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泥濘の華、玉座を見下ろす~雑用係と蔑まれた庶子の私ですが、父王の密命で大国の全権大使となり、無能な正妃たちを外交で黙らせます~  作者: jnkjnk


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第2話:異国の空で開花する才能

ガルガディア帝国の冬は、骨まで凍てつくほどに厳しい。

祖国を出てから三年。私は、帝都の中央にそびえ立つ「王立魔導学院」の尖塔にある大講義室にいた。窓の外には鉛色の空と、幾何学的に整備された美しい街並みが広がっている。

かつて泥とヘドロにまみれていた私の指先は、今はインクの染みと、魔導実験による小さな火傷の痕があるだけだ。


「──というわけで、新市街の魔導エネルギー循環システムにおける熱暴走の問題は、理論上、クリスタル触媒の増量で解決可能である。以上」


壇上でそう締めくくったのは、学院でも権威ある魔導工学の教授だった。

階段状になった講義室には、数百人の学生と、都市計画局から派遣された役人たちが詰めかけている。彼らは教授の言葉に感心したように頷き、ノートを取っていた。

だが、私は眉間に皺を寄せ、手元の図面と計算式を睨みつけていた。


違う。それでは解決しない。

むしろ、悪化する。


「……あの、よろしいでしょうか」


静まり返った講義室で、私はおずおずと手を挙げた。視線が一斉に私に集まる。

教授が不快そうに眼鏡の位置を直した。


「リリアナ君か。君は留学生の身でありながら優秀だが、少し実務を知らなさすぎるのではないかね? 理論上、私の計算に間違いはないはずだ」

「はい、計算式は完璧です、教授。ですが、この設計図の通りに配管を敷設すれば、三ヶ月以内に第三区画の地下で爆発が起きます」


ざわり、と教室がどよめいた。

教授の顔が紅潮する。「馬鹿な! クリスタルは魔力を浄化する作用がある。詰まるはずがない!」

私は立ち上がり、父から託された黒檀の万年筆を握りしめた。緊張で掌が汗ばむが、引くわけにはいかない。これは、私が誰よりも知っている「流れ」の話だ。


「クリスタルは魔力を浄化しますが、その過程で微量の『魔力カス』という不純物を排出します。きれいな実験室では観測できないほどの微粒子ですが、都市レベルの大規模循環となれば、その量は膨大になります」


私は空中に投影された立体図面に歩み寄り、ペン先で配管の屈折部分を指し示した。


「特にこの九十度のエルボ管。魔導流体はここで流速を落とし、沈殿物を堆積させます。祖国の……いえ、古い配管の実例では、ここにヘドロ状の魔力カスが溜まり、それが硬質化して『魔力血栓』を作りました。これを放置して出力を上げれば、行き場を失った圧力は最も脆弱な接続部を破壊します」


一気にまくしたててしまった。

周囲の学生たちはポカンとしていたが、都市計画局の技師たちが慌てて図面を覗き込み始めた。


「……おい、彼女の言う通りだ。流体力学の観点から見れば、この角度での堆積率は無視できない数値になるぞ」

「魔力カスの凝固係数……確かに、実験室レベルでは無視していたが、実稼働となると……」


教授はわなわなと震えながら、私を指差した。


「だ、だとしてもだ! ならばどうするというのだ。今さら配管のルートを全て引き直せと言うのか? 予算も工期も倍になるぞ!」

「いいえ、引き直す必要はありません」


私は胸を張って答えた。

かつて、泥の中で必死に考え、工夫し続けた日々が、今の私を支えている。道具がない、予算がない、人もいない。そんな極限状態で、どうやってシステムを維持するか。それが私の日常だったから。


「要所に、私が開発した『螺旋式洗浄術式』を組み込んだフィルターを設置すればいいのです。流れる魔力そのものに回転を与え、遠心力で不純物を常に中央へ集め、排出孔へ誘導する。これなら既存の配管を流用したまま、メンテナンスフリーで稼働できます」

「洗浄術式だと? あんなものは、掃除婦が使う低級魔法だろう!」

「ええ、そうです。ですが、極限まで圧縮し、制御された洗浄魔法は、あらゆる不純物を完全剥離させる『絶対浄化』の特性を持ちます」


私は手近にあった実験用の汚れた魔石を手に取った。長年の使用で煤と魔力焼けがこびりつき、廃棄処分待ちだったものだ。

呼吸を整え、魔力を練り上げる。

イメージするのは、あの暗い地下水路で、破裂しそうな配管を必死に抑え込んでいた時の感覚。汚れを憎むのではなく、汚れの性質を理解し、あるべき場所へ送り返す感覚。


「──展開、洗浄クリーン


指先から放たれた光は、一瞬にして魔石を包み込んだ。

バチバチッという音と共に、こびりついていた頑固な汚れが分子レベルで剥離し、光の粒子となって霧散する。

光が収まると、私の手には、新品同様……いや、内包する魔力さえも純化され、以前よりも澄んだ輝きを放つ魔石があった。


静寂。

誰も言葉を発しない。教授でさえも、口を開けたまま固まっている。

単なる「掃除」ではない。これは、物質の表面に付着した異物を完全に消し去る、極めて高度な魔力制御技術だ。


「……素晴らしい」


静寂を破ったのは、講義室の後方にある貴賓席からの声だった。

ゆっくりとした拍手と共に、一人の青年が姿を現す。

長身痩躯に、夜空のような深い黒髪。そして、冷徹さと知性を宿した紫水晶アメジストの瞳。

ガルガディア帝国の皇太子、アレクセイ・フォン・ガルガディアその人だった。


「で、殿下!?」


教授や学生たちが慌てて最敬礼の姿勢を取る中、アレクセイ殿下はまっすぐに私の方へと歩いてきた。その威圧感に、私は思わず後ずさりそうになる。


「リ、リリアナと申します。ご無礼をお許しください」

「無礼? 何がだ。蒙昧な机上の空論を、実用的な知恵で正したことがか?」


アレクセイ殿下は私の手にある魔石を取り上げ、光にかざして目を細めた。


「美しい。ただ綺麗になっただけではない。魔力の通り道にあった微細な傷さえも修復されている。……君は、これを『掃除』と呼ぶのか?」

「は、はい。祖国では、毎日これを使って下水管を洗っておりましたので……」

「下水管を、か」


殿下は短く笑った。嘲笑ではない。心底面白がっているような、少年のような笑みだった。

彼は魔石を私に返すと、講義室にいる全員に向けて言い放った。


「聞いたか、諸君。君たちが『低級』と侮る魔法が、理論武装した教授の鼻を明かしたのだ。技術とは、高尚な論文の中にあるのではない。現実の問題を解決する泥臭い現場にこそ宿る。彼女を見習え」


その言葉は、私の胸の奥深く、長い間凍りついていた部分を溶かしていくようだった。

泥臭い現場。誰からも褒められず、蔑まれてきた私の仕事。

それが、この大国を動かす次期皇帝によって肯定されたのだ。


「リリアナ。後で私の執務室へ来い。君のその『知識』、もう少し詳しく聞かせてもらいたい」


***


その日の夕方、私は皇宮にある皇太子執務室に招かれた。

重厚なマホガニーの机を挟んで、アレクセイ殿下と向かい合う。高級な紅茶の香りが漂う部屋は、かつて父に呼び出された冷たい執務室とは違い、暖炉の火が暖かく燃えていた。


「座りたまえ。堅苦しいのは無しだ」

「失礼いたします」


ソファに腰を下ろすと、殿下は大量の書類を脇にどけ、私をじっと見つめた。


「君の素性は調べさせてもらった。隣国の王の庶子であり、正妃によって教育を奪われ、下働きの真似事をさせられていた、とな」

「……お恥ずかしい限りです」

「恥? なぜ恥じる」


殿下はカップを置き、真剣な眼差しで私を射抜いた。


「君が這いずり回っていた泥の中には、国の血管とも呼べるインフラの全てがあった。君は誰よりも、国の『中身』を知っている。どんなに着飾った王族よりも、君の手は国を支えていたのだ」


涙腺が熱くなった。

父も最後に「よく見ろ」と言ってくれた。だが、ここまで明確に、私の過去の苦しみを「価値あるもの」として認めてくれた人は、殿下が初めてだった。


「……ありがとうございます。ですが、私はただ、生きるために必死だっただけです」

「それがいい。私は実力主義者だ。血筋など飾りにもならん。欲しいのは、使える人間だ」


殿下は立ち上がり、窓際に立った。ガラスに映る帝都の夜景を見下ろしながら、彼は静かに語り出した。


「実はな、リリアナ。隣国……君の祖国から、非公式な救援要請が来ている」

「えっ……救援、ですか?」


心臓がドクリと跳ねた。

祖国を出て三年。風の噂で、国内が乱れているとは聞いていたが、まさか帝国に救援を求めるほどとは。


「魔導インフラの老朽化による事故が多発しているらしい。上水道の汚染、暖房システムの停止、さらには下水からの有毒ガスの発生。王都は今、衛生危機に瀕しているそうだ」


ああ、やはり。

私が管理していたバルブ、定期的に流していた洗浄魔術。それらがなくなれば、あの急造だらけの配管システムが保つはずがないのだ。正妃たちは「臭いものに蓋」をして、見た目だけを繕ってきたのだろう。そのツケが回ってきたのだ。


「君の父王は必死に食い止めているようだが、実権を握る正妃派閥が無能すぎて手が回らんらしい。……そこでだ」


殿下は振り返り、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「我が帝国は、人道支援という名目で、技術顧問団を派遣することにした。だが、ただの技術者では、あのプライドの高い正妃に門前払いされるだろう。必要なのは、王族と対等に渡り合え、かつ現場の全てを知り尽くした、胆力のある代表者だ」


彼の言わんとすることを察し、私は息を呑んだ。


「リリアナ。君を、我が帝国の全権大使として任命する」

「……私が、大使?」

「そうだ。かつて捨てられた国へ、帝国の威信を背負って帰還するのだ。最高のドレスを着て、最高の護衛を引き連れてな」


殿下は机の上にあった小箱を手に取り、私の前に差し出した。

開けると、そこには帝国の紋章である双頭の鷲を象った、美しいプラチナのブローチが入っていた。


「君はもう、泥まみれの少女ではない。我が帝国の至宝であり、私が最も信頼するパートナーだ。……行って、教えてやれ。彼らが踏みつけた泥の中に、どれだけの価値があったのかを」


震える手でブローチを手に取る。

冷たい金属の感触。だが、そこには確かな熱が宿っていた。

これは復讐ではない。

もっと気高く、もっと建設的な「証明」だ。


「……謹んで、お受けいたします」


私は立ち上がり、深く頭を下げた。

三年間の学び。そして、十八年間の苦役。その全てが、今一つに繋がった気がした。


「準備期間は一ヶ月。その間に、君を徹底的に磨き上げる。外交儀礼、ダンス、そして交渉術。……覚悟はいいか?」

「はい。泥水すする覚悟よりは、容易いかと存じます」


私の答えに、アレクセイ殿下は満足そうに声を上げて笑った。


「いい答えだ。それでこそ、私の見込んだ『泥濘の華』だ」


窓の外、帝都の灯りが星のように瞬いている。

その遥か彼方、暗い海を越えた先にある故郷を思った。

待っていてください、お父様。

そして、首を洗って待っていなさい、お義母様、お兄様。

泥の王女は死にました。帰るのは、あなた方の足元をすくう、最強の技術者あくまです。


私はブローチを胸に当て、強く誓った。

その夜、私は久しぶりに夢を見た。暗い地下水路の夢ではない。

光溢れる玉座の間で、堂々と胸を張って立つ、未来の自分の夢を。

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