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怖い話  作者: kohaku


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猫タクシー

時は1960年、20代と思われる男、はやし 輝夫てるおは髪は短く、小さく丸い眼鏡に鼻がチョンと高く、顔は細く、身長は168から170あたりである。頭脳明晰、文武両道、現在本を片手に京都帝国大学より下校中の有様である。壱ページ、壱ページめくるにつれて、重き荷物を運びし老婆、引っかかりし風船を求む子供といった世俗の不安を1つ2つと片付けてゆく。家に帰っては、母の家事を手伝い、父の愚痴を聞いては、勉学に励むのである。彼の好みは物理学であり、夢はノーベル物理学賞の受賞である。彼は、小学校高学年であった時、ラジオ放送にて湯川秀樹のノーベル物理学賞受賞を聞いた。湯川の中間子理論は物理学の業界に多大な影響を与えたが、それに留まらず戦後の核兵器廃絶と世界平和の運動に利用された。科学者としての業績と、社会貢献を同時に成し遂げたのである。輝夫はこれに感銘を受け、湯川秀樹と同じ道を歩みたいと決心した。

現在の彼の家庭と言えば、劣悪過言でないものであった。父は怠惰で、四六時中戦闘機のプラモデルを触っており、母は憂鬱にビニール人形で人形劇をしていた。しかし、これは昔からではない。父は、輝夫が論文で儲かるまでは仕事熱心、温厚篤実であり、母は、輝夫が全ての家事を行うまでは勇往邁進、用心堅固であった。輝夫はただ真面目なだけであり、ノーベル賞という栄誉を持つ者は、完全無欠でなければならない、という一心で過ごしてきた。それゆえ、あのラジオ以来は父や母のことを一ミリも心配することがなかった。心配ほど完全無欠から離れたものはないからである。

ある日、輝夫は朝刊にて日米安全保障条約の改定反対に伴う大規模なデモが起こったことを知る。輝夫はこの事態に深く憤慨し、中止させるため、大した身づくろいもせず家を飛び出し、東京の国会議事堂へ向かうことを決心した。在来線のホームへたどり着いたが、国鉄労働組合や私鉄労働組合がストライキを実施しており、電車での移動は不可であることを知り落胆した。しかし、頭脳明晰な輝夫は即座に次の手を思いつく。自家用車での移動である。黒の日産セドリックにジェリ缶を詰め込むと、エンジンをかけた。京都から東京へのルートは即座に割り出すことができたが、到着にはおよそ4日かかる計算である。国会が沈んでは、社会貢献など意味を成さず、世のために働くという意義が失われてしまう。

半日かけ、名古屋にてガソリンを補充した。そして、運転していると、名古屋大学の学生自治会や教職員が学生を主導し、デモを引き起こしている現場を目撃する。輝夫は、教職員たちが教える立場でありながらも誤った教育を生徒に施しているのに対して激怒し、一団を轢いた。大量の悲鳴が響く中、一台の車は山道へと入っていった。

輝夫は車の調子が悪いことに気づいた。車を停め、赤いタイヤを目にすると、左後ろのタイヤが大きく沈んでいることがわかった。輝夫は荷物を抱え、ついには走り始めた。彼は脚力に自信があったが、そう長く持つことはなく、3時間ほどして地に手を付けた。あたりは暗く、23時頃である。輝夫はただ一人、山道にて朝を待つことにした。

遠くの茂みからもれた車のライトが見える。輝夫は起き上がると、目を凝らした。タクシーである。輝夫は手を挙げ、タクシーを呼んだ。すると、そのタクシーは止まった。輝夫は中に入ると、国会議事堂までと頼んだが、ドライバーからの返事はない。そっけない人なんだろうと椅子にもたれかかると、ルームミラーに奇妙な像が移っていることに気づく。目を凝らすと、茶色と白の猫の顔があった。輝夫は驚きつつも、走り出す車から降りることは不可能に思えた。

「あなたはいったい…。」

猫は応えない。輝夫は焦ってはならぬと、猫を見ると、顔以外は男の体格をした体にスーツを着ている様子である。輝夫は焦りを感じた。自身の不安を感じた。

「ここで降ろしてもらえますか。」

猫男は聞く耳を持たない。輝夫は助けてほしいと願った。助けてほしい。ただ助けてほしいと。


タクシーは国会議事堂に到着し、中から1人の男が出てきた。その男はフラフラとデモに参加するのだった。

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