表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/23

海神の槍

先に言っておくと私は終末のワルキューレが大好きです

街へと飛び出したアクアの耳に、甲高い怒号が飛び込む。


「そいつらもだ!連れてけ!」

「やめて!この子だけは!!」


母親の必死の叫び。

だが兵士の無骨な腕は容赦なく、その小さな子供へと伸びていく――


「やめろォォォォォッ!!」


轟く声と共に、大気が震えた。

アクアの腕から放たれた三叉槍トライデントが雷を纏い、閃光を引き裂きながら兵士たちを吹き飛ばす!


「うわっ――!」

「な、なんだこの力は……っ!?」


眩い稲光に包まれたその姿は、ただの若者ではなかった。

民衆が息を呑み、震える声で問いかける。


「……あの人、誰……?」


アクアは母子の前に立ちふさがり、トライデントを握りしめた。

まだ震える手を必死に抑え込みながらも、振り返りざまに叫ぶ。


「逃げろ!今のうちに……!」


三叉槍を手に立つその姿に、群衆の中で確かに芽生えた。

――“英雄”という言葉が。


アクアは一騎当千の勢いで兵を薙ぎ払い、街の混乱を食い止めようと必死に戦っていた。

雷鳴の轟きと共に、少年の声が街を震わせる。


――その頃。


シーラントから持ち出した数多の文書を漁っていたメグの指先が、不意に止まった。


「……あー、出ちゃったかぁ」


机に広げられた羊皮紙。

そこには太い筆跡で記された文字が、彼女の千里眼を通じて浮かび上がる。


『ノルト商会 極秘契約書』


武器提供先:ティルダン正規軍

契約者名:レグナス・ガルマ

付記:次期政権下での“貴族枠保証”


メグはアイスのスプーンをカチリと噛み、ため息まじりに笑った。


「……やっぱりね。

ただの金持ちが、ここまで血の匂いに染まるはずないもん」


虚ろな瞳の奥に、確かな炎が宿る。


「この男が欲しがってるのは、ただの金じゃない。

次に狙ってるのは――“王冠”」


市街の裏路地。

紫苑は剣を抜き、群がる兵士を的確に切り払っていた。


「こちらへ!早く!」

「落ち着いて!私が守ります!」


必死に叫びながら、母子や老人を背後へ導く。

その瞳には焦りも迷いもない――ただ、忠義と使命だけが燃えていた。


一方、広場。


アクアは母子を庇いながらも、次々と迫る兵士に追い詰められていく。

肩で息をしながらも、その瞳は揺らがなかった。


「……もう、迷わない」


少年はトライデントを高々と掲げ、空を仰ぐ。


「応えてくれ……!

これ以上、誰も泣かせたくないんだ――ッ!!」


バキィィィィィィィンッ!!!


青白い稲光が奔り、空気が一瞬凍りつく。

街全体の時が止まったかのように、誰もが空を仰ぎ見た。


ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!


地面が割れ、沖合から轟くような咆哮とともに水がせり上がる。

兵士たちの顔に、恐怖の色が浮かんだ。


「な、なんだッ!?地面が……揺れて……!!」

「うわあああっ!?」


空を覆うほどの水の壁――。

それはただの津波ではない。

海神の意思を宿した、“裁き”そのものだった。


怒涛の奔流が兵士たちを一掃する。

しかし、不思議なことに、紫苑が避難させた市民たちの周囲だけは静かな小川のように水が裂け、被害は一切及ばなかった。


「……これが、殿……!」


紫苑の声は震えていた。

忠義の侍の瞳に、初めて“畏怖”と“尊敬”が同時に宿る。


アクアの一撃は、少年の迷いを吹き飛ばし、広場を“英雄の舞台”へと変えていた。


轟音が止み、残されたのは砕け散った瓦礫と、倒れ伏す兵士たち。

広場を覆っていた濁流は、嘘のようにすっと引いていった。


遠くからその光景を見ていたメグは、口元を歪めてアイスの棒をぽいっと捨てる。

「……へぇ。やるじゃん。

トライデントって神話でも“海を割った”なんて話が残ってるけど……。

今のアクアくんは、それに届き始めてる――ってワケか」


紫苑は避難を終えた市民を背に、アクアの姿を見つめる。

声は震えていたが、その瞳は揺るぎなく誇りに満ちている。

「……殿。まるで……伝説の海神……!」


レナは地下から駆けつけ、息を呑んだ。

「……凄い……! たった一撃で……!」


そして、周囲の民衆がざわめき始める。


「……助けてくれたのは、あの少年だ……!」

「見たか? 一瞬で兵士たちを……!」

「クレイン……! クレインの名を持つ英雄だ!」


歓声と驚愕と感謝が入り混じり、広場を埋め尽くした。

その中心で、アクアはただ息を切らし、濡れたトライデントを強く握り締めていた。


アクアはトライデントを肩に担ぎながら、荒い息を吐いた。


「……これで……ほんの少しでも、救えたかな……?」


【ティルダン王宮跡・広場跡地】


瓦礫に囲まれた広場。

まだ人々が歓声を上げる中、空気が急に――凍りついた。


ズズズ……ッ!


石畳を砕くような重低音。

一歩ごとに振動が響き、群衆のざわめきが押し殺されていく。


姿を現したのは、分厚い黒鉄の鎧に身を固め、

銀の兜の奥から赤黒い眼光を放つ巨漢だった。

背に翻るのは、戦場で血に染めたかのような黒のマント。


その威圧感は、兵士数百人に勝る。

まさしく「ひとりの軍隊」。


「……貴様が、“海神の血”を継ぐ小僧か」


地の底から響くような声。

目の奥には狂気と――絶対の自信が宿っている。


アクアは歯を食いしばり、トライデントを握り直す。

「お前が……ティルダンの将軍か……!」


鎧の男は、口元を歪める。


「フン……名乗る義理もない。だが――」

ゆっくりと剣を抜き、空に掲げる。

刃から滲み出す黒い瘴気が、広場を覆った。


「知りたくば刻め。

俺はグラヴェル・グロスハルト。

この国の“正義”を執行する者だ」


雷鳴のごとき声が轟き、民衆は一斉に悲鳴を上げる。

アクアとグラヴェル――ついに両雄が対峙した。


アクアはトライデントを振りかぶり、真正面からグラヴェルに突進した。

同時に、将軍の手に握られた漆黒の槍が唸りを上げる。


「殿!!」

紫苑が駆け寄り、刀を構える。


「気を付けなよアクア〜……あの槍はヤバいよ〜」

その声音は珍しく引き締まっていた。

メグが引きこもり部屋から飛び出してくるほど――この戦場が危険だと告げている。


アクアは直感した。

「……まさか……その槍、魔槍か……?」


グラヴェルは口角を吊り上げる。

「ほう、小僧にしては目がいい。――そうだ。

これは必中の魔槍ゲイボルグ

振るえば必ず敵の急所を穿つ、“死の槍”だ」


ザワッと空気が震えた。

その言葉を聞いた瞬間、紫苑が息を呑み、メグがアイスの棒をギュッと握りしめる。


「……ゴクリ。よりによって、あんなイカれた将軍が英雄の槍引き当てちゃったのねぇ……ガチャ運強すぎるわぁ……」


広場の空気がさらに重く沈む。

少年と伝説の魔槍を持つ狂将――戦場の均衡は、いよいよ壊れようとしていた。


グラヴェルはゆっくりと歩み出た。

その巨体が瓦礫を踏みしめるたび、地面が軋む。


「俺はなぁ……貴様みたいな“気取り屋のガキ”が一番嫌いだ」

低い声が広場に響き渡る。


「正義? 民? 守る?――くだらん。

そんなものは戦場じゃ塵にすらならん」


槍を肩に担ぎ直し、赤黒い光を纏わせながら、グラヴェルはにやりと歯を剥いた。


「“殺す”って決めたら、殺す。

それだけの話だろうがァァ!!!」


ビリビリと大気が震える。

槍の穂先に宿る赤い光は、まるで生き物のように脈打ち、血の匂いすら放っている。


ティルダン王国の広場。

破壊の余韻を残す空の下、魔槍ゲイボルグが初めて唸りを上げようとしていた。


「喰らえ! 逃れられぬ運命の一撃ッ!!」

グラヴェルが咆哮し、魔槍が閃光のように宙を裂いた。

必中の呪いを宿した穂先は、ただ真っ直ぐにアクアの心臓を貫こうと迫る。


(……来るッ!)

目の前が赤に染まった刹那――


カッ!!!


青白い光が弾け、アクアの胸前に突如として滑り込んだのは――

彼自身が握るはずのトライデント。


「なっ……!?」


自らの意思を持つかのように動いた神器が、魔槍の軌道を寸分違わず受け止めた。

火花が散り、青と赤の光が激しく衝突する。


紫苑の瞳が大きく見開かれる。

「……トライデントが……“導いた”……!」


メグは口元を歪め、興味深そうにその光景を見やった。

「へぇ……アクアくん。

その槍、もう完全にアナタと繋がってる。

ただの武器じゃない……主人を“守る”ために、勝手に動くなんてさ」


トライデントはただの槍ではなかった。

主の命を、運命の刃から護る――

まるで忠実な盾のように。


「ぐッ……!? 俺のゲイボルグが……防がれた……だと……!?」


グラヴェルの目が見開かれる。

必中の呪いを帯びた穂先は、確かにアクアを狙っていた。

だが――トライデントが蒼い光を放ち、その軌道をわずかに逸らしていた。


メグがにやりと笑う。

「ほらね。“対象”そのものをズラせば必中じゃない」


「トライデントが、殿の盾にも……」


アクアは胸の鼓動を感じながら、深く息を吐いた。

(……避けられる……! なら――!)


次の瞬間、少年の姿が消えた。


「なに――!?」


神速。

風を裂き、雷のように閃く一突き。


ガギィィィィィィィンッ!!!


トライデントの穂先が、正面からグラヴェルの鎧を貫いた。

厚い鉄が裂け、亀裂が奔り――


「ぐッ……ウゥ……がはッ!!」


巨体が膝をつく。

広場に轟いたのは、敗北を認めるかのような重い音だった。



「殿!」

「やったねーアクア〜!」

アクアは勝利を確信しかけ、ほんの一瞬、肩の力を抜いた。

その刹那――


「だが……まだ終わらんッ!!」


血を吐きながら、なおも立ち上がるグラヴェル。

折れかけたゲイボルグを杖のように支え、狂気を帯びた目でアクアに突進してくる。


「お前のようなガキに……この俺が敗けるわけが、ないッ!!」


「ッ……!!」

アクアは慌ててトライデントを構えるが、避けるには遅い――


その時。


「……そこまでだ、将軍」


静謐な声が、戦場を裂いた。


その声に紫苑とメグが気づく

「こ、これは……転移術!?」

「キタキタ〜!待ってたよ〜、クール系お兄ちゃん!!」


空気が変わる。

次の瞬間、漆黒の衣をまとった影が、瓦礫の中から歩み出ていた。


「ア、アレは……」

レジスタンスの兵が息を呑む。


その手に握られたのは、闇の瘴気を纏う二叉槍。

蒼天を震わせるその威容は、まさしく冥府の裁きそのもの。


ハーデス・クレイン。

アクアの兄にして、クレイン王国王宮魔術師。


「喰い破れ――バイデント」


漆黒の閃光が走った。


次の瞬間、グラヴェルの巨体が音もなく真っ二つに裂かれる。

血飛沫さえ、地に落ちるより早く、冥府の闇に呑まれた。


「が……は……!? こ、これが……冥界の……槍」


断末魔は、黒の奔流に掻き消された。


ハーデスは冷徹に槍を下ろし、静かに言い放った。

「……弟を、よくもここまで追い込んだな。

その罪――冥府で償え」


黒煙が晴れていく広場に、静寂が戻った。

裂かれた将軍の骸は跡形もなく消え、ただ砕けた石畳と水飛沫の残響だけが響いていた。


紫苑は呆然とその場に立ち尽くし、やがて息を整えて囁いた。

「……あの御方が……ハーデス・クレイン様……!」


アクアの胸に熱が込み上げる。

「兄さん……!」


漆黒の槍を収めたハーデスは、静かに歩み寄ると、穏やかな笑みを浮かべた。


「よく頑張ったな、アクア」


その声音は、厳しさを含みながらも、深い慈愛に満ちていた。


「もう……“立派に戦える男”じゃないか」


その言葉に、アクアは堪えきれず拳を握りしめる。

胸の奥に巣くっていた迷いや不安が、兄の一言で確かに晴れていった。


紫苑は感極まったように瞳を潤ませ、

メグは横でと酒をあおる


「はいはい感動シーンね〜」


だがアクアの心には確かに刻まれた。

――自分は、もう迷わない。


広間の隅で、メグが空っぽになったワイン瓶をころんと転がし、欠伸まじりに呟いた。


「で〜……レグナスね。どうやら情報流してたっぽいよ〜。武器も金も、この国の軍の実権を握るために。

まー証言はあるけど、物証は今んとこ無いんだよね〜。アタシも千里眼で覗いてただけだし。

書類も手紙も、跡形もなく処理されてる。ほんっと狡猾〜」


そのだらけた声に、静かに答える影があった。


「……十分だ」


「お?」


振り返れば、黒衣の魔術師ハーデス。

その目は深い夜のように静かで、しかし確信に満ちていた。


「アズールに問わせよう」


その言葉だけで、広間の空気が張りつめる。

クレイン王国の海軍提督――冷徹にして奔放な兄、アズール・クレイン。

彼が動けば、“証拠の有無”など問題にはならない。


アクアはその光景を見つめ、ふと背筋を震わせた。

「……黒幕は、まだ終わってない」


勝利の余韻は薄れ、次の戦いの気配が確かに迫っていた。


ハーデスは静かに背を向け、転移術式を編み始めた。

その背中に刻まれた魔法陣が淡く光を帯びていく。


「兄さん……もう、行くの?」


アクアの問いかけに、ハーデスはわずかに振り返り、口元に柔らかな微笑を浮かべる。


「……お前は強くなった。

だからこそ、気を抜くな。紫苑、メグ。弟を頼むぞ」


「はっ! 命に代えても!」

紫苑が力強く頷き、胸に手を当てる。


「は〜い。アクアきゅんには、まだまだ面白いこといっぱいしてもらわなきゃだからね〜」


メグは片手をひらひらと振りながら、相変わらずの調子で。


アクアは口を結び、深く頷いた。

「……うん。ありがとう、兄さん」


瞬間、黒い光が弾ける。

次の刹那、そこにハーデスの姿はなかった。


残されたのは、アクアたち三人――。

次なる戦いに向けて進むしかない旅人たちだった。


「さ〜て、戦争前にやること、山積みだね〜。

でもアクア。アタシ、思ってるよ。

この旅……“まだまだ始まったばかり”だって」


「……そうだね、この槍が、どこまで導いてくれるのか――見てみたいんだ」


紫苑はほのかに頬を染め

「殿……」


一時的な安堵に立ち尽くす一同、

すると、

砕け散ったゲイボルグの破片は、最後の火花を散らすように宙を舞い、ひとつひとつが青白い光へと変わっていった。

その光は抗うことなく、アクアの手に握られた《トライデント》へと吸い込まれていく。


「な……何が起こって……!?」

紫苑が瞳を見開き、声を震わせる。


アクアは、両手に伝わる鼓動に思わず息を呑んだ。

「トライデントが……震えてる……!」


メグは、酒瓶を片手にぼそっと呟いた。

「ん〜〜……やっぱり、そう来たかぁ……。

アクアくん、ちょっと構えて……あっちの岩山に投げてみな?」


「え……あ、ああ……わかった!」


アクアは力強く槍を振りかぶり、狙いを定める。

次の瞬間、トライデントが蒼光を放ちながら宙を裂いた。


――そして。


ブワァァァァッ!!

槍は空中で眩く分裂し、三十本の光の矢と化す。


「なっ……!?」


紫苑の驚愕を置き去りにして、

矢の群れは一直線に岩山へと降り注いだ。


ガガガガガガガァァァン!!!!


轟音が辺りを震わせ、巨岩は一瞬で蜂の巣のように穴だらけとなる。

砂煙が晴れたとき、そこにあったはずの山の半分が――ごっそり削り取られていた。


「……山が……消えた!?」

紫苑の声が震える。


アクアは、呆然と光を帯びた槍を見つめた。

「な、なんだ今の……!? オレのトライデント……どうなった!?」


メグは鼻歌交じりに解説を始めた。


「ふふ〜ん。『全ては海に帰す』ってことでしょ。

水ってのはね、すべてを受け入れて、混ぜて、取り込んで……新しくなっていくの」


彼女の視線は、青白い光をまだ放ち続けるトライデントに注がれていた。


「今のトライデントは、“敵の力”すら――海の理に従わせるんだよ」


紫苑が目を見開く。

「つまり……魔槍ゲイボルグの力を……槍自体が“帰依”させた……?」


メグはにやりと笑って、指を軽く鳴らした。

「そうそう。そのうち、もしかすると“他の武器”も取り込んじゃうかもよ〜?」


「ま、マジで!? そんなチート武器だったのかトライデント!!」

アクアは目を丸くし、慌てて槍を両手で持ち直す。


紫苑は息を呑み、ただ小さく呟いた。

「……殿。やはり貴方こそ、選ばれし御方……」




場所は変わりクレイン王国

海に面した王宮の一角。窓の外には穏やかな波が銀色に光り、だが室内の空気は張り詰めていた。


若き海軍提督アズール・クレインは窓辺に立ち、柔らかな笑みを崩さない。だがその瞳は静かに冷え、鋭く狙いを定める獲物のそれだ。対する陸軍の元帥は畳まれた地図を指で撫で、薄笑いを浮かべる。二人の間を流れるのは、力と策略の均衡だった。


アズールは窓辺に寄り、軽く息を吐くように言った。

「……ティルダン王国の内乱に、王国軍の情報が流れていた」


レグナスは眉をひそめ、すぐに突っ込む。

「証拠は?」


提督は鼻先で軽く笑ったように、だが目は真剣だ。 「証言はある。

“ハーデス・クレイン”が直接確認してきた。

兄弟を信じる。それが俺の答えだ」


レグナスの表情に苛立ちが滲む。情で軍を動かすことを軽蔑するように、口を尖らせる。

「お前ら王族兄弟は甘い……! 情で軍を動かすなど……!」


提督の笑みは変わらない。だがその声は静かで、確固たる響きを帯びていた。

「その“情”で守られた民がいる。

――それに、陛下はもう黙ってない」


短い沈黙のあと、元帥の顔色がわずかに変わる。部屋の空気が一瞬だけ凍り付いた。


提督はゆっくりと歩み寄り、視線をまっすぐ相手に据える。

「レグナス。これは最終警告だ。

俺の弟アクアを侮辱し、国を裏切ったなら――

その槍がなくとも、俺はお前を海に沈める」


怒りが露わになったレグナスは短く唾を吐くように言った。

「貴様……!」


アズールはにっこりとだけ笑い、窓の外へ視線を移す。潮騒が静かに耳に届く。

「海軍はね、波が高くなる前に手を打つんだよ。

君たち“地に縛られた軍人”には、ちょっと早すぎる情報かもしれないけどね?」


言葉は穏やかだが、その含意ははっきりしていた。海の向こうからでも押し寄せる力を思わせる脅し。それは個人的な恨みを超え、国家の抑止力として放たれた宣言だった。


元帥は一瞬、唇を噛んでから冷笑を浮かべ、だがその瞳の奥には確かな不安が灯っていた。戦の歯車は静かに、確実に動き始めているのだ。


王都郊外――高台にそびえるシーナの新居。

白い壁に金の縁取り、絹のカーテン、磨き上げられた大理石の床。けれど、豪奢さに満ちたはずのその屋敷には、妙な冷たさが漂っていた。


侍女が震える声で告げる。

「……申し訳ありません、シーナ様。

本日よりこちらの食材支給も、一時停止との通達が……」


シーナは紅茶を置く手を止め、眉をひそめる。

「は……? どういうこと? レグナス様の……っ!」


侍女は顔を伏せ、さらに言葉を重ねた。

「その……レグナス様の個人資産が全て、“凍結”されました。

女王陛下の名のもとに、です……」


「……っ!」


パリンッ!

シーナの手からカップが滑り落ち、陶器の破片が床に散った。

だが彼女はそれに目もくれず、蒼白な顔で唇を噛む。


(ありえない……! レグナス様の力があれば、私の未来は盤石だったはずなのに……!

なのに女王ディアドラが……この私から“玉座への梯子”を奪うつもり!?)


胸に広がるのは、恐怖ではなく――悔しさと、燃えるような執念だった。


シーナは拳を握り、己の爪が掌に食い込むのも構わず、低く呟いた。

「……絶対に、私は上へ行く。

どんな手を使ってでも……!」


鏡に映るのは、豪奢なドレスを身にまとった少女――

だが、その瞳には影が宿っていた。


「……なんで、こうなるのよ……」


震える指先で、耳元の真珠のイヤリングを外す。

テーブルの上に置かれた瞬間、その白い光はやけに冷たく見えた。


「完璧なはずだったのに。

アクアを切って……正解のはずだったのに――」


脳裏に響く言葉。

――“第三王弟は、王にはなない”。

それは、未来を保証された自分を甘やかすような囁きだった。


そして、重なるもう一つの声。

アクアの、あの時の言葉。


『……シーナは、オレのこと信じてくれてたと思ってたのに……!』


「…………っ」


唇を噛み、鏡を見つめ返す。

そこにいたのは、栄華を手に入れたはずの姫君――

だがその心は、決して満たされることのない、渇きに囚われていた。


この作品はバトル4:青春6くらいでやっていく予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ