4姉弟集結
前半戦の最大の見せ場だと思って書きました
祭りの賑わいの余韻に包まれながら、三人は宿を出た。笑顔のまま通りを歩いていたそのとき――
「アクア様ァーッ!!!」
けたたましい蹄音と共に、一頭の軍馬が石畳を蹴り上げる。
その背には、泥にまみれた王国の使者がしがみつくようにしていた。
「……ん? あれ、王国の馬……?」
アクアが振り返った瞬間、馬はほとんど倒れ込むように止まる。
使者は馬から転げ落ちるように地に伏し、荒い息を吐きながら叫んだ。
「第三王弟……! アクア・クレイン様……っ!」
アクアが慌てて駆け寄る。
その目を真っ直ぐに射抜くように、使者は血の混じる声で告げた。
「……レグナスが……! 本国で……クーデターを決行……!!
陸軍の精鋭部隊が……王都に進軍を開始しましたッ!!」
「――なにっ!?」
アクアの顔色が変わった。
紫苑は思わず刀の柄に手をかけ、メグでさえ眠気の抜けた目で空気の重さを察する。
三人の旅は、一瞬にして“祖国の存亡を賭けた戦い”へと変わった――。
使者の声が消えた後も、空気は重く沈んでいた。
紫苑は拳を握りしめ、瞳に決意の炎を宿す。
「……主君を、守らねば!」
対照的に、メグは肩をすくめて大きく伸びをした。
「はぁ〜……まーた大騒ぎか〜。でもまぁ、乗りかかった船だし?」
だらしなく見えても、その金の瞳には確かな光がある。
アクアはトライデントを握り直し、真っ直ぐ前を見据えた。
「城へ戻る!――姉さん達を、王国を守らなきゃ!」
紫苑は即座に頷き、刀を腰に手を添える。
「私も参ります!我が主のため、命惜しまず!」
メグは残っていたアイスを食い尽くし、にやりと笑った。
「じゃ、さっさと終わらせよーっと♪」
緊張と緩和。だが三人の想いは確かにひとつに重なっていた。
アクアは二人を見回し、心からの感謝を込めて言った。
「紫苑……メグ……ありがとう!」
紫苑は胸を張り、真剣な瞳で即答する。
「当然です!私は殿と共に参ります!」
一方でメグは、アイスのカップをぺろりと舐めてから、大きなため息。
「ん〜……歩くのダルいし、馬車も混んでるし……。よし、ショートカットしよっか」
「ショートカット?」
アクアと紫苑が同時に振り返る。
メグはだるそうに立ち上がり、指先で軽く円を描いた。
瞬間、空間がゆがみ、淡い光の円環が宙に浮かび上がる。
「……長距離空間移動。使者さんもまとめて、はいどうぞ」
使者「な、ななな……!? こ、こんな魔術……ハーデス様以外に……!」
メグは気だるげに片目を閉じてウィンク。
「ま、便利でしょ? でも疲れるから一回だけね。帰りは歩いてよ〜」
「……やはりこの御方、只者では……!」
「メグ……やっぱりチートだな!」
光に包まれた瞬間、世界はかき消え――三人と一人の使者は、王都の目前へと転移した。
玉座の間――。
緊急会議に集められた重臣たちの中、ただ三人の若き王族の表情だけが揺るがなかった。
「戦況は?」
静かに問いかけたディアドラの声音には、決して怯みはなかった。
アズールが報告書を片手に、鋭い視線を向ける。
「海軍陸戦隊が市街地で抗戦中だ。だが――」
彼は言葉を切り、唇を噛む。
「レグナスの奴、囚人部隊まで解放して前線に投入している。規律もなく、ただ暴れるだけの連中だが……数が多すぎる」
重臣たちがざわつく中、ハーデスが静かに腕を組み、冷ややかな声を落とした。
「所詮は数の理論。だが、こちらの兵だけで受け止めれば……いずれ崩壊する。――どうする、姉上?」
視線が玉座に集まる。
若き女王ディアドラの瞳には、迷いはなかった。
だが、その奥に潜む緊張の影を、兄弟だけは見逃さなかった。
玉座の間に、ぴんと張り詰めた空気が満ちる。
ハーデスの問いに、重臣たちが不安げに視線を交わす。
だが――。
ディアドラはすっと立ち上がり、玉座を離れる。
銀糸のような髪が翻り、その瞳に烈火のような決意が宿った。
「決まっているだろ?」
響き渡る声は、王女ではなく――将を率いる覇者のものだった。
「我々の全身全霊で叩きのめす――それだけだ」
重臣たちが息を呑む。
「アズール!」
「了解! 王宮兵士をすぐに動かし、海軍陸戦隊の援護に向かわせる!」
「ハーデス!」
「……やれやれ。久々に槍が疼くな。魔術団を束ね、前線を焼き尽くそう」
二人の兄弟もまた、その号令に応じる。
――クレイン王家の兄姉、出陣。
王都に迫る嵐を迎え撃つべく、戦いの幕が開こうとしていた。
王都・前線。
黒煙と怒号の渦巻く戦場に、ひときわ冷たい気配が広がった。
「反逆者を喰い千切れ――バイデント」
低く、静かな声。
次の瞬間、ハーデスの手に握られた二叉槍が漆黒に染まり、禍々しい魔力が奔流となって空を満たした。
空が裂け、闇の槍が雨のように降り注ぐ。
反乱軍の兵士たちが次々と串刺しにされ、悲鳴すら掻き消されていく。
「ひ、ひぃっ……!?」「ま、魔術団だけでここまで……!」
「バ、バケモノだ……!!」
恐怖に駆られ、兵士たちが後ずさる。
ハーデスはただ冷淡に言葉を落とした。
「バケモノ……? ――光栄だな」
その眼差しは、一国すら闇に沈めかねない、無慈悲な魔術師そのものだった。
王都沖合――。
軍服姿の提督アズール・クレインは、艦隊旗艦マリアライトの艦橋で冷静に戦況を見下ろしていた。
「囚人部隊は数こそあるが、統率がない。……罠を張れ。隊列を分断する」
その声が響いた瞬間、艦橋に緊張が走る。
「はっ!」と応える士官たちが即座に伝令を飛ばし、精鋭部隊カウンタックが一糸乱れぬ動きを見せる。
「罠、展開完了!」
「敵、港へ突入開始!」
アズールは口元だけで笑った。
「予定通りだ」
仕掛けられたが罠が連鎖爆発を起こし、黒煙が天を突き抜けた。
突撃してきたクーデター軍は半数近くが一瞬で吹き飛び、残兵も混乱に陥る。
「な、なんだ!?」「ぐああっ!!」
敵兵たちの絶叫を、砲声がかき消していった。
アズールは淡々と次の指令を下す。
「艦砲、斉射。目標は敵地上部隊――薙ぎ払え」
轟音とともに火線が奔り、砲弾が大地を穿つ。
炎と煙の奔流がクーデター部隊を飲み込み、反乱兵は為す術なく崩れ落ちた。
副官が息を呑んで報告する。
「提督、敵部隊……壊走を始めました!」
アズールは振り返らず、窓の外に広がる炎の海を静かに見つめていた。
「……王都を荒らす愚か者に、情けは不要だ。だが――」
ふと声を和らげ、部下たちに言葉を投げかける。
「守るべきもののために戦う我らの矜持を、忘れるな」
「「はっ!!!」」
提督の言葉に鼓舞された将兵の瞳が、一斉に燃え上がる。
その指揮の下、王国海軍はまさに“鋼鉄の盾”として、祖国を守り抜いていた。
王都・正門前。
炎と怒号が渦巻く中、髪をなびかせながら女王ディアドラが歩み出る。
その手には――身の丈を超える大剣と50口径対の物ライフル。
大剣を振れば数人の兵士がまとめて吹き飛び、ライフルを撃てば敵はもはや形も残らない
それをまるで小枝のように振り回す
「な、なんだあの女王は……!?」「怪物だ……!」
敵兵の悲鳴は、雷鳴のような銃声にかき消された。
ディアドラの瞳は烈火のごとく燃えていた。
「我が父より受け継ぎしこの国を――」
銃声。頭蓋を撃ち抜かれた兵士が崩れ落ちる。
「レグナスの好き勝手にさせるか!!」
大剣が叩きつけられ、石畳が粉砕される。衝撃波だけで数十の敵兵が吹き飛んだ。
「陛下に続けぇぇぇぇぇ!!!」
親衛隊の兵士たちが、圧倒的な女王の闘志に導かれるように雄叫びを上げる。
女王の姿はもはや“高貴”ではなかった。
戦場に立つのは――修羅そのもの。
「王国を、守れぇぇぇ!!!」
血と硝煙の中、ディアドラは阿修羅の如く暴れ回った。
敵兵の群れが、総崩れになりながらもなお突撃を繰り返す。
火を噴く銃口、振り下ろされる大剣――だが、ディアドラは一歩も退かない。
「陛下、敵がっ……数が多すぎます!!」
親衛隊の叫び。
ディアドラは血の滴る大剣を肩に担ぎ、静かに息を吐いた。
「数など、無意味だ」
次の瞬間――!
ディアドラが地を力強く踏みつける
その衝撃で地面がめくれ上がる。
反乱兵たちが足を取られて転倒するや否や――
「はぁぁぁッ!!」
大剣が横薙ぎに一閃。
巨木をなぎ払うかの如く、十数人の兵士がまとめて吹き飛んだ。
鎧ごと粉砕され、まるで木の葉のように空を舞う。
「――ひ、陛下……!」
兵士の瞳に宿ったのは恐怖ではなかった。圧倒的な畏敬の念。
ディアドラは血煙の中に立ち、王旗を背に振り返る。
「私に続け!!この国は――決して、膝を折らない!!」
その叫びは城壁を震わせ、兵士たちの心を灼く。
士気は爆発的に高まり、戦局は一気に押し返されていった。
戦場を支配していたのは、
阿修羅の女王ディアドラ、
冷徹に軍を操る提督アズール、
そして冥府を裂く槍を振るう魔術師ハーデス。
そして――
「流石は姉さん達だ……」
その声に兵も民も振り返る。
勇気に満ちた笑みを浮かべ――どこかニヤリと挑むように。
「――貰うぞ、ゲイボルグ! 敵を穿て……トライデント!!」
光が迸り、トライデントが三十の光の矢尻へと分裂。
次の瞬間――
降り注ぐ流星群の如き一撃が、反乱軍の大軍を貫き、爆発の連鎖が戦場を覆う!!
「アクア様だ……!王弟殿下が帰ってきたぞ!!」
「海神の帰還だ!!」
後に続くように仲間達
「……我が主よ!!」
「ふふ〜、これで勝確だね♪」
光と喝采に包まれながら――
英雄、アクア・クレイン 帰還
王都の広場に轟く、女王の咆哮。
その横で冷徹に指揮を執る提督、冥府を裂く槍を操る魔術師。
そして、空から降り立った若き英雄。
兵士たちの胸を焼くように熱くする光景だった。
「陛下たちが……!本当に自ら前線に……!!」
「アクア殿下まで……これがクレインの誇りか……!」
誰かが剣を掲げ、声を張り上げた。
「うおおぉ!! 陛下達に続けえぇ!!」
「国の敵に、正義の鉄槌をォォッ!!」
その瞬間、王国兵の咆哮が戦場を震わせる。
冷え切っていた士気は炎と化し、恐怖は希望に塗り替わった。
刃と刃がぶつかり合う轟音の中――
クレイン王族と兵士たちの戦いは、ついに「反撃の狼煙」へと変わっていく。
反乱軍の司令部となったレグナス邸は、いまや四方を兵に囲まれていた。
夜風に翻る王国旗。
その下に立つのは、女王ディアドラ。
「レグナス――並びにその指揮下の将兵へ告ぐ!」
澄んだ声が広場を切り裂く。
兵たちの手が震え、互いに顔を見合わせる。
「これ以上の抗戦は無意味だ。直ちに投降せよ!
罪は法に委ねる。
だが抗えば――反逆者として容赦はしない」
鋭い瞳が暗がりの奥、邸宅を射抜いた。
そこにはまだ、火の灯る窓がいくつも残っている。
アズールが続く。
「レグナス! クーデターは失敗した!
お前の行為になんの大義も無い、無益な血を流すな!」
ハーデスが静かに腕を組み、低く言い添える。
「包囲はすでに完成している。逃げ道は一つもない……わかるな、レグナス」
押し黙る兵士たち。
緊張に耐えかね、武器を落とす音がカランと響いた。
「もうダメだ⋯」「こんなの話が違う⋯⋯」
アクアは前に出る。
トライデントを握りしめ、短く、しかし真っ直ぐに告げる。
「降伏した兵には手を出すなよ、
けど――レグナス。お前だけは……絶対に許さない」
広場は凍りつくような沈黙に包まれる。
その奥、レグナスの姿はいまだ見えない。
だが誰もが悟っていた。
――次に現れる瞬間こそが、最後の分かれ道だと。
邸宅の扉が勢いよく開き、乱れた軍服に身を包んだ男が現れた。
レグナス・ガルマ。
その顔は疲労と焦燥で歪み、血走った目が狂気に揺れている。
「我らこそが真の王道ッ!!」
「このクレインの王族どもより、この私が――この軍が!真の正義を示すのだァァ!!!」
だが、その言葉に呼応する兵はもういない。
槍を投げ捨て、後ずさる者ばかり。
残されたのは、孤独な怒声と、震える拳だけ。
ハーデスが低く、冷酷な声を放つ。
「……姉上。もう不可能だ」
ディアドラは悔しげに目を伏せ、唇を噛みしめる。
「……クッ……」
振り返ったハーデスが声を張る。
「アクア、征くぞ」
「……わかってる!」
トライデントを握る手に、力がこもる。
槍先が青白い光を帯び、空気そのものがざわめき始めた。
背後で紫苑が声を張り上げる。
「我が主に仇なす者……斬り伏せる!!」
メグが小さく肩をすくめる。
「はぁ〜……やれやれ、本当に馬鹿…しっかり決めて来なよ、アクア〜」
瓦礫の街路、立ち尽くすレグナス。
その狂気に歪んだ眼差しに、三人は真っ向から挑んだ。
ハーデスが静かに二叉槍を掲げる。
「レグナス、お前の魂はここで終わる……その心臓を――喰い破れ、バイデント!!」
漆黒の槍群が空を裂き、闇が大地を呑む。
続いてアクアが一歩前に踏み出し、蒼い瞳を燃やした。
「敵を討ち滅ぼせ!!トライデント!!」
光の矢が三十条、轟音を伴って降り注ぐ。
その交差の瞬間、紫苑が凛と声を放った。
「殿のお力を、この一太刀で必ず繋ぎます!!」
白刃が閃き、雷鳴のごとき衝撃と共に闇と光の奔流と交わる――!
三つの刃が重なり、爆ぜる光と轟音の中でレグナスの叫びが掻き消される。
「ぐ……ああああああああッ!!」
砂煙が晴れたとき、膝を突いたレグナスの姿があった。
その背に影を落とす三人の立ち姿――
勝敗は決していた。
ディアドラが剣を納めて呟く
「終わった、また我が国に朝が来る……」
砂煙が晴れ渡る。
瓦礫に崩れ落ちたレグナスを前に、沈黙の一瞬――
次の瞬間、兵士たちの喉から歓声が噴き上がった。
「レグナス将軍は倒れたぞ!!」
「我らの勝利だッ!!」
「クレイン王国に栄光あれ!!!」
旗を掲げ、武器を振り上げ、兵士も民も一斉に声を合わせる。
その叫びは、荒廃した王都の空を震わせるほどに大きかった。
その中心に立つのは――
蒼き槍を携えた少年と、忠義を誓う少女、そして冥府を従える兄。
光に照らされたその姿は、確かに人々の瞳に「希望」として刻まれていた。
王都は救われた。
昼下がりの王都。
崩れた瓦礫の片づけが進む中、人々が中央広場に集まっていた。
壇上に立つのは――若き女王、ディアドラ・クレイン。
正装に身を包んだ彼女の姿は、修羅ではなく、再び民を守る“慈愛の王”そのものだった。
「本日未明、レグナス将軍によるクーデターは、完全に鎮圧されました」
その声音は澄み渡り、王都の隅々にまで届く。
「これは我が王国の兵士たち、そして勇敢なる市民皆様の力あってこそ。
この国は、決して裏切りに屈しません。
我々の絆は剣より強く――民の声こそ、王国の力です!!」
広場が拍手と歓声に包まれる。
「ディアドラ陛下万歳!」
「クレイン王国に栄光を!」
ディアドラは一人ひとりの顔を確かめるように視線を向け、優しく微笑んだ。
その瞳には、戦場で剣を振るった凄烈さではなく――ただ、民を愛する姉のような慈しみが宿っていた。
一方アクアは
湯気が静かに立ちのぼる浴場。
アクアは湯に肩まで沈み、戦いの疲労を癒やしていた。
「ふぅ〜〜……やっと静かになったな……」
ここまで、ほんと一気に駆け抜けた感じだった……」
すると
「……失礼いたします」
戸が開く音。振り返ったアクアは、思わず声を裏返らせる。
「し、紫苑!? な、なんでここに……!」
湯帷子をまとった紫苑が、凛とした佇まいで歩み寄る。髪が背に揺れ、湯気の中で柔らかく光を受けていた。
「殿。見事な戦いでした。そのお背中をお流しできればと……」
アクアは耳まで真っ赤になり、慌てて手を振る。
「い、いやいや! そんなの紫苑にさせるわけには……! !」
紫苑は小さく微笑む。
「承知しております。……それでも、私は殿のお傍に在りたいのです。支えることが、私の願いですから」
湯気の向こうで、互いの視線が重なる。
静かに、桶に湯を汲み、手ぬぐいで背をなぞる紫苑。
その手は冷静で、けれどどこか震えていた。
「実は私も……初めてなのです。こういうこと……」
湯の音だけが響く浴場に、静かな絆の温度が宿る。
湯気がやわらかく包む浴場。
水音の静寂の中で、アクアは顔を赤くしながらも、真っ直ぐ紫苑を見つめていた。
「……紫苑。俺、君のこと、すごく信頼してる。
だから……一緒にいると安心するんだ。
でも、今のこれは忠義じゃない……俺は、紫苑を“女の子”として……ちゃんと意識してる」
紫苑の瞳が、潤んで大きく見開かれる。
そして、唇が小さく震えながらも、確かな熱を帯びた声が零れた。
「……殿……♡」
二人の間を満たしていた湯気が、甘くとろけるように揺らめいた。
ほんの一歩、アクアが踏み出す。
紫苑もまた、抗うことなくその距離を受け入れる。
触れた唇は、ぎこちなく、それでいて温かかった。
紫苑の頬が熱を帯び、閉じた瞼の端に小さな涙が光る。
それは悲しみではなく――ずっと焦がれていた想いが報われた証。
アクアもまた、胸の奥が弾けそうなほどに高鳴っていた。
ただの“主従”ではなく、ただの“旅の仲間”でもなく――
この一瞬だけは、誰にも邪魔されない、少年と少女の恋そのものだった。
唇が離れたあとも、互いの息が交わる距離のまま、言葉は出なかった。
ただ、見つめ合い、頬を赤く染めながら微笑み合う。
湯気の中、初めての口づけを交わした二人。
まだ鼓動が早すぎて落ち着かない。
けれど、もう引き返せないものが胸に刻まれていた。
アクアは、紫苑の肩にそっと手を添える。
湯帷子ごしに伝わる温もりは、確かに“女の子”のそれだった。
「紫苑……出会ってくれてありがとう。
君のことが大好きだ」
「殿……私も…」
言葉が重なった瞬間、二人はもう迷わなかった。
紫苑は涙を浮かべながら微笑み、アクアの胸へと身を委ねる。
アクアもその細い身体を優しく抱き締め返す。
――湯気に包まれた王宮の浴場で、少年と少女はようやく“主従”を越え、“恋人”となった。
互いの心臓が重なる音だけが響く。
それは、どんな戦いよりも尊い勝利だった。
翌朝。
王宮の門前、柔らかな朝日が城壁を照らす中。
三人の旅人は、再び歩みを進める支度を整えていた。
玉座から降り、自ら見送りに立った女王ディアドラ。
その気高さは揺るぎないが、姉としての眼差しは優しい。
「ありがとう、アクア。あなたのお陰で、この国はまた息を吹き返しました」
アクアは少し照れくさそうに笑い、槍を肩にかける。
「俺ひとりの力じゃないよ。姉さんや兄さん、紫苑にメグがいたから……。俺はまだまだ未熟だ」
ディアドラはその言葉に、ふっと目を細めた。
「謙遜するようになったのね……立派になったわ」
そして、視線を紫苑とメグへ向ける。
「紫苑さん、メグさん……弟をお願いしますね」
紫苑は胸に手を当て、深々と一礼する。
「はい、必ずや。この命に代えても」
メグは眠そうにあくびをしながら、ひらひらと手を振る。
「は〜い。まあ、大丈夫大丈夫。面白い未来になるよ〜」
その自由すぎる言葉に、ディアドラは一瞬苦笑を浮かべたが、すぐに真剣な声音で告げた。
「アクア……どんな道を選んでも、私はあなたを信じています。だから、自分を信じて進みなさい」
「……うん」
短く、けれど力強く返事をするアクア。
城門が開く。
朝の光の中へ、三人の影が伸びていく。
一方でまだ若干の混乱が残る街の片隅
「……どうして……こんな目に……」
かつての栄光もプライドもすべて脱ぎ捨て、
ただの一人の少女に戻ったシーナ⋯
クーデターへの関与は認められなかった為、
処罰は無かった、しかし
婚約は破談。
資産は凍結。
社交界からも追われ、声をかけてくれる友すらいない。
ほんの少し前まで、羨望と笑顔に囲まれていた。
それがすべて崩れ落ち、残ったのは冷たい沈黙だけだった。
「完璧なはずだったのに……」
唇が震える。
「アクアを切り捨てて……“正しい選択”のはずだったのに……」
思い出す。
幼い頃、海辺で誓った約束。
あの少年が自分を真っ直ぐに見つめてくれていた日のこと。
それを「子供の夢」と笑い飛ばしたのは自分だ。
「アクア……」
涙が頬を伝う。
「アクア……助けてよ……貴方だけは、きっと……」
伸ばした指先は、誰にも届かない空を掴むだけだった。
ふらつく足で歩きながら、ぼんやりと視線を上げたその先に。
(……アクア……!)
確かにいた。
かつての幼馴染、心のどこかで「きっと戻ってきてくれる」と信じてしまっていた男。
胸の奥が熱くなり、声が漏れそうになる。
だが。
隣を歩くのは、
白銀の髪を風に揺らす東洋人の少女。
ただの随伴者ではなかった。
その気配は凛とした刀剣のようで、何より――アクアに寄り添うその姿は、揺るぎない信頼に満ちていた。
「殿、行きましょう」
「うん、そろそろ国を出ようか」
背後から伸ばしかけた指が震えた。
喉が詰まり、声にならない。
そこへ――
「うふふ♡ じゃあ、行こっか~♡」
背後から押すように、妙に楽しげな女の声。
メグだけが、シーナを見てわざとらしく微笑んで歩みを合わせる。
アクアは振り返らない。
シーナに気づくこともなく、ただまっすぐに歩き去っていった。
――その背中が遠ざかっていく。
「……あ……」
声にならない声が零れる。
涙が止まらない。
プライドも虚飾も、もう剥がれ落ちていた。
胸の奥を支配するのは、ただ悔しさと悲しさ、そしてどうしようもない寂しさ。
「うそ……でしょ……?」
「あれが……アクア……? なんで………私を……見ないで……行ったの……?」
「……アクア……」
震える唇が、あの名を呼ぶ。
「帰ってきたなら……なんで……」
嗚咽混じりの声が、風に消える。
「……その女、誰……?」
目の奥で涙と共に、黒い炎がゆらりと揺らめいた。
まるで――その問いに答えなければ、決して許さない、と告げるかのように。
この作品の題名にもありますが、そうです。
姉も兄もみんな強いです。




