第十話 研究の神様
私たちは、言葉にしがたい感情を抱えながら、静かにコンテスト会場へ戻った。
インタビューはまだ続いているようだ。
司会者の声が、セレスティア・プラザに響き渡っている。
「今日の最後のインタビューはこの方。研究の神、エクスペリオさんです。
今の天界の最長老にして、初代研究を司る神、つまり、魔王を打ち破った5柱のうちの1柱とされています。」
よぼよぼのおじいちゃんが、付き添いに連れられてステージに登場する。会場には大歓声が巻き起こる。
皆この神様を知っているようだったが、私は正直、名前すら知らなかった。
神様は不老不死ではあるが、自己認識によって見た目が変わることがある。
それは、長く生きることで意識とともに外見も老いていくということ。
そして、長く生きた神様は使命を果たしたと感じると、自らの存在を無意識に消してしまう。
魔王を打ち破ったのは、150億年前とされている。150億年という時間は、神様の寿命・意思・天命・使命を遥かに凌駕する。
150億年生きているとはにわかには信じがたいが、この神様の年老いた姿を見ると、少しだけ信じてしまいそうになる。
会場では、長寿への敬意が感じられる一方で、時折お年寄りの戯言として笑いに変える雰囲気がある。
神々は、最長老という肩書には敬意を払っているが、それ以外の話には懐疑的なのかもしれない。
お年寄りのエクスペリオさんの声は、私には少し聞き取りづらかった。
ただ、興味深い話をしているようだったので、注意深く聞いてみた。
「長い間研究を司る神をされていたという話がありますが、本当ですか?」
「この宇宙は、たまたま偶然発見したんじゃよ。それまでもそれからも失敗ばかりじゃった。
失敗と成功なんて紙一重。失敗を恐れるなかれ、馬鹿にするなかれ。」
会話がかみ合っていないように感じる。
付き添いの研究員と思われる神が、フォローの言葉を発する。
「自分でも何を言っているかの認識は、もう既にないのかもしれません。
ですが、私はこの言葉にいつも勇気づけられる。私はこの言葉があるから研究員を続けられているのです…。」
お年寄りの深い言葉に、会場の雰囲気は笑いから敬意へと変わり、拍手が起こる。
「ありがとうございました!
それでは、恒例の質問コーナーへとまいりましょう!質問のある方、手を挙げて!」
子供たちが一斉に手を挙げる。
「じゃあ、一番手を挙げるのが早かった、緑の服を着た男の子。どうぞ。」
「おじいちゃんは何歳ですか?」見た目からは想像がつかなかったのだろう、子供の無邪気な質問が会場の笑いを誘う。
「年齢なんぞとうに忘れてもうた…。子供と会話するのは楽しいのう…。若返るわい。」
子供の甲高い声は、聞き取りやすいようだ。
「では、次の質問は?今度はこの列の3番目の子。どうぞ。」司会者が次の子を指さす。
「魔王は、まだ生きているんですか?」
会場の雰囲気によると、一般の神々は魔王なんて存在しないと考えているようだ。
無邪気な質問だと笑いが起こる。
「魔王はまだ生きとるよ。どこにいるかは知らんがね。
それが唯一、わしがこの世界に生きる理由じゃよ。」
会場は直ちに静まり返る。
「魔王の“強くなりたい”という心は、どうも憎めなくてな。わしは、逃がしてしまったのじゃ。
他の4柱は“倒せ”とか“封印しろ”とか言っておったがの。きっと今もどこかで生きておる。」
今まで戯言として受け止めていた神々の表情が、真顔に変わる。
もしかしたら、この話は真実かもしれない…。魔王はどこかにいるのかも…。
その空気を察して、隣で体を支えている研究員が言葉を発する。
「あまり信じないでくださいよ。最近、天界新聞を読んで、魔王の事を知ったんですから。」
会場は、ゆっくりと元の雰囲気に戻り、笑いが再び起こり始めた。
エクスペリオさんもお疲れの様子。研究員と共に退場していく。
これで今日の前夜祭は終了のようだ。
司会者の締めの挨拶が響き渡り、会場を後にする神々が増えていく。
私たちは、余韻に包まれながら、言葉少なく家へと帰宅した。
明日は、宇宙の法則コンテストが開催される。
皆、楽しみで仕方ない様子だ。
「みんなと来て、本当に良かった。」私はつぶやいた。
第二章 宇宙の法則コンテスト『前夜祭』 完
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