粘着質なサド体験
俺は辺境航路を巡る補給宇宙船に乗っている。主な任務は、各植民地ステーションへの物資補給と、航路上の小規模修理だ。宇宙船の仕事は退屈で、毎日が同じ繰り返しだ。俺の担当は気圧ログの記録と、藻類培養槽の清掃。退屈な仕事ではあるが、支払いがいいので続けている。いや、転職という先もない。辺境という地方都市にある宇宙船会社で働く者は、みな同じような境遇だ。
仕事を終えると、艦内の小さな図書室で古書を読むのが日課になっている。あらかた電子化された図書はモニタで眺めるものがほとんどなのだが、たまに紙の本が混じっている。収容するための容量が少ない船内にあっても、古書の本は根強い人気がある。時間の流れが同一な動画サイトを流し見するよりも、紙の本を捲っているほうが時間潰しに十分なのだ。一枚を捲るたびに、なにかを想像して時間を過ごす。一枚の紙の圧縮率は、動画サイトのそれの比ではない。
ところが、誰も貸出履歴のない『マルキ・ド・サド書簡集』だけが図書館の奥の棚に積まれていた。この図書館には古風な貸出履歴のカードが用意されている。いまどき、貸出履歴をカードで管理するなんて馬鹿馬鹿しいとは思うだろうが、紙の本はそれなりに貴重なので履歴を作ってある。あまりにも長い貸出期間もある。辺境航路をひと巡りする間に2、3年経ってしまうこともあるので、貸出の期間はひどく長い。戻ってこないこともあるかと思うのだが、それが意外と返ってくるのだ。司書ロボットの管理がしっかりしているからだろう。税務署員と同じように(いまでも、税務署員は人間の仕事だ)どこまでも追ってくる。律儀なやつだ。
サドの人生はほとんど牢獄の中だという。有名な「ソドムの百二十日」も牢獄の中で書かれている。彼の価値観がその世代に合わなかった、ということはたやすいが「ソドム百二十日」や「悪徳の栄え」が作品としての昇華だとしても、彼の価値観がそれとイコールであれば、どの時代になじむこともできなかったのは容易に想像できる。いわゆる、個人の想像の世界は自由ではあるが、それを現実に出すには不都合があるということだ。いや、それはサド自身にではなく、当時の世間一般についてだが。
エンジンルームの奥のほうにある配管が奇妙な声で鳴いているという噂が船内に響いている。単純な配管の共鳴したリズムだといえばそうかもしれないが、接した人の感想が同じであるのが俺には気になるところだ。夜間にだけ鳴り響くようなので、周期的なものと思われるが、配管の位置が奥深い位置にあるために修理するにはちょっと面倒な場所にあるのだった。
奇妙な声いや音と言ってはいるが、不快な音ではない。一種の心地よい響きのような感じもする。しかし、異音には違いない。本来ならば、鳴るべきではない場所から原因不明な異音が流れてくるのだから、それは何か予兆といってもよいだろう。
漏れ出る音に常に耳を傾けるわけではない。ちょっとしたエンジンルームの近くを通るときに聞こえる音に過ぎない。ちょっとだけ心地よいそれは、異音として避けるべきものなのであるが、音楽ほど秩序立って流れているわけでもない。わざわざ聞くほどでもない。
配管の異音は実は幽霊だという噂がある。辺境の宇宙船にはよくある怪談話だ。かつての海の帆船のように運にまかせて船が沈むこともあれば、運にまかせて帰国できることがある。何の偶然がまるで奇怪な現象のひとつの必然として噂されることがある。事実はひとつではあるが、それが再現されることはない。同じ航海が二度とないのと同じだ。だから、そこそこ古めの生き残った宇宙船には、幽霊話は付き物なのだ。
サドの書簡を読むと、彼の生の倫理観が見えてくる。いや倫理観というよりも、世間に対する怒りだ。もし、彼がそのままの形で世間に認められていたら「ソドムの百二十日」のような傑作を書いたかどうか、という考えにいたる。想像の翼を広げている作品とは異なり、書簡には愚痴が垂れ流される。いわば、自分が認められない根無し草であることを憂い呪うのだ。
いまとなれば、彼の呪いが理不尽であることがわかる。SNS のように多様な人の愚痴が流れている場さえあれば、サドも少しは溜飲を下げたかもしれない。ちょっとした、同意が得られれば満足してしまった可能性も否定できない。
つまりは、認められないからこそ、彼はより過激な言葉を使いより刺激的な表現を主張し始めたと言える。書簡には現実的な悩みも綴られる。想像の自由の主張をしつつ、日常にサドも生きていたとも言える。
ひょっとして、配管の異音も何かを主張しているのかもしれない。聞き耳を立てたならば幽霊の声ぐらい聴けるだろう。しかし、乗員は配管の音を聞きはしない。サドの書簡のようなものだ。ちょっと位の手紙のやり取りならばいい。だが、本格的に踏み込んでしまえば自分の人生が、いやそれほどでもなくて輸送船での仕事が疎かになってしまう。幽霊の声を聴くなんて、馬鹿馬鹿しい。ちょっとしたチラシを見る程度でよいだろう。スクロールされている SNS の戯言にすぎない。さっと見て、次の瞬間忘れてしまうような軽い快楽であればいいのだ。
「あの、ここの配管に何か詰まっているんですけど」
「あ、いやぁ、幽霊が詰まっていますね。これ、幽霊の声が漏れ出しているんですよ」
柳の下、よくよく見れば幽霊でした。日常のほうが重要ですからね。今日は給料日だし。
「悪徳の栄え」マルキ・ド・サド著




