出会いと優しさ
身内は皆良い人です。
「『民を救いし若き英雄』……。やはり、殿は英雄として讃えられています」
アクアは気まずそうに頬をかきながら、フードを深く被りなおした。
「いや……俺はただ、目の前の人を助けただけだよ。そんな大層なもんじゃない」
紫苑はまっすぐにアクアを見つめ、静かに首を横に振る。
「違います。殿は、命を懸けて人を守った。その行いこそが尊き証。
……だからこそ、私は――殿の傍に参ります」
ロビーのざわめきの中、二人だけが別の空気を纏っていた。
アクアは新聞を取り上げてしばし黙り込み、やがてため息をひとつ。
「……まあ、そこは任せるよ」
昨日、津波の魔物を討伐直後、
紫苑は、膝をつき、頭を垂れた。
「……っ!?」
アクアの目が大きく開かれる。
状況が飲み込めず、言葉が詰まる。
「海を越え、霊山を越え、神託のもと……ようやく巡り会えました⋯
どうか、我が命、我が剣、これより貴方に捧げさせてください」
その声音に、誇りと誠実さが込められていた。
使命を果たした者だけが持つ、心からの歓喜。
「……あの、君は?それに神託ってなんかの予言?俺……そんな大層な人間じゃないし……」
紫苑は頭を垂れたまま、涙を拭おうともせず言葉を重ねた。
「いいえ、殿。大層かどうかを決めるのは、殿ご自身ではありません。
私にとっては……神託に従い歩んだこの数年すべてが、今ここで報われたのです」
アクアは気まずそうに視線を逸らし、掻いた頬に赤みが差す。
「……そんな風に言われてもな。俺はただ……迷って、旅に出ただけで……」
紫苑は顔を上げ、涙に濡れた瞳で真っ直ぐに彼を見据える。
「迷うからこそ、導きが必要なのです。殿が歩むべき道を、必ず私が支えてみせます」
言葉が出てこないアクア。
ただ胸の奥に、これまでの孤独とは違う“確かな温もり”が広がっていった。
紫苑は背筋を伸ばし、きっぱりと言い放った。
「私は真の主君を探すために旅をしてまいりました!
殿こそがその人と確信しております!
……ですので――」
一拍置いて、子供のように唇を尖らせる。
「私を臣下にしていただくまで、ここを動きません!!」
アクアはぽかんと口を開け、固まった。
真剣そのものの眼差しのくせに、言ってることは完全に駄々っ子。
「……いやいや、そんな言われても……」
肩をすくめつつも、心のどこかで温かさを覚えていた。
(まあ……一人で旅するより、仲間がいた方がいいかもな……)
アクアは小さく息を吐き、目を伏せる。
次の瞬間、紫苑の瞳に向けて苦笑を浮かべた。
「……勝手にしろよ。でも俺、主君ってガラじゃないぞ?」
紫苑の頬がぱっと赤く染まった。
「はいっ! 殿がそう仰るなら……それで十分です!改めて申し上げます。私は、紫苑スメラギ。
神の導きにより、貴方に命を捧げる者」
そして今に至る
港町ミズハファレンツァの宿屋。
陽光が窓から差し込み、海鳥の声が遠くに響く
「……わ、でっかく載ってるな……」
宿のロビー、テーブルの上に広げられた新聞。
見出しには『津波魔物を討った英雄、第三王弟アクア殿下』の文字が躍っていた。
紫苑はキラキラと瞳を輝かせ、新聞を掲げる。
「当然です!殿は数百の人命を救ったのですから!」
アクアは思わず頭をかき、バツが悪そうに目を逸らす。
「……でもまあ、姉さんが“口が上手い”のは本当だな。
俺が勝手に飛び出したことも、全部“計画通り”に見せるなんてさ……」
紙面には、女王ディアドラの会見内容が大きく載っていた。
>『第三王弟には、あらかじめ密命を与えておりました。海神の力を持つ彼だからこそ、あの魔物に対処できたのです』
紫苑は、その記事をまるで宝物のように抱きしめ、誇らしげに言った。
「……やはり、殿は選ばれたお方なのです」
アクアは苦笑を浮かべる。
「いやいや……姉さんが話をでっち上げただけだって。俺なんか、まだ“旅人”のつもりだよ」
だが紫苑の視線は一切揺らがなかった。
「いいえ。殿はもう、立派に人々の“希望”です」
「まあでも⋯、姉さん……やっぱりすごいや」
「はい。ディアドラ陛下もまた、見事なるお方です」
紫苑は誇らしげに頷き、柔らかく微笑んだ。
その横顔を見て、アクアは胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。
(……俺の勝手な旅も、姉さんの口先ひとつで“使命”に変わるんだな)
自嘲混じりのはずの思考は、しかし次第に笑みへと変わっていく。
紫苑のまっすぐな瞳も、まるで「お前は希望だ」と背中を押しているようで――
(この旅、悪くないかもしれないな)
窓の外では、まだ濡れた石畳が朝日に照らされ、光を返していた。
アクアの心にも、同じような小さな光が差し込んでいた。
「では殿、本日はどちらに参りましょうか? 地図はこちらにございます」
そう言って彼女はすっと身を屈め、アクアの肩越しに大きな地図を広げた。
柔らかな髪が頬にかかり、そして――胸元が、ほんのかすかに触れる。
「ひゃっ……!? え、え、あ、ありがとう紫苑、ちょっと、ちょっと近いかも、あの、その……!!」
アクアの顔はみるみる赤くなり、視線は地図どころか宙を泳ぐばかりだった。
「はい? どこか、いけませんでしたか?」
紫苑は首を傾げ、純粋な眼差しを向けてくる。その無垢さが、かえってアクアの動揺を加速させる。
(やばいやばいやばい……! これ、近すぎるって!!)
鼓動が速まり、地図の文字などひとつも頭に入らない。
それでも紫苑はまったく気づかぬ様子で、淡々と指先で目的地を示していた。
――その無邪気さこそが、アクアの胸をさらに締め付けるのだった。
ミズリハの港町を後にし、二人は潮風を受けながら街道を歩いていた。
寄せては返す波の音が、道連れのように続いていく。
アクアは隣を歩く少女をちらりと見やる。
「それにしてもさ、紫苑ってなんでそんな“主君を探す旅”なんてしてるんだ? すごく真面目っていうか……重いっていうか」
紫苑は足を止めず、しかし背筋をぴんと伸ばしたまま答えた。
「私は、代々“日ノ本”の国の大名に仕えてきた武士の家系……。その血に刻まれた使命があるのです」
「使命……」
「はい。神託に告げられました。いずれ現れる我が主君こそ、日ノ本を泰平へ導く者だと。
だからこそ、私はこの身、この剣、この命……すべてを捧げる覚悟で旅を続けてきたのです」
彼女の声は力強く、迷いの欠片もなかった。
アクアは小さく口を開けて、彼女を見つめる。
(……すげぇな。俺なんか、フラれたショックで旅に出ただけなのに……)
そんな自分との差に、少し気後れしつつも――どこか心地よい安心感が芽生え始めていた。
アクアは後ろ頭をかきながら、少し気恥ずかしそうに言葉を探した。
「えっと……じゃあ、俺も言っとく。よろしくな、紫苑。これから……一緒にいてくれると、嬉しい」
その言葉は飾り気もなく、ただ素直な気持ちを吐き出したものだった。
紫苑は驚いたように目を瞬き、そして口元にほんのわずか、柔らかな笑みを浮かべる。
「……承知いたしました、殿」
その声音は、武士としての忠誠と、ひとりの少女としての温もりが同居していた。
潮風が吹き抜ける道の上、二人の歩幅は、自然と揃っていった。
潮の香りと喧騒が入り混じる港町ルセア。
市場の通りには干された魚や輸入品の絹布が並び、荷を運ぶ船員たちの掛け声が響いていた。
「……やっと落ち着いた町に来れたなぁ」
肩の力を抜いたように、アクアが息を吐く。
その隣で、紫苑は人々の視線を受けながらも堂々と歩いていた。
「はい。殿も、少しお疲れのご様子でしたので」
彼女の声音は穏やかで、しかしどこか主君を労わるような響きを帯びていた。
アクアは思わず苦笑し、後ろ頭をかいた。
「……バレてたか」
「当然です。主を見守るのは臣下の務めですから」
小さく胸を張る紫苑の姿に、アクアは心の奥で温かい何かを覚えた。
紫苑の優しい声に癒やされながら、アクアはリラックス気味に商店街を歩いていた。
焼き立てのパンの匂いや、港町ならではの珍しい香辛料の香りが漂っている。
そのとき――
「――あっ、あの!あのー!!」
通りの向こうから、年若い商人風の青年が駆け寄ってきた。
息を弾ませ、目を輝かせながら叫ぶ。
「アクア王弟ですよね!?ニュースで見ましたよ、あの魔物撃退!本当にかっこよかったです!!
ぜひ、握手だけでも……!!」
「え、あ、いや、俺はそんな大したもんじゃ――」
ガシッ。
「――不届き者!!!」
紫苑がアクアの前に立ちふさがり、剣に手をかけながら青年を睨みつける。
「我が殿に、気安く触れるなど許されません! 下がってください!!」
「え、あ、ご、ごめんなさい!!!」
青年は勢いに押され、情けない声をあげながらバタバタと退散していった。
……だが問題は、護衛行動の“副作用”だった。
アクア(――紫苑! 当たってる!当たってるからぁぁ!!)
ぐいっと背中に密着され、豊満な胸部が見事にアクアを押し潰していた。
顔は真っ赤、目は泳ぎ、手にしたトライデントがガタガタと震える。
「殿。ご無事で何よりです」
紫苑は本気で心配そうに、しかし至近距離で真っ直ぐ見つめてきた。
「お、おぉ……ありがと……うん……(いや近い近い近いっ!!)」
周囲の商人たちが「お似合いだな……」と囁き合う中、アクアの心臓は限界に達しそうだった。
紫苑はまったく気づかず、澄ました顔で言った。
「殿、今後は周囲の警戒も怠らぬように。必要とあらば、身体を張ってお守りいたしますので」
(やめて!! むしろそこだけはやめて!! 心臓が爆発するからぁぁ!!)
全力で叫びたい心情を、必死に顔に出さないよう耐えるアクア。
だが、紫苑は真面目一徹な表情で、何一つ疑っていない。
その日――
ひとりの少年は知った。
仲間ができた旅は楽しい。
けれど同時に、別の“試練”も背負うことになるのだと。
そう、アクアのような純情な少年に、Hカップ侍美少女との旅は、命がけの冒険よりも心臓に悪いのである。
その夜、二人はルセアの宿屋に宿泊していた。
湯気の立つ浴場へと向かった紫苑の背を見送り、アクアはベッドに腰を下ろす。
ふと、机の上に置かれた封筒に気づいた。
見覚えのある、優雅で気品ある花の紋章――それはクレイン王家の証。
差出人はもちろん――
「……姉さんか」
封を開き、手紙を読み始める。
『拝啓 アクアへ
この手紙があなたのもとに届く頃、旅の空の下で元気にしているでしょうか。
ミズリハでの働きについて、すでに報告を受けました。
数多の民の命を救ったと聞き、女王として、そして姉として、この上なく誇らしく思っています。
けれども――。
何の一言もなく飛び出したあの日のことを思い出すと、私は今でも胸が締めつけられます。
心配で心配で……その夜、ろくに眠ることさえできませんでした。
落ち着くようにとハーデスには窘められましたが、落ち着けるはずがないでしょう?
アクア。
私はあなたの旅を決して否定しません。
けれどどうか――無事でいてください。
それを約束してください。
どうか胸を張って歩みなさい。
王家に生まれたことを忘れず、しかし王家に縛られずに
そして、いつの日か、ふとで構いません。
必ず顔を見せに帰ってきて。
私は女王である前に、あなたの姉なのですから。
……寂しいのですよ、弟に会えぬのは。
敬具
――ディアドラより』
「……ほんっと、相変わらずだな姉さんは……」
アクアは苦笑しながらも、手紙を大事そうに畳む。
自分の旅を「正当化」してくれた女王としての器。
でもこうして、兄弟としては「心配で寂しい」と伝えてくる姉の愛情。
トライデントを横に置きながら、そっと呟く。
そのとき、浴場から戻ってきた紫苑が部屋に入ってきた。
「殿、ただいま戻りました。お手紙、届いていたのですね?」
「ああ、姉さんから。……心配性でさ」
「ふふ。それは、良い姉君をお持ちなのですね」
「……うん、まあ。世界一、面倒で優しい姉かな」
アクアは微笑む。
部屋の窓の外、星が瞬いていた。
追伸
……それから、ひとつだけ。
次に歩む旅路の候補として、あなたに伝えておきたいことがあります。
シーラント王国に、“大賢者”と呼ばれる人物がいるそうです。
その知恵は、海を渡り、歴史を超えてなお色褪せぬものだと伝え聞きました。
アクア。
もしかすると、あなたの助けになってくれるかもしれません。
行ってみる価値は、きっとありますよ。
――どうか、自らの目で確かめておいで。
pixivで紫苑の容姿公開します!是非ご覧下さい
(今までで1番可愛い自信あります)
オリキャラ 紫苑スメラギ | 福島ナガト #pixiv https://www.pixiv.net/artworks/135397211




