜は成されていない。
彼と結婚して半年も経つにも関わらず、だ。
私が、できなかったのだ。体調不良で。
『きみの体調が悪そうだから、今日はやめておこう』
寝室に向かう途中、私は吐き気を覚えることが多かった。
でも、これは政略結婚。
その意味を果たさなければ。
強迫観念にも似た思いから私は、問題ありません、と答えようとした。
だけど直後、ぐらりと視界が揺れる感覚を覚え、へたりこんだ。
吐き気を覚えた私に、クラレンスの気遣わしげな声が聞こえてきた。
『やっぱり、体調が悪いんだろう。酷い顔色だ。無理をさせてごめんね』
その優しさに助けられたし、私は自分の体調の自己管理すらなっていないことを酷く悔やんだ。
私とクラレンスの結婚は政略で、この結婚が求める成果は、私が彼の子を成すこと。
それなのに、私がその責を果たせないのであれば、私がクルルフォーツ公爵家に嫁いだ意味がなくなってしまう。
それから何度となく機会は訪れたけれど、その度に私は体調を崩した。
ついにはクラレンスが眉を下げて私を慰めるように言った。
『まだ、きみのこころが追いついていないんだ』
彼の言葉に、私は泣いた。
吐きそうになり嘔吐きながらも、悔し涙を零したのだ。
それが──まさか、食あたりだったなんて。
しかも、計られたものだったなんて。
そんなの。
(ふ ざ け る な ♡)
……というもの、ですわよね?
私は思わず、笑みをこぼした。
ばかにしてくれる。
……いいじゃない?
あなたが私と離縁したいのなら。
その責を私に押し付けてまで、最愛のひとと結ばれたいというのなら。
私が、そのアテンドをしてあげようというものだ。
素敵なブライダルになるよう、最大限、励みますわ♡
もっとも、プランは選べませんけれど、そこはご愛嬌、ということで。




