表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/23

リゾートで解決

イザナギの曾孫にあたる邇邇芸命が天逆鉾を高千穂峰に突き刺したのは2度と振るわれる事の無いよう平和の願いを込めてだそうです。

エスペランサ島がリゾート地として開業して瞬く間に人気観光地となった。


──それから一ヶ月。


 エスペランサ島はまるで生き物のように息づき始めていた。

 港には観光船が並び、浜辺には異国の客が賑わい、

 昼も夜も音楽と笑い声が絶えることはない。


 島の支配人ジョンは、いつも忙しそうに走り回っていた。

 屋台の仕込み、宿の手配、観光客の案内──

 気づけば誰よりもこの島を愛する男になっていた。


 一方、アクアたちはというと──。


「アクア〜〜、日焼け止め塗ってぇ〜♡」

「え、ちょっ、メグ、それくらい自分で──」


 浜辺のデッキチェアに寝転びながら、

 麦わら帽子を被ったメグがだるそうに手を伸ばしてくる。

 その横で、紫苑は顔を真っ赤にしながら慌てて立ち上がった。


「メグ殿っ! そのような事、殿に頼むのは不適当です!」

「えぇ〜? だって手が届かないんだもん〜」


 紫苑は唇を噛みながら、タオルをぎゅっと握りしめ──

「……わ、私が……塗ります!」

「えっ!? 紫苑が!? ちょ、ちょっと待って!?」


浜辺には、波の音と笑い声が混ざって響いていた。

戦いのない日々。

ただ穏やかで、眩しいほどの“夏”がそこにあった。

旅の再開はまだ未定


日が傾き始め、潮風が少しだけ涼しくなってきた午後。


アクアたちは海辺のカフェテラスに腰を下ろし、

ココナッツジュースを片手に、のんびりと時間を過ごしていた。


波間に煌めく陽光を眺めながら、アクアがぽつりと呟く。

「最近ジョンも忙しいみたいだね……」


 メグはストローをくるくる回しながら、少し寂しそうに笑った。

「前みたいに仕事終わりにご飯行く余裕も無いみたいだね〜。“支配人モード”入っちゃった感じ?」


 紫苑はそんな二人の言葉に静かに頷く。

「彼なりに責任を感じておられるのでしょう。

 従業員だけに任せておけないようですからね」


 アクアは潮風に髪を揺らしながら、

 どこか誇らしげに微笑んだ。

「でも……良い顔してるよな。前はあんなに自信なさそうだったのにさ」


 笑い声が波音に溶けていく。

 島の空気には、ゆったりとした幸福と、少しの成長の匂いが漂っていた。


 ──陽は沈み、エスペランサ島の夜が訪れる。

 海辺のバーにはランタンが灯り、波間に光が揺れていた。

 遠くでは客たちの笑い声が響き、

 この島の平和は、まるで夢のように穏やかだった。


 だが──。



 そんな楽園の入り口、月明かりの下を一人歩く影があった。


無人島のリゾート化が噂になり、

どこから嗅ぎつけたか――


“あの女”もやって来てしまった

海風が吹き抜け、

フードの影からのぞくのは、かつて“英雄の隣”に立っていた少女の顔。


「……着いたぁ……♡」


潮に濡れた足で砂浜を歩きながら、

シーナはまるで恋人に逢いに来た少女のように微笑んだ。


「アクア……待っててね……♡」


その声は優しい。

けれど、波音に混じって“何か”が壊れる音がした。

その足取りはまるで幻のように静かで、危うい。


彼女の瞳は潤んでいる。

それが涙なのか、あるいは狂気の光なのか──。


「……アクア……」


吐息のような声が夜風に溶けた。

シーナの唇が、微笑みを形づくる。


「こんな綺麗なリゾート作るなんて……♡

 すごいねぇ……やっぱり、わたしとやり直したいんだよね……♡

 だって……こんな場所、わたしのために作ったんでしょ?」


 その声は甘く、優しく、そしてどこか壊れていた。

 夜のエスペランサ島に、

 静かに──けれど確実に、“嵐の前触れ”が忍び寄っていた。

──シーナ・ユークリッド。

 かつてアクア・クレインの幼馴染として、その隣にいた少女。


あれから幾月が経った今も、彼女は世間の目を避けるように放浪していた。

名ばかりの冒険者ギルドに籍を置き、

受ける依頼は雑用や低級素材集めばかり。

報酬も乏しく、泊まる宿も日替わりの安宿。


食事は干し肉と水。

それでも、彼女の口元にはいつも笑みが浮かんでいた。


 ──アクアがどこかで見てくれている。

 ──あの人のために頑張れば、いつかまた一緒に笑える。


 そんな幻想を、今もまだ信じている。


 彼女の旅は目的を失い、心はゆっくりと壊れていった。

 やがて、噂を耳にする。


 ──“若き王子が作り出した夢の楽園”。


 その言葉を聞いた瞬間、シーナの瞳が異様な輝きを宿した。


「……アクア……♡」


 それが理性の最後の瞬きだった。

 彼女は荷物をまとめ、夜の港へと消えていった。


 ──その夜。

 港町の片隅、灯りの消えた波止場で。


 ボロ布のようなマントを羽織り、

 風に煽られる髪を抑えながら、

 シーナは月を見上げていた。


 頬はやせこけ、唇は乾いている。

 けれどその瞳だけは、どこまでも澄んでいた。

 いや、澄みすぎて──狂気の光を孕んでいた。


「……アクア……わたしがんばったんだよ…?」


「ねぇ、アクア……今から行くねぇ……♡」


甘い囁きが夜の海に溶ける。

その声は、恋人に会いに行く少女のように柔らかく、けれどその瞳は、

“取り戻すためなら何も惜しくない”と告げていた。



一方その頃、

アクア達の滞在する宿のテラス


海風に揺れるランプの明かりが、

夜空を照らす星々のように瞬いていた。


アクアと紫苑は並んで座り、

潮騒を聞きながら静かに夜を過ごしていた。


「今夜の星は綺麗ですね、殿」


紫苑が微笑みながらそう言う。

その横顔を、アクアは優しく見つめた。


「ああ……綺麗だよ。

でも俺は、星より紫苑の方が

――ずっと綺麗だと思う」


「……っ……殿……」

 紫苑の頬が朱に染まる。


 アクアは少し息を吸い込み、真剣な瞳で言葉を続けた。


「紫苑、改めてだけど……俺は君と未来を歩みたい。誰に何と言われても、俺の隣にいてほしい。

 これから先、どんな旅でも、一緒に……」


 紫苑の瞳が揺れ、静かに涙がこぼれる。


「……はい、殿。

 この命がある限り、どこまでもお供いたします」


 アクアが紫苑の手を握り、二人の指が絡み合う。

 夜風が二人の髪を撫で、

 遠くで波が優しく打ち寄せた。


誰も知らない。

その穏やかな時間のすぐ下――

浜辺の暗闇では、愛を壊す“影”が静かに近づいていることを。

星々が散る夜空の下。

潮風が柔らかく吹き抜け、ランプの灯が二人の影を寄せ合せていた。


アクアは少し照れたように頬を掻きながら、

意を決して言葉を口にする。


「け……結婚式、紫苑はどうしたい?」


紫苑は驚いたように目を瞬かせ、

けれどすぐに、恥ずかしそうに微笑んだ。


「結婚式……日ノ本でしたいです」


 アクアの顔に懐かしさと優しさが宿る。


「うん。紫苑の国、すごく綺麗だったもんな。

 白無垢とか、きっと似合いそうだよ」


「……そ、そんな……お恥ずかしいです……」


 そう言いながらも、紫苑の頬はほんのりと赤く染まっていた。


少し間を置いて、今度は紫苑がもじもじと口を開く。


「……あの、殿」

「ん?」

「その……子どもは……何人くらい……欲しいですか?」


「……へっ?」

 一瞬、アクアの思考が止まる。

 だが次の瞬間、互いの顔が一気に真っ赤に染まった。


「し、紫苑は……?」

「っ……、三人……くらい……?」


「三人か……俺は……四人は欲しいな」


 二人は思わず見つめ合い、

 恥ずかしさと幸せが混ざった笑い声を上げた。


「ふふっ……殿らしいですね」

「いや、紫苑が可愛いからさ……」


寄り添う二人の背後で、

波の音がまるで祝福するように優しく響いていた。


しかし物陰では風が1人の髪を揺らし、影が歪む。

その唇が、かすかに震えていた。


「……結婚式……?」


ぽつりと、シーナの口から漏れる。


「……子ども……? 何人……?」


その声は震えていた。

けれど、笑っている。――いや、笑おうとしている。


「……アクア……私との夢じゃなかったの……?

 ねぇ……あの時言ってくれたよね……“ずっと一緒にいたい”って……」


握りしめた拳から、白い指先が震えた。

爪が手のひらに食い込み、血が滲む。


海風が吹く。

それでもシーナの瞳は一点を見つめ続けていた。

高台の明かり――アクアと紫苑が並ぶ、幸福の灯。


「……ああ……そうか……」


ゆらりと、シーナが笑う。

その頬を涙が伝い、けれど目は完全に“壊れていた”。


「やっぱり……あの東洋人の女……」


低く、押し殺した声。

けれどその奥にあるのは、

焼け付くような怒りと、歪んだ愛。


「……奪ったのね……私の、アクアを……」


波音が静かに消えていく。

夜の海が、まるで彼女の心に呼応するように――不穏にざわめいた。


潜んでいたシーナの耳に、

 突然、軽やかな声が響いた。


(――やっほ、聞こえてる?)


 その声は、まるで耳の奥で直接囁かれたようだった。

 メグの声。けれど、どこにも姿はない。


(ふふ、キミも本当にマメだねぇ〜。どこに行ってもアクアのストーカーしてるじゃん?)


 シーナの肩がぴくりと震える。


(でもねぇ、残念。アクアと紫苑ちゃん、もう親公認で婚約してるから♡)

(だからさ〜、そろそろ身を引いた方がいいんじゃない? 乙女のプライド的にも)


 メグの声は、まるで面白い玩具をつつくように、楽しげだった。

 けれどその言葉の一つひとつが、シーナの胸に小さな刃を突き立てていく。


「……うそ、でしょ……?」


 シーナの目から、ぽたりと涙がこぼれる。

 しかしメグの声は止まらない。


(だってさ、アクアも紫苑ちゃんも今すごく幸せそうだもん。

 ねぇ、見たでしょ? 二人で未来の話してたの。結婚式、子ども、夢の続き――)


「やめて……!」

 思わず叫んだ声が夜に消える。


(あ〜ごめんごめん♡ でもほら、現実って残酷でしょ?)

(それにね……“恋”って勝ち負けじゃないんだよ。終わったら、素直に負けを認めるのもカッコいい女の生き方なんだ〜)


 メグの声は、あくまで穏やかで、優しくすら聞こえた。

 だがその優しさは――シーナには、最も残酷な現実の響きに思えた。


 シーナはその場に崩れ落ちる。

 砂を握り締めながら、泣き笑いのような声で呟いた。


「さ、もう行きなよ。ここに居る理由なんて、もうないでしょ?」


「……そんなの……できるわけ……ないじゃない……」


 メグの声が静かに笑った。


(そっか……じゃあ、せめて少しは楽しませてね。キミ、ドラマ向きだから♡)


 その瞬間、声はぷつりと消える。

 月だけがシーナを照らし、彼女の影が波打つ砂に滲んでいった。


翌日

白い砂浜を、波がさらさらと洗い、

潮風が柔らかく二人の頬を撫でていく。


アクアと紫苑は、肩を並べて海沿いの遊歩道を歩いていた。


 観光客たちが行き交う中で、

 その姿はまるで絵画のように微笑ましく映る。


「殿、あの貝殻……ハートの形をしています」

 紫苑がしゃがみ込み、小さな白い貝殻を拾い上げる。

 陽光に照らされたその横顔は、日ノ本の雪解けのように穏やかだった。


「ほんとだ。紫苑に似合うね」

 アクアが笑いながら受け取ると、

 紫苑は頬を染め、慌てて視線を逸らした。


「も、もう……殿はそういうことを……」


「ん? 事実を言っただけだよ」


 並んで歩く二人の影が、波打ち際に並んで揺れる。

 通りがかる老夫婦が、微笑ましそうに目を細めるほど、

 そこには“若い恋人”の空気があった。


「紫苑、こうして歩くの、いいね」

「はい……。戦いのない日々が、こんなにも心を満たすものだとは……」


 潮の香りと、南国の陽光。

 アクアはそっと紫苑の手を取る。

 紫苑も少しだけ躊躇してから、その手を握り返した。


「この時間が……ずっと続けばいいのに」


 紫苑の小さな呟きに、アクアは頷き、

 二人は波打ち際を歩きながら、ゆっくりと夕陽の方へと進んでいく。


 ――まるで、世界のすべてが二人を祝福しているかのように。



しかし

──ああ、いた。

 波打ち際、並んで歩くふたり。


 アクアと、あの女。

 笑ってる。

 ねぇ、なにその笑顔。

 私、知らないよ……そんな顔。


 シーナは物陰から、息を殺して見つめていた。

 表情は笑っていたが、その瞳は笑っていなかった。


「うわ〜、やるじゃんアクアぁ……♡」

 小声で呟く。

 それは羨望にも、皮肉にも聞こえた。


「南国デートですかぁ? へぇ〜……、ロマンチック〜♡

 波、キラキラ〜♡ はい、理想のカップル〜♡」


 指でハートマークを描く仕草。

 しかし次の瞬間、その指が震える。


「……でも、それってさぁ、違うよね?

 そこ、“私”の席だったよね……?」


 波が砕ける音が、やけに遠く聞こえる。

 視界の端で、アクアが紫苑の手を取った。

 その瞬間、シーナの脳内がぐにゃりと歪む。


「あぁ〜……やっちゃったぁ♡ 手ぇ繋いじゃったぁ♡

 うふふふ……見せつけてくれるじゃん、アクア♡

 そんなに……そんなに幸せそうにしてぇ……!」


 シーナの笑いが、波の音に混じって響く。

 通りすがりの鳥たちさえ、何かを察したように飛び立っていった。


「でも……いいよ。

 ちゃんと、最後まで見届けてあげる。

 どれだけ幸せぶっても……ねぇ、アクア……」


 目の奥で、光がゆっくりと消えていく。

 その代わりに、妖しくも穏やかな笑みが浮かんだ。


「どうせ、最後に笑うのは――私だから♡」


 彼女の笑顔は、月光のように冷たく、美しかった。

 それは愛というより、呪いに近いもの。


潮風がふわりと吹き抜けた、その瞬間だった。


 背後から、どこか懐かしい声が響いた。


「──あれ〜?……アクアじゃん! こんなところで何してるの〜?」


 アクアの肩がびくりと動く。

 振り向くと、日傘を差し、麦わら帽子をかぶった女が立っていた。

 リゾートの喧騒に溶け込むその姿は、一見すればただの観光客。

 けれどアクアには、すぐに分かった。


「……シーナ?」


 女は麦わら帽子を指先で外し、

 にっこりと、まるで旧友に再会したような笑みを浮かべた。


「偶然だよ? ほんと偶然。ふふっ」


 声も、笑顔も、昔と同じ。

 けれど瞳の奥には、氷のような光が宿っていた。


 紫苑は一歩後ろに下がり、アクアの袖をそっと掴む。

 アクアは一瞬だけ彼女をかばうように前へ出た。


「観光客なら歓迎する。……だが、騒ぎは起こすなよ?」


 淡々としたアクアの声に、

 シーナの唇がわずかに震えた。

 それでも彼女は笑顔を崩さない。


「……うん♡ わかった。うるさくしない。

 アクアの邪魔、しないよ。ねえ、アクア」


 その“ねえ”の響きが、

 どこか幼く、そして壊れかけた楽器のように不安定だった。


 日傘の影に隠れた彼女の表情が、一瞬だけ歪む。

 誰にも見えない角度で、口元がにぃっと吊り上がった。


「……だって、私は見てるだけでいいんだもん。

 アクアが、幸せそうにしてるのを……ねぇ♡」


 紫苑の背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。


遠くで波が静かに砕け、風がヤシの葉を揺らしていた。

 それでも、この一帯だけは──不自然なほど静まり返っていた。


「……でもね」

 シーナがぽつりと呟いた。

 その声音は甘く、そしてどこか壊れた楽器のように震えていた。


「アクアの隣で見ていたい……♡」


 ゆっくりと歩み寄る。

 彼女の足音が砂を踏みしめるたび、

 アクアの背筋が、ひとつひとつ硬くなっていく。


 その笑みは、恋人に微笑みかけるように柔らかく、

 けれど、瞳の奥では何かが壊れていた。


「……シーナ、もうやめろ」


「どうして? ねぇ、どうしてそんな顔するの……?

 私、ただ……アクアの傍にいたいだけなのに……」


 手を伸ばそうとしたその瞬間――


 アクアが一言、低く呟いた。


「……天逆鉾」


 ズゥンッ!!


地面が震え、足元の砂が爆ぜた。

シーナの目の前に、岩の壁が突き上がる。

その衝撃で、風が乱れ、日傘が吹き飛ぶ。

この壁がアクアの返答だった。


「アクア……? なんで……?」


 壁越しに、かすれた声が響く。

 アクアはその場に立ったまま、短く息を吐いた。


「ごめん……。流石に今のシーナの考えくらいは、分かるよ」


 静かに背を向け、

 紫苑を連れて歩き出す。


「アクア! 待って! ねぇ、私は……!」


 砂を踏みしめて駆け出そうとするシーナ。

 しかし壁は崩れず、ただ冷たく立ちはだかる。


 その姿を見つめながら、アクアは小さく呟いた。


「……昔の君なら、まだ受け入れられたけど……」


 そのまま振り返らず、

 彼は海風の中へと消えていった。


 残されたシーナの瞳が、

 涙と狂気の狭間で、ゆらゆらと揺れていた。


壁が消えた頃にはアクア達はいなかった

風だけが、吹き抜けていく。


 シーナは、日傘を追いかけることもなく、

 ただ呆然と、その場に立ち尽くしていた。


「……なんで、そんな顔するの……?」


 かすれた声。

 けれど、誰も答えない。

 遠く、アクアたちの背中が小さくなっていく。


 足が動かない。

 胸の奥に、鉛のような重さが沈む。


 ゆっくりと膝が折れた。

 白い砂が指の間をこぼれ落ちる。


「……やっぱり、私……いらなかったんだね……」


 声が震える。

 唇を噛んでも、もう涙は止まらなかった。


 ぽたり、ぽたりと、砂に落ちる雫。

 それはまるで、かつて彼が愛した少女の記憶を洗い流すように。


「……アクア……ごめんね……」

「どうして……どうして、こんなことに……」


 両手で顔を覆う。

 嗚咽が堰を切ったようにこぼれ落ちた。


「っ……好きだったのに……ずっと、好きだったのに……」


 海が応えるように、潮風が吹く。

 麦わら帽子が転がり、波間に流されていった。


 それを追いかけるように、

 シーナの視界も、涙で滲んでいく。


 もう、彼の背中は見えなかった。


「……アクアぁ……」


 その名を呼ぶ声は、

 波の音に飲まれて、誰の耳にも届かなかった。


波の音だけが、砂浜に残っていた。

 泣き疲れ、木陰で眠り呆けるシーナの傍らに、

 誰の足音もなく、ひとりの影が立っていた。


 風に髪を揺らし、遠くの海を見つめながら、

 その女は小さく肩をすくめる。


「はぁ……見てらんないね、まったく」


 メグ・バスカローネ。

 その瞳は、いつもの冗談めかした色ではなく、

 ほんの少しだけ、静かな哀しみを湛えていた。


 彼女はゆっくりと右手を掲げ、

 泣き疲れて眠るシーナの頬に、そっと光を落とす。

 それは治癒でも、奇跡でもなく──ただの“慈悲”だった。


「ま、たまには“大賢者”らしいこと、してやるか」


 淡い微笑みが、夜の波に溶けていく。

 星明かりがシーナの涙を照らし、

 ほんの少しだけ、その顔が安らかに見えた。


 そしてメグは、誰にも気づかれぬまま、

 静かにその場を去っていった。


何気にこの因縁9話から続いてんだなと

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ