祭りと恋と
ドイツの祭りがモデルになってます
ティルダン王国・城門前。
朝靄の中、レジスタンスの旗が風に揺れていた。
レナが高らかに手を振る。
「ありがとう、アクア!紫苑!メグ!……この国は、必ず立ち直してみせる!」
アクアは少し照れくさそうに手を上げた。
「うん、任せたよ!俺たちも……自分の道を探しに行くから!」
その隣で、紫苑は深く礼をした。
「どうかご武運を、レナ殿」
メグはあくび混じりに片手を振る。
「まーがんばってね〜。こっちはこっちで面倒な未来が待ってるし」
馬車も軍もない。ただ三人の旅人が、また歩き出す。
背中には解放された街の人々の視線と、無数の「ありがとう」の声。
アクアは無意識に隣を見た。
紫苑は一歩下がって、変わらず忠実に彼の後ろを歩いている。
けれど声には出さない。
紫苑もまた、視線を伏せたまま小さく微笑んでいた。
ティルダンを後にした三人は、馬車を乗り継ぎ、街道を抜け、やがて機関車に揺られていた。
窓の外には、解放されたばかりの国とは打って変わって、のどかな田園と青い海が広がる。
黒煙を吐く機関車は、ゴトゴトと軽快に走り抜ける。
「わぁ……綺麗ですね」
紫苑が窓辺に寄り、頬に手を添えながら外を見ている。
その横顔にアクアも思わずつられて外を見るが、景色よりも彼女の横顔に目がいってしまい――
慌てて視線を逸らす。
「そうだな!……あ、ほら!港だ!でっかい船!」
「はい、殿。……あ、あれは交易船でしょうか」
自然に会話が弾む。まるで仲の良い恋人のように。
その空気をぶち壊すように、隣の席からガシャリと酒瓶の音。
「ぷはぁ〜!旅って最高!酒も最高!人生だるいけどコレがあるならまだ生きる意味あるねぇ〜!」
メグがご機嫌でワインをあおっていた。
「……メグ殿、朝から何本目ですか」
「三本目〜!アクアくんの小遣いで買った酒、うまうま〜!」
「俺の財布かよ!?!?」
そんなやり取りに、紫苑は思わず吹き出してしまう。
「……ふふっ……」
その笑顔を見て、アクアの胸がドキリと跳ねた。
機関車のリズムに揺られながら、三人の旅路は穏やかに続いていく。
戦いのないひととき。
「二人もどう? 良い酒だよ〜、芳醇な葡萄にほのかにミントの風味!」
メグが胸を張って差し出す。だが瓶のラベルは明らかに度数の高い酒。
「……俺、未成年だから」
アクアは苦笑して即答する。
「同じく」
紫苑もきっぱりと言い切った。
「えぇ〜!? 真面目〜! こういうのは“経験”だよ、“経験”!」
「経験って……」
アクアは額に手を当てる。
紫苑は小さく咳払いして、真顔で告げた。
「殿はまだ若いのです。未来ある身に、毒を入れるような真似は許されません」
「ぐぬぬ……! 武士の忠義ってやつ? ……しぶといなぁ紫苑ちゃん……」
「しぶといではありません。“正しい”のです」
「……紫苑が正しいのは間違いないけどな」
アクアがポツリと呟いた瞬間、紫苑は一瞬固まって――ほんの少し頬を赤く染めた。
「なっ……!? 殿、今のは……」
「え? あっ……いや、その……!」
メグはクスクス笑いながら、勝手にワインをもう一口。
「はいはい青春〜! ごちそうさま〜!」
3人は旅を楽しんでいた。
汽車の揺れに合わせて、小さな寝息が聞こえる。
メグは酒瓶を抱いたまま、豪快にぐーすか。
紫苑もまた、瞼を閉じ、静かな吐息を漏らしていた。
……その身体が、ふわりとアクアの肩に寄りかかる。
「っ……!?」
アクアの背筋がびくりと固まる。
白銀の髪がさらりと頬をかすめ、仄かに甘い香りが漂った。
武士として気丈に振る舞う彼女の、無防備な寝顔。
(……紫苑……かわいい……)
思わず心臓が跳ねた。
(いい匂い……それに、今更だけど……すごく美人だよな……)
だが同時に、頭の中で鐘が鳴り響く。
「いや、ダメだ!」
思わず小声で呟く。
「紫苑は俺を主君だと思って慕ってくれてるんだ……! ここで“変なこと”考えるなんて……不純だろ!!」
肩に寄りかかる紫苑は、幸せそうに微笑んで――何も知らず、眠り続けていた。
アクアはただひたすら、赤面しながら天井を見上げ、必死に自制するのだった。
アクア(心臓……もたない……!!俺、絶対変な顔してる……!)
必死に視線を逸らし、天井を見上げる。
――そのとき。
「……あ〜、アクアきゅんかわいいなぁ〜」
突如、耳元で聞こえた声にアクアが飛び上がりかける。
振り返ると、隣の席ではメグが酒瓶を抱いたまま熟睡中。
「……夢の中でまで俺をいじってるのかよ……!?(寝言!?それとも……次元を越えてんのか!?)」
紫苑は無邪気に肩を預けたまま寝息を立て、
メグは「ふふ〜ん……尊い〜……」と寝言で呟き続ける。
(なんで俺の旅って、こう……心臓に悪いんだ……!)
汽車が汽笛を鳴らし、異国の駅に到着する。
ドアを出た瞬間――
「おお……!」
アクアは思わず声を漏らした。
街全体が鮮やかな色彩に包まれていた。
通りには酒樽を山のように積んだ屋台、香ばしいソーセージや焼きパンの匂いが漂い、楽団が奏でる賑やかな音楽に合わせて人々が踊っている。
旗や紙飾りが風に揺れ、空には紙風船が舞っていた。
「わぁ……!すごいです、殿!」
紫苑の瞳はきらきらと輝き、普段の凛々しい武士の面影が一瞬で“年頃の少女”の顔に変わっていた。
「わあ〜、飲み比べもやってるじゃん!……これは行くっきゃないでしょ〜!」
メグは早速、フラフラと酒の匂いに吸い寄せられる。
アクアは祭りの喧騒に目を奪われながらも、ふっと笑った。
「……なんかいいな。戦いばっかじゃなくて、こういうのも“旅”って感じがする」
紫苑も笑顔で頷く。
「はい。殿の隣で、こうして歩けるのも……幸せです」
(や、やばい……紫苑が可愛すぎる……!)
ジャーマイエルの秋祭り。
夜空を彩るランタンが頭上に浮かび、街路には酒と肉と甘いお菓子の香りが渦を巻いていた。
アクアは、露店に並んだ大きな肉串を手にして目を輝かせる。
「うわ、でっか……!この国の祭り、豪快すぎる!」
噛みついた瞬間、肉汁が溢れ出し、少年らしい笑顔がこぼれる。
紫苑は、陶器細工の店先で足を止め、繊細な文様の杯を手に取った。
「見事な彫り物……。殿、これでお茶を淹れて差し上げたいです」
真剣な眼差しに店主も思わず顔を綻ばせ、アクアはなんだかくすぐったい気持ちになる。
そして――一番はしゃいでいるのは、やはりこの人。
「わはは〜!ジャーマイエル最高〜!ソーセージもプレッツェルもビールもワインも揃ってるとか、天国じゃん!!ほらアクアきゅん!食べかけあげる!」
「うわ、いらない!口つけてるし!」
「何だよ〜“間接キス”とか気にする年頃ぉ?」
「や、やめろ大声で言うな!!」
(……あの大賢者殿、やはり“恐ろしい御方”……///)
笑い声と音楽に包まれながら、3人は祭りの人混みを歩き続ける。
戦いの緊張はどこにもなく、今はただ、少年と少女と大賢者の――少し不思議で、温かな旅の時間が流れていた。
メグはジョッキを飲み干し、ゲフッと満足げに息を吐いた。
「よし!アタシあの酒屋行くわ!2人は青春してきな!」
「……いや、メグ、本当に身体大丈夫なの? もう相当飲んでるけど……」
紫苑も心配そうに眉をひそめる。
メグはふふんと胸を張り――唐突に腹部へ手を当てた。
「大丈夫大丈夫!ほら、こうして……」
ぼんやりと彼女の体からオーブ状の光が浮かび上がり、ふわりと夜空に昇っていく。
「な、な……!? い、今のは……?」
「え、ちょっと待って今の何!? 精霊とかじゃないよな!?」
メグはにやりと笑って、さらりと言い放った。
「肝臓を“新品”に交換したの!ほらこれで、またしばらく飲み放題〜!」
「なにそれ怖い!!!???」
「……っっ……! やはりこの御方、ただ者では……!」
そんな非常識を当たり前のようにこなして、ふらふらと人混みに消えていく大賢者。
残されたアクアと紫苑は、呆然としつつも――自然と二人きりになってしまうのだった。
祭りの賑わいの中、いつの間にか二人きりになったアクアと紫苑。
屋台の明かりが色とりどりに照らし出し、香ばしい匂いと笑い声が溢れている。
アクア(……そう言えば……シーナ以外の女の子と二人きりなんて……人生で初めてで、超緊張する!!)
心臓がばくばく鳴るのを、必死に誤魔化しながら歩調を合わせる。
横を歩く紫苑は、何も気づかない様子で真面目に周囲を見回していた。
「……活気ある祭りですね。殿が楽しんでおられるのなら、私も嬉しいです」
その言葉だけで、アクアの耳まで熱くなる。
アクア(やばい……やばいって、これ……!)
――その瞬間、脳内にぬるっと声が響いた。
メグ(頑張ってこいよ!!青春は一度きり!)
アクア(入って来るな!!!!!)
必死にメグをシャットアウトしようとするアクア。
けれど隣にいる紫苑の横顔を見るたび、鼓動は収まるどころか、さらに速くなっていく。
(な、なにか話さなきゃ……!沈黙やばい!絶対やばい!そう言えばいつもメグが話してばっかりだから⋯!)
必死に脳をフル回転させた結果、口をついて出たのは――
「えっと、その……祭りの……屋台って……いっぱいあるよね!」
「……はい。確かに、たくさん並んでいますね」
「で、でさ! あの、串焼きとか……すごく、うまそうだなって……!」
「……そうですね。あの肉は香辛料も効いていそうです」
(やばい!普通の会話すぎて全然繋がらない!もっと特別っぽい話題!なんか無いのか俺ぇぇぇ!!)
頬が引きつるアクア。
しかし紫苑はそんな彼を不思議そうに見つめ、ふっと柔らかく微笑んだ。
「殿が……そんなに慌てて話してくださるなんて、少し新鮮です」
「……っ!」
(笑った……可愛い……!!!)
夜の屋台通りは、ランタンの灯りでオレンジ色に染まっていた。
笑い声と楽隊の演奏が遠くから聞こえ、祭りの賑わいが街を包み込む。
アクアは、ちらちらと横を歩く紫苑の横顔を盗み見ていた。
(……可愛い。素でめっちゃ可愛い。胸がデカくて何度も当たるのも心臓に悪すぎるけど……でも、それ以上に)
勇気を振り絞り、アクアはそっと手を差し出す。
「紫苑……迷子にならないように、手を……」
「っ……! わ、わたしは……殿の家臣にございますので……!」
小さく震える声。
けれどその頬は赤く、視線も揺れている。
(……あ、これ……本当は嫌じゃないんだ……)
「でも……俺は、紫苑と一緒に歩きたい」
静かな言葉に、紫苑は一瞬迷った後――
恐る恐る、その手に自分の手を重ねた。
「……少しだけ、です」
(……本当は……ずっとこの手を離したくないのに……っ)
二人の指先が触れ合った瞬間、胸の奥が爆発するように熱くなる。
けれど、それ以上は踏み出せない。
主従の線と、まだ踏み切れない想いがそこにあるから。
――それでも。
祭りの灯りの中で、二人の影はしっかりと繋がっていた。
祭りの賑わいは、二人の時間を彩っていく。
屋台の前。
「初めて見る食べ物ですね……!」
「買ってみる?」
二人で串を分け合い、紫苑が頬をほころばせる。
通りの広場。
「不思議な笛……」
「あれ、ヘッケル・フォーンって言うんだってさ」
音色に耳を傾ける横顔は、ランタンの灯に染まり、やけに近く見えた。
小物の屋台。
「このバングル……紫苑に似合うんじゃないかな?」
「殿……ありがとうございます……!」
紫苑の指先がそっとアクアの手に触れ、心臓が跳ねる。
――気づけば。
最初は緊張していたはずの二人の間に、柔らかな笑みが絶えなかった。
夜が深まるにつれ、街のざわめきが二人を包み込み……
その距離は、誰が見ても「恋人未満」から一歩踏み出しそうなほどに近づいていた。
祭りの喧噪から少し離れた小高い丘。
メグが千里眼でアクア達の様子を覗こうとするが……
「……2人きりにしてあげるか…」
夜空に、色とりどりの花火が咲き乱れていた。
「……綺麗。まるで夜空に咲く大輪の花……我が故郷の花火にも負けておりません」
その横顔は、光の粒に照らされて一層儚げに見える。
アクアは、胸に溢れた言葉を堪えきれず、思わず口にしていた。
「……いつかさ。紫苑の国の花火も……一緒に見たいな」
言った瞬間、自分で気づき、顔が真っ赤になる。
紫苑も目を丸くし――次の瞬間、頬を染め、視線を逸らした。
「そ、そんなことを………」
(……でも、殿となら……いつか……////)
二人の間を、ドォン、と夜空を割る花火の音がかき消していった。
だが、互いの胸の鼓動は隠せず――
ほんの一瞬の言葉が、二人を確かに近づけていた。
花火が終わり、夜の喧噪の中を歩いていると、メグがソーセージ片手にご機嫌で現れた。
「おっかえり〜!二人とも顔真っ赤じゃん。なになに?青春してたぁ?」
「な、なに言ってるんですかメグ殿!」
「い、いや……俺たちは別に……!」
メグはニヤニヤ笑いながら、酔いも手伝ってアクアと紫苑の肩をぽんぽん叩く。
「ま、いいじゃんいいじゃん。青春は甘酸っぱくなきゃね〜!」
――そして宿へ。
三人はふかふかのベッドに身を沈め、思わず声を揃えた。
「「「……楽しかった〜」」」
紫苑はほんのりと頬を染めながらも、そっと胸に手を当てていた。
アクアもまた、窓から覗く夜空を見上げながら思う。
(……今日、紫苑と過ごせて……よかった)
メグだけはすでに大の字になり、酒瓶を抱えて寝息を立てていた。
その寝顔を見て、二人は思わず小さく笑い合う。
夜は静かに更けていった――。
翌朝。
まだ祭りの余韻が街に残る中、三人は出立の支度を整えていた。
「充実した時間でした⋯名残惜しいですが」
「1ヶ月くらい泊まってたかったわ〜」
「さあ、そろそろ――」
その時。
蹄の音を響かせ、王国の紋章を掲げた騎馬が宿の前に止まった。
血相を変えた使者が飛び降り、アクアの名を叫ぶ。
「アクア様!!」
「!?」
使者の口から告げられた言葉に、空気が一変する。
「申し上げます……クレイン王国にて――レグナスが……クーデターを……!!」
アクアと紫苑の目が大きく開かれる。
楽しかった昨日の余韻など、一瞬で掻き消された。
次回は前半戦最大の山場です




