歩み出す少年
前作がなろうらしく無かったから今回はそういうの目指してます
王都を抜けたその先には、静かな草原と、彼方に霞む海の気配。
風が頬を撫でるたび、胸の奥で何かが騒ぎ出す。
アクア・クレインは足を止め、背にくくりつけたそれを、ゆっくりと手に取った。
――三叉槍。
母から聞いた話し、この神器は彼が生まれ落ちたその日、海の神の祝福と共に授けられたもの。
荒れ狂う波を鎮め、嵐を呼び、投げれば必ず持ち主の元へ還る。
まさに“海そのもの”を象った槍であった。
アクアはトライデントを掲げた。
空を見上げ、静かに心の中で呼びかける。
「……お前だけが、俺の相棒だな」
突風が吹いた。
草原を揺らし、雲を押し流す風の中で、
トライデントの刃先が、雷鳴のようにかすかに煌めいた。
それはまるで、答えだった。
「……よし」
アクアは歩き出す。
この先に何があるのか、まだ知らない。
アクア・クレインは槍を背に戻すと、ただ前を見据えて歩き出した。
背中には三叉槍と、わずかな旅装。
しかしそれは、彼を勇者たらしめる装備でも、英雄の象徴でもない。武器であり、杖であり、そして――導き手。
何が欲しいのか。
何を成したいのか。
そもそも、自分が“どう生きたいのか”すら定まらぬまま。
それでも足だけは前へと進む。
風が頬を撫で、陽光が道を照らし、海鳴りが遠くに響く。
迷える少年の歩みは、確かに未来へと繋がっていた。
幼馴染に拒絶された痛みを振り払うように、アクアは海岸線の道を歩いていた。
潮風が吹き抜け、波の音が遠くに響く。
その穏やかな景色を破るように──甲高い悲鳴が響いた。
「だれかっ!助けて!」
「いやぁぁぁっ!」
声の方へ駆けると、砂浜で魔物に囲まれる親子の姿があった。
牙を剥いたその魔物は、かつて父や母が戦った“魔族”とは比ぶべくもない小さな存在。
だが、アクアにとっては初めて対峙する“命を奪う存在”だった。
背の三叉槍を手に取る。
だが足が竦む。
クレイン王国建国以来、国土に大きな戦争はなく、魔族残党も遠のいた平和な時代。
生まれてから一度も、人を傷つけたことも、命を奪ったこともない。
「……俺が、やるんだ……俺の相棒は……人を守るためにあるんだ!!」
喉が渇く。掌が汗ばむ。
それでも目の前の恐怖に、今の自分がどう応えるか──その答えを試されていた
砂浜に静けさが戻る。
倒れた魔物の傍らで、アクアは荒い息を整えていた。
「……終わった、のか……?」
呆然と立ち尽くす彼に、震えていた母子が駆け寄る。
「助けてくださって、本当にありがとうございます!」
「お兄ちゃん、すごかった!」
涙と笑顔に混ざったその声が、アクアの胸に真っ直ぐ届く。
冷たい恐怖でこわばっていた心臓が、じんわりと温かさに満たされていく。
(俺……守れたんだ……)
命を奪った重さではなく、人を守り抜いた確かな実感。
それこそが、アクアがこの瞬間に初めて掴んだ“自分の力の意味”だった。
「本当に……本当にありがとうございました! せめて、お名前だけでも……!」
母子が深々と頭を下げる。
アクアは一瞬迷った。
王族の名を名乗れば、敬意も宿も保証されるだろう。だが──今の自分には、その名に見合う誇りはない。
胸の奥に浮かんだのは、ただひとりの母の姿。
長い時を生き、人魚でありながら人間を愛した、その名を。
アクアは小さく笑みを浮かべ、力強く答えた。
「アクア……メランコリです!」
母子の目がぱっと輝く。
「アクアさん……! 絶対に忘れません!」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
その声に、アクアは少しだけ照れくさそうに背を向けた。
(今は……王族じゃなくていい。俺は俺の旅をするんだ)
アクアは砂浜を後にし、胸を張って再び歩き出した。
守れた誇りを携え、次の一歩を踏みしめる。
その頃、遠く王都にて。
ハーデスは窓辺に立ち、弟の行く末を思うように静かに目を閉じた。
「……それで良い、アクア」
隣で笑う青年の声。
アズールが肩をすくめる。
「相変わらず心配性だな、ハーデス」
「アズールもそうだろ?」
「まあな。けど、あいつはあいつでやれるさ」
玉座の間に響いた女王の声は、どこか姉らしい柔らかさを帯びていた。
「当然でしょう。私たちの弟ですもの」
ハーデスは小さく頷き、真面目な声で続ける。
「……しかし、一番に案じているのは姉上では?」
ディアドラはふっと微笑んだ。
「ええ。あの子がどんな道を選んでも、私たちは見守ります」
その言葉に、兄も弟も、自然と笑みを浮かべた。
クレイン家の絆は、血の違いを超えて、確かにそこにあった。
アクアが王国を密かに旅立ってから、丸一日が経った。
その頃、王都では――。
《速報:クレイン第三王弟・アクア・クレイン殿下、王都を無断離脱。現在行方不明との報告――》
城下を駆け巡る報せは瞬く間に広がり、ざわめきが街を揺らす。
煌びやかな装飾と香水の香りが立ちこめる王都の高級社交クラブ。
ティーカップを優雅に傾ける少女の瞳が、形の良い唇が歪み、やがて喉の奥から笑いが漏れる。
「やっぱりね。逃げ出したのね、アクア」
「夢追い人の子供は、所詮この程度。
自分の立場も、力の意味も知らないまま……放り出して歩くなんてね…女の子一人、繋ぎ止められないようじゃ“王様”なんて到底無理」
そう呟くシーナの横顔には、かつて“王妃になる”と夢を語った少女の面影はもうなかった。
シーナは扇子を軽く鳴らし、艶然と笑った。
かつて海辺で「王様になって」「王妃になる」と無邪気に誓い合った少女は、そこにはいない。
いるのは、冷徹な現実主義を纏い、己の未来を打算と計算でしか測らない女。
アクアの旅立ちなど、彼女にとっては取るに足らない“脱落”に過ぎなかった。
むしろ、それを利用して自らの立場を際立たせる材料にさえなっている。
扇子の影に浮かぶ微笑は、幼い日の純真を裏切るように、残酷なほど美しかった。
そこに一人の男がシーナの扇子の動きを眺めながら、低く笑った。
「……ご機嫌そうだな、シーナ」
低く響く声に、彼女は微笑んだ。
騎士団の制服を纏い、軍帽の下から鋭い眼光を覗かせる青年。
その名は――レグナス・ガルマ。
王国国防陸軍の将校にして、由緒あるガルマ家の次期当主。
「クレイン家のスキャンダルが、そんなに嬉しいか?まったく⋯現実的な女だ」
「私は夢を見てたわけじゃないの。
“玉の輿”に乗るために、正しい梯子を登っただけよ」
「まったく……クレイン王家はどいつも甘い。
ディアドラ女王は庶民に寄り添いすぎて威厳を欠く、アズールは海軍提督と名ばかりで、専守防衛だの人命優先だのと……お人好しも大概だ」
その声音には嘲りが混じっていた。
「そして極めつけは……あの貧弱な弟。
笑わせる。王族の庇護を離れた時点で、すぐに潰れるに決まっている」
シーナは唇を吊り上げる。
「だからこそ、アクアは脱落者。
でも私たちは違う……正しい場所に立ち、正しい未来を掴む」
二人の影は夕陽に伸び、やがて重なり合う。
それは、理想と夢を語った幼き日の面影を、完全に塗り潰す冷酷な現実の象徴だった。
海岸線を抜け、アクアは夕暮れに染まる街の門をくぐった。
灯り始めた街灯が石畳を照らし、行き交う人々の声が賑わいを作る。
「……宿、探さないとな」
呟いた声は、少しだけ心細げだった。
背中には三叉槍、懐にはわずかな金。
「……足りるかな」
肩をすくめつつも、足は自然と前に進む。
迷える少年の旅は、こうして静かに続いていった。
その夜。
アクアが宿に身を落ち着けた頃、街は濃い霧に包まれていた。
霧に沈む街道の中央に、
一人の東洋人の少女が立つ。
白装束に赤い袴──東洋の巫女を思わせる姿。
腰には鋭く光る刀を携え、月明かりにその刃が淡く反射していた。
「……この街にいる」
凛とした声が霧を裂いた。
その眼差しの先には、まだ名も知らぬ少年の姿がある
pixivでシーナの容姿公開しました、是非ご覧下さい
オリキャラ シーナ・ユークリッド | 福島ナガト #pixiv https://www.pixiv.net/artworks/135310672




