檻を開けて観る。
私の記憶がクジャクだったら、大きくひろげられたその翼には、七色を錯覚してしまうような思い出の羽が、びっしりと敷き詰められているだろう。
そう。
今、私の目の前にいるようなあんな孔雀のように。
「孔雀って、間近で観るとなんか怖いよな」
きっと人よりも動物のほうが多いのではないかと思われる小さな動物園。
そんな動物園の端のほうにあの孔雀はいる。
人気のない寂れた檻に囲われて、孔雀は今日もどこかを見つめている。
私は今日も動物園へとやってきた。
ここ最近は毎日この動物園に来ているような気がしなくもない。
この小さな動物園は、なんだか少し面白い。
月によって、週によって、はたまた日によって、見られるモノが次々変わっていく。
私が覚えている限り、初めてこの動物園に来たときは、象が横に長い柵の向こうをのそのそと歩いていたはずだ。
母に抱き上げられた赤ん坊の私が、柵の内からこちらへ伸ばされた象の鼻をたださする。
そんな記憶が確かあった。
だがしかし、もしかしたら、この記憶は思い違いをしているのかも知れない。
もうずっと前の思い出だ、確証はない。
そんな時、私はあの孔雀のいる動物園の端へ行く。
私が現れるまで、あの孔雀は絶対に翼をひろげない。
私が孔雀の元へ行き、この孔雀の前に立った時、初めて孔雀は翼をひろげ、私の記憶とリンクする。
おそるおそる孔雀がひろげた翼を観ていけば、翼の付け根に象色をした羽があった。
「あれだあれだ。私が三歳だった時の記憶、母と行った動物園」
しばらくの間、と言っても瞬きの間、私は象の思い出を思い返した。
そして思い出す。
そうだった、私は象には触っていない。
私は母と父、三人で一緒に象を眺めて絵を描いていた。
なんとも言えぬ脱力感が私を襲う。
最近はもっぱらこれである。
何か新しいモノを見ようと、得ようと、動物園に赴くが、気づけばあの頃の記憶を求めて孔雀の元に来てしまう。
そして、いつもはじめに思い出として私の記憶にあったものは、勘違いか何かがざらだ。
この世界に生まれて早二十年。
私のクジャクは二十年もの間、その全ての出来事、思い出を正しく記憶出来ていると思い違いをしてしまう。
私は、この思い違いに出くわすたび、目の前の孔雀が憎くなる。
何食わぬ顔で私に正しい思い出を見せびらかすあの孔雀が。
どうしようもなく憎くなる。
ある日私は、あの孔雀を檻から出してしまおうと考えた。
あの孔雀さえいなければ、私は、私の記憶、その中で思い描いた私のままでいることができるのだ。
そんなことを思いついた私は、気づけば一般客の立ち入りが禁止されている動物園の施設の中へと忍び込んでいた。
施設の中は不思議な場所だった。
そこはまるでごくごく普通の一軒家、その家の玄関のような場所に繋がっていた。
この場所、どこか懐かしい。
私は靴を乱雑に脱ぎ飛ばすと、玄関を上がり、三歩進んだ先にあるクリーム色の扉を開けた。
この先はごくごく短い廊下を経て、白いソファーと真っ黒なテレビがバランスよく配置されたリビングに続いている。
テレビの前を素通りすると、そのすぐ横に二階へと続く階段がある。
階段の段数は全部で十四。
私が小学生の時、学校で階段にまつわる怪談を聞き、恐ろしくなって家で何度も何度も数えたのだから間違いない。
私は、こんなにもこの階段の一段一段の幅は狭かったかと疑いながら二階へ駆け上がる。
二階に上がれば階段のその隣に扉が二つ並んでいる。
階段横のすぐの扉は入ってはいけない。
この扉の向こうにはトイレが待っているのだ。
私は、その扉の隣で迫り出しているもう一方の扉のドアノブを掴む。
私の記憶が正しければ、この扉の先に、あの孔雀がいるはずだ。
私は意を決し、ドアノブをひねって部屋の中へと入っていく。
扉の先は、あの小さな動物園の檻の中だった。
そして私の目の前には、孔雀が立っていた。
私の瞳だけを見つめ、私を見上げるこの孔雀は、檻の外で観るよりずっと小さいように感じられた。
「戻りたくなったの? 」孔雀は一言そう言った。
「戻りたい? 一体どこに」
「あの時に」
孔雀は私の瞳のもっと遠くを見つめていた。
孔雀の一言を聞き、私の胸の中で何かが騒ぐ。
そんなはずはない。
私は、私が何のためにここへ赴いたのかを改めて思い返した。
「私は、私の中にはいないお前を追い出すためにここまで来た」
「追い出すため? 違うよ。君は僕をもっと近くで見たくなったから、ここに戻ってきた」
馬鹿なことを。
私は悟られぬよう孔雀の言葉を鼻で笑い飛ばす。
あの時はあの時。
もう二度と送ることのできない尊い時間だ。
「今ももちろん楽しいんだと思う。でも、だからこそ、あの頃の僕が堪らなく愛おしく、そして羨ましく感じるんだ。」
「だったらなんなのだ。後ろを振り向かず前だけを見続けろとでもいうのか? 」
孔雀が見つめる瞳に涙が浮かぶ。
こんな私を見て、お前はどう思うのだろう。
「いいと思う。僕は君に観られるの、いいと思う。」
孔雀はそれだけ言えば、けたたましい鳴き声を上げ、翼をひろげる。
すると、ひろげられた翼の先が一瞬だけ輝いた。
羽だ。
これまでの人生で、これほど美しいモノは見たことがない。
孔雀はそんな羽を私にくれた。
その羽をよく観てみれば、私と孔雀が写っていた。




