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【短編小説】着ぐるみ

掲載日:2025/12/27

 空調の効いた控え室で配給された弁当をモソモソやっていると、勢いよくドアが開いた。

「おい、手伝え」

 プレハブ小屋の入り口に立っていたのはスーツ姿の現場監督だった。

 とりあえず立ち上がり、手伝う意志を見せつつお茶で口の中にあるものを流し込んだ。

 ぼそぼそとした米粒が喉を一気に駆け降りていき、おれの腹に粗悪だが怒りにも似たエネルギーが溜まっていく。

 時給の発生しない休憩を切り上げさせるんだ、残業代をつけろ。


 しかし立ち場の弱いおれがそんな事も言えず、せめてもの抵抗でもたもたとペットボトルの蓋を閉めようとしていると

「そんなものはいいから、早く来い」

 と怒鳴られた。

 ヤクザみてぇなナリしやがって!と思うがそのヤクザじみた男に小銭で雇われているのはおれだし、そいつの支給する弁当をお茶で飲み込んだのもおれだ。

 情けなさでケツの穴が痒くなり、ツナギの上から掻きむしりながら現場監督の後を追った。


 ヤクザじみたオールバックの現場監督(縞入りスーツ)の後についていくと、ステージの脇に着ぐるみが横たわっており、周囲の人間たちが慌ただしく動き回っていた。

「熱中症ですか?」

 おれが訊くと現場監督は道端の吸い殻でも見るような目でおれを見て

「見たらわかるだろ」と吐き捨てた。


 分かっちゃいるが確認だよバァーカ、死ねカスが!と絶叫したくなるのを我慢した。

 舌打ちを堪えたのだって褒めて欲しい。

 おれは現場監督の指示を仰ぐ気でいたが、この感じだとそれも良くなかろうと着ぐるみの頭に手をかけた。


「おい、何をしている」

 現場監督が制止した。

「なにって、とにかくこれを外さないと」

「何を言ってるんだお前は」

 熱中症じゃないのか。

 怪我なら確かに動かせない。早く救急車を呼ばないと駄目だ、そう言いかけた。

「早く冷やしてやれ」

 現場監督は他のスタッフが持ってきた大量の氷嚢をおれに手渡した。

「それなら脱がさないと」

「中に人なんて入ってる訳が無いだろ、いいから冷やせ」

 現場監督の目は本気だった。

 


 仕方なしにおれは分厚い生地の上から氷嚢を押し当てた。

 首筋、脇、股間。とりあえず思いつく限りの箇所に氷嚢を当てると、着ぐるみの荒い呼吸が少しずつ収まっていった。

 現場監督がストローをさしたスポーツドリンクを着ぐるみの口に持っていっていく。

「そんな事をしても……」

「あぁ?」

 現場監督の真っ黒い目を見た。


 そうだ、着ぐるみの中に人なんて入っていない。

 これはそう言う生き物なのだ。

 おれは自分をそう納得させる事にした。

 所詮は雇われのおれになんの責任も無い。


 この現場監督も雇われだ。他のスタッフもそうだ。この着ぐるみだって同じだ。

 本音と建前があるみたいに、おれにも奴らにも外面と本質みたいなのがある。

 おれもこいつらも、この着ぐるみみたいなもんだ。


 おれは着ぐるみに氷嚢を当てながら、じゃあ自分の中には本当に何も入っていないのか考えたが、気持ち悪くなってやめた。

「ありがとう」

 着ぐるみは意識を取り戻しておれに礼を述べると、自力で立ち上がって折良く到着した救急車に乗り込んでいった。


 おれはそれを見送ってから控え室に戻ると、現場監督がおれの残した弁当を食っていた。

「仕方ねえなぁ、次おまえな」

 そう言うと、確かにおれは着ぐるみであった。雇われとは、そう言う身分なのだ。

 情けなさで痒くなるケツの穴も無いなと思うと、不思議と安らかな気持ちになった。

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