流れる旅路
書き溜めが無くなったのと仕事が忙しかったのが重なり数日空いてしまいましたが、続きです
※今回はマジの繋ぎです。
インドラ洋。
かつて多くの英雄や商人が航路を求めて渡ったという、伝説の海。
いま、その穏やかな青を切り裂くように、一隻の豪華客船が進んでいた。
甲板には雪のように白いデッキチェア、
香り高い紅茶を運ぶ給仕たち、
潮風に揺れる純白の帆。
遠くでは、群青と黄金の境界にイルカの群れが跳ねている。
──その中心に、三人の姿があった。
「……いやぁ〜♡ 戦の後のセレブリティ最高〜!クレイン王家の財力、マジで神~♡」
「姉さんたちの“心配しすぎ”の賜物だよ……。
これ、完全に貴族用じゃん……」
「ありがたいことです。
ですが、こんな贅沢……落ち着きませんね……」
「紫苑ちゃん真面目だなぁ〜。
戦争終わったんだし、たまにはリラックスしよ?
ほらアクア、紫苑ちゃんの肩とか揉んであげなよ〜♡」
「え、えぇ!?それって……」
「め、メグ殿っ……!」
「抱いたくせに〜肩揉むのは恥ずかしいんだ〜♡」
──潮の香りと笑い声。
空には雲ひとつなく、海はまるで鏡のように光を映していた。
あの戦乱の地からまだ数日。
けれど、アクアの胸に吹く風は、確かに“平和”の香りを運んでいた。
──数日前、日ノ本の港にて。
姉や兄達との別れ
「では三人共、私たちはこれで帰るけど……」
彼女は柔らかく微笑みながら、背後を指した。
そこに並んでいたのは、白亜の巨船。
幾つもの甲板と金の装飾、中央には青の王家の旗がはためいている。
光を受けて煌めくその姿は、まるで海を渡る城のようだった。
「船を用意させたから、使ってね。
クレイン王国の外交艦でもあるの。
食堂には専属シェフ、浴場は温泉水を引いてあるわ。
航海士も従者も腕利き揃いだから、安心して旅を続けられるはずよ」
「ヤバ!! でっかい船!」
「姉さん!流石に要らないって!」
「遠慮しなくていいわ♡」
少し悪戯っぽく微笑みながら、彼女はアクアの肩を軽く叩いた。
「“私達の弟”の旅にふさわしい船を用意しただけよ。
……それに、紫苑さんとの結婚祝いも兼ねてよ」
「えっ!? そ、そんなつもりじゃ……!」
「で、ディアドラ陛下っ!?」
「ぷっ♡ 新婚旅行〜〜♡」
「ふふ、若いっていいわね。──気をつけて行ってらっしゃい」
──そうして今、インドラ洋を南へ進む彼らの旅が始まった。
潮風が心地よく吹く午後。
船の甲板では、ティーセットと南国の果物が並び、
優雅すぎる時間が流れていた。
「……私の祖国に多大な援助、そして旅の支援。
さらには自ら戦場へ赴く武勇……陛下は、まさに理想の王ですね」
「へへ……ありがと」
どこか誇らしげに頭を掻くアクア。
彼女が言う“陛下”とは、自分の姉──ディアドラのことなのだから、
照れずにはいられない。
「いやぁ〜でもホント、ディアドラさんって万能すぎるよね。政治も戦も美貌もパーフェクト、しかもアタシや紫苑ほどじゃないけどおっぱいデカい!」
「……姉さん聞いたらまた説教するぞ……。
“下品な話をしてる暇があるなら修行しろ”って」
「あ〜それ、言いそう〜! あの“阿修羅モード”で!」
紫苑は想像して震える
「ひぃっ……」
──海風と笑い声が、青い水平線に溶けていった。
デッキの上。
潮の匂いと紅茶の香りが混じる午後、
アクアたちはゆるやかに会話を続けていた。
「……しかし、ディアドラ陛下には敵いません。
私たちがどんなに隠そうとしても、すべてお見通しでしたね……」
「はは……そりゃそうだよ。
姉さんが頭上がらない相手なんて、両親くらいだもんな」
「やっぱディアドラちゃん最強説、確定だね〜♡」
「確定どころか、下手すりゃ世界で一番喧嘩売っちゃいけない人だよ。
“無敗の女王”“一国分の兵力を一人で凌ぐ剣”“知略と美貌の化身”──どの二つを取っても手がつけられない」
「そんな方が“弟想い”なのですから……。
あの方こそ、“王”の理想そのものです」
「いやほんと。
世界の王様が集まって“誰に逆らっちゃダメか会議”したら、全会一致でディアドラさんだよね〜」
「……それは多分、冗談じゃ済まないと思う」
「少し、同意します……」
──冗談を交わしながらも、
誰もが心のどこかで“ディアドラ最強”を疑っていなかった。
紫苑が更にディアドラの強さに感心を示す
「しかし、あれほどの強さ…ディアドラ様は底がしれません」
「……はは……それ、冗談じゃなくてマジなんだよ……」
「え?」
アクアは少し遠い目で、手にしたカップを見つめた。
そう、アクアが物心着いてから現在までアクアの記憶はディアドラの武勇で溢れている
「たとえば──」
「8歳の時、国を襲った古龍を“素手で”倒したらしい。城下の連中、全員腰抜かしたってさ」
「……素手で、古龍を……?」
「9歳で今の大剣を片手で振り回してた。あの60kgのやつな。20歳で王位に就いて、21歳で2km先の的を“対物ライフル”で片手撃ち。
あ、あと──地震が起きたとき、地面殴って止めたこともある」
「地震を……“止めた”?“殴って”!?」
「うん……“揺れるな”って一言で止まったんだって……。あの瞬間の父さんの顔、今でも忘れられない……」
以前対戦した事のあるメグはあの時味わった悪寒を思い出す
「ひぃ〜……こわっ……!もう人間やめてる〜!」
「そう。だから“阿修羅の化身”って呼ばれてる。
正直、姉さんに勝てる奴、この世にいる気がしない……」
「……殿のご姉君……やはり規格外です……」
──笑いと戦慄が入り混じる中、
波の音だけが静かに彼らを包み込んでいた。
「ねぇアクア、それってどんな強化魔法使ってるの?筋力増強?超再生?それとも戦神加護とか?」
「確かに……。
古龍を素手で討つなど、尋常な力では不可能です。
どのような強化術を?」
アクアは不思議そうに返す、
「え? 姉さん、バフとかないよ? あれフィジカルだよ?」
「……は?」
「生身……!? 生身であの力なの!?」
「うん。あの人、“体鍛えたらこうなった”って普通に言ってた。たぶん努力の方向性が神に近い」
「努力で神域に……!? そんな理屈が……」
「筋トレで地震止める女とか、もう概念がバグってる〜!!」
「……うん、だから姉さんは“人類代表の天罰”って呼ばれてる」
「わ、私、もう殿の一族の方々に恐怖しか覚えません……っ」
「安心して。姉さん、怒らなければ優しいから」
「“怒らなければ”のハードルが高すぎるんよ!」
──海の上に、笑いと絶望が混じった声が響いた。
「“怒らなければ優しい”って、前提が修羅場なんだよねぇ〜」
「で、ではっ……!」
目を輝かせながら、紫苑が身を乗り出した。
「その、大剣……! どのような神器なのですか!?きっと神々の鍛冶師が打った伝説の聖剣に違いありません!」
しかし、アクアからの返答はまたも紫苑が意図しない答えだった。
「え? あれ神器じゃないよ?」
「……え?」
「“ただの大剣”だよ。
60kg分の鋼をぶん投げて、気合いで打っただけ」
「…………(放心)」
「やばい……紫苑ちゃん、魂抜けた……」
「姉さん、鍛冶場の親方に“これ以上重くしたら人間が持てないぞ”って言われて、
“私は持てる”って返したんだよ」
「……そ、そんな狂気……!」
「“勇者の血筋”じゃなくて“狂人の血筋”かもしれんね〜♡」
「やめてよ、身内の紹介が犯罪者みたいになってるから!」
──そして紫苑は、
この世に“努力で神話を超える女”が実在することを、心から理解したのであった。
「あの大剣は姉さんが始めて手応えを感じた相棒なんだよね、俺のトライデントと一緒」
「手応え……!? 神々の槍でも重いはずでは……」
「いや、姉さん基準では“木の枝”らしい」
「もはや筋肉の暴力で神話を書き換えてるじゃん……」
アクアは先日の戦いを思い出す
「……でも、そう言えばあったよな。
日ノ本でイザナミと戦った時、姉さんの大剣と“天逆鉾”がぶつかったシーン。
あの時、天逆鉾のほうは無傷だったんだ」
「た、確かに……」
「あれって単純に“神器と人器”の差だよ。
でも、俺のティターノトライデントは“神器と神器”だからぶつかり合って天逆鉾は砕けた。
あの瞬間、やっと並べた気がしたんだよね……姉さんに」
「いや〜、家族レベルで規格外。
人類の血筋が“神器の耐久テスト”する家って何なの……」
「殿のご家族……この世の理の外に居ます……」
「まぁ、俺もたまにそう思う」
──静かな海を前に、三人は笑い合った。
けれどその笑いの裏には、確かに“神すら越える血の系譜”の実感があった。
「……本当に“阿修羅”の転生じゃないのかなぁ。気になる……ちょっと覗いてみよ〜〜」
指先が空をなぞる。
──メグは片手で額を押さえ、意識を集中させた。
瞳が光を帯び、周囲の空気がわずかに揺らぐ。
──次の瞬間、彼女の意識は過去へと飛ぶ。
灼熱の戦場。紅蓮の空。
「……何処だ、ここ?」
──目を開けた瞬間、そこは炎と光の荒野だった。
天を焦がす咆哮、地を裂く轟音。
紅蓮の中、三つの顔を持ち、六本の腕を広げた鬼神が立っていた。
その瞳が、ゆっくりとメグを見下ろす。
圧倒的な神気。呼吸すら許されぬほどの存在感。
そこに低い声が鳴り響いた
「修羅道…」
「……人が、よくも覗いたな」
阿修羅王
その瞳に燃える炎は、まさに怒りの神。
再びその声が響いた
「バラしたら……殺す」
「………………」
メグは無言で現世へ帰還した
「……おかえり、メグ」
明らかに様子がおかしいメグ
「う、うん……何も見てない……何も見てないよ……」
「め、メグ殿……?」
(阿修羅さんガチだった……!
“阿修羅の化身”って比喩じゃなかった……!!)
「言ったろ……うちの姉さん、冗談じゃ済まないんだって」
──その日、メグは生まれて初めて“本能的な恐怖”を覚えた
ゆるやかに波を切る音が、甲板の下にまで響いていた。
黄金の夕陽が水平線へと沈みかけ、海面は橙と群青のグラデーションを描く。
船内はまるで王宮のように磨かれ、ガラスのシャンデリアが天井から煌めきをこぼしていた。
そんな中、静かに扉がノックされた。
「アクア殿下、夕食の準備が整いました」
黒服の使用人が深々と頭を下げる。
アクアが立ち上がると、隣の紫苑とメグも自然とついていった。
案内された食堂は、まさしく海上の宮殿だった。
長い白亜のテーブルの上には、銀の食器と水晶のグラスが並び、
中央には季節の花が生けられ、柔らかな灯りが揺れている。
窓の外には、群青の海を滑るように進む船体と、遠くに沈みゆく太陽。
夕焼けの反射が三人の顔を淡く照らしていた。
アクアは思わず息を呑んだ。
「……姉さん、どこまで用意してくれたんだよ」
紫苑は微笑みながら席に着き、
「流石はディアドラ陛下ですね。戦の女神が設えた饗宴……贅沢の極みです」
と、グラスの水を静かに掲げた。
メグはというと、隣で早くも皿を覗き込んでいる。
「ねぇ見て見て!この肉、軽く炙って金粉かけてるよ!
アタシ今、“庶民としての誇り”が消えてく感じ!」
笑い声が船内に響く。
波の音と、金の器が触れ合う軽やかな音が混ざり合い、
それはまるで、静かな夜の祝福のようだった。
テーブルの上には、白い皿の上で湯気を立てる料理が次々と並べられていった。
まず、香ばしいハーブの香りをまとった海老のソテー。
焼きたての表面には黄金色のバターが溶け、滴る油が皿の上で小さく弾ける。
ひと口食べると、ぷりぷりと弾ける身から潮の甘みが広がり、
その瞬間、三人の表情が自然とほころんだ。
次に運ばれたのは、赤ワインソースを纏った分厚いステーキ。
ナイフを入れれば、中心はほんのり桜色。
肉汁が溢れ、香ばしい香りが鼻をくすぐる。
アクアが無意識に喉を鳴らした。
「……うまっ……!」
紫苑も、慎ましくフォークを口に運びながら、
瞳を閉じて小さく息を吐く。
「……やわらかい……。まるで舌の上で溶けるようです」
メグはもう完全に遠慮がなかった。
ステーキを豪快に頬張り、ワインを口に含む。
「うっわ〜〜〜! これ反則っ♡ 肉が主食、ワインが副菜って感じ!!」
パンは表面がカリッと焼かれ、中はふわふわ。
スープはトマトの酸味にハーブが香り、
口に入れた瞬間、体の芯まで温まるようだった。
食堂の窓の外では、夜の海が黒い絹のように静かに揺れている。
波のリズムと銀の食器の音が心地よく混ざり、
束の間の平和が、確かにそこにあった。
夜の帳が、ゆっくりと海を包み込んでいた。
風は柔らかく、潮の香りが微かに漂う。
デッキには小さなランタンが灯され、波に揺らめく光が金色の筋となって海面を撫でていた。
アクアと紫苑は、二人掛けのデッキチェアに並んで腰を下ろしている。
寄せ合う肩が触れるたびに、紫苑の髪がふわりと揺れ、
月光を受けて銀糸のように輝いた。
少し離れた場所では、メグがハンモックに寝そべり、
片手にワイングラス、もう片手にスナック菓子。
ときおり風に揺られながら、気持ちよさそうに鼻歌を口ずさんでいる。
頭上には、果てしなく広がる星空。
空と海の境界が分からないほど澄んだ夜だ。
アクアが、静かに口を開いた。
「俺……旅に出て、紫苑やメグに出会わなければ……
きっと、こんな景色を見られなかったんだろうな」
紫苑は隣で、そっと目を細める。
「殿がいたからこそ……私は、生きてここにいられます。
あの戦の夜も……ずっと殿の背中を見ておりました」
アクアは照れくさそうに笑い、
空を見上げながらぽつりと呟いた。
「……なんか、不思議だよな。
戦って、泣いて、笑って……気づけば“幸せだな”って思ってる」
メグが、ハンモックからゆらりと身を起こし、
ワインを掲げて言った。
「じゃあ、乾杯しよっか。
世界が平和になりますように──
あと、アタシらの旅が、ずっと面白いままでありますように!」
星々が瞬き、海が小さく囁いた。
波間に映る三人の笑顔は、確かに“英雄たちの姿”だった。
戦いの後の静けさの中で、彼らの旅は、まだ終わらない。
夜風が優しく吹き抜け、波の音が遠くでさざめいていた。
船上のランタンが淡い金色の光を揺らし、
その下で、アクアと紫苑はそっと互いに視線を交わした。
紫苑の瞳は、夜空の星よりも静かに輝いていた。
「殿……♡」
その一言に、アクアの胸が締めつけられる。
言葉など要らなかった。
紫苑は、愛を確かめるようにゆっくりと顔を近づけ、
そっとアクアの唇に触れた。
潮の香りと、甘い息が混ざる。
刹那、時が止まったように、世界はただ静かに満ちていた。
アクアも優しく腕を回し、紫苑の細い肩を抱き寄せる。
「……紫苑……」
彼の声は、波間に溶けていくように柔らかかった。
二人の影が月光の下で一つに重なり、
まるで夜空に浮かぶ星が、彼らを祝福するかのようだった。
そして──背後から、そっと温もりが加わった。
「うん、うん……アタシら、最高の仲間だよ〜……!」
メグがふわりと二人を包み込むように抱きしめた。
ワインの香りと、少し酔った笑み。
だけどその瞳は、誰よりも優しかった。
アクアと紫苑は顔を見合わせ、自然と微笑んだ。
この旅で流した涙も、失ったものも、全部がこの瞬間へと繋がっていた。
三人を包む夜風は、まるで“家族”のように穏やかであたたかい。
海は静かに揺れ、空の星々が一斉に瞬いた。
それは、彼らの新しい明日を祝福する光だった。
夜風がやわらかく頬を撫で、海面には無数の星が揺れていた。
潮騒が遠くでささやき、静かな時間だけが三人を包む。
メグはグラスを片手に、にやりと笑う。
「ねぇアクア、紫苑〜。結婚式、絶対呼んでね♡」
紫苑は頬を染めながら、そっと微笑んだ。
「……勿論。貴女がいてくださらなければ、私たちは出会えませんでしたから」
アクアも照れくさそうに後頭部をかき、
それでも真っ直ぐに笑って答える。
「1番いい席、用意するよ。メグは俺たちの──最高の仲間だから」
その言葉に、メグの目が優しく細められた。
「ん〜、嬉しいねぇ……ほんと、アタシたち最高のトリオだよ」
三人は肩を寄せ合いながら、しばらく無言で星空を見上げていた。
戦いの記憶も、痛みも、今はただ遠い波の音のように静かだった。
夜空の星々が、まるで祝福するように瞬いている。
それはきっと――英雄たちの“明日”を照らす、優しい光。
──こうして、アクアたちは改めて絆を確かめ合った。
血でも運命でもなく、共に歩んだ日々が結んだ“仲間”としての絆。
それは何よりも強く、美しいものだった。
そして翌朝。
東の空がゆっくりと朱に染まり、
水平線の向こうから太陽が顔を出す。
新しい一日、新しい旅の始まり。
潮風が頬を撫で、海が黄金色にきらめく。
アクアと紫苑、そしてメグは甲板に立ち、
眩しい光に目を細めた。
メグが両手を広げて、大きく伸びをする。
「はぁ〜……激エモ〜! 朝日って毎日見ても飽きないねぇ〜!」
アクアは笑いながら肩をすくめる。
「ほんとだな……この世界、まだまだ捨てたもんじゃない」
紫苑は優しく頷き、アクアの隣で囁いた。
「殿と共に見る朝日は、どんな景色よりも美しゅうございます」
メグがくるりと振り返り、からかうように言う。
「お熱いねぇ〜♡ でもさ、旅はまだ続くんだよ?」
三人の笑い声が、朝焼けの空に溶けていく。
──それは新しい物語の幕開け。
英雄たちの旅路は、まだ終わらない。
──それは、穏やかな朝だった。
黄金色に染まる海を眺めながら、アクアたちは笑い合い、
新しい旅の始まりを感じていた。
だが──幸福な朝は、あまりに静かすぎたのかもしれない。
紫苑がふと目を細め、水平線を指差した。
「殿……あれは……」
アクアも目を凝らす。
朝霧の向こう、波間に小さな影が揺れていた。
メグが眉をひそめる。
「小舟……? いや、漂流船じゃない?」
次の瞬間、彼女の瞳が淡く光る。
「千里眼、展開──……! ヤバ! 人がいる! 気絶してる!!」
アクアは一瞬も迷わなかった。
「今助ける!」
船を寄せ、荒れる波をかき分ける。
漂流船の上には、ぐったりと倒れた一人の少年が横たわっていた。
年の頃はアクアより少し下──
その手には、奇妙な紋章が刻まれた短剣が握られている。
アクアは彼を抱き上げ、必死に声をかけた。
「おい! しっかりしろ!」
メグが急いで回復魔法を施し、紫苑がタオルを広げて支える。
その頬に少しずつ血の気が戻り、少年の指がわずかに動いた。
──この出会いが、彼らの運命を大きく変えることになることを、
まだ誰も知らなかった。
この出会いが、彼らの運命を大きく変えることになることを、
まだ誰も知らなかった。
次回、最終章突入。
“再会”と“ケジメ”の物語が、いま始まる。
──そして、同じ頃。
とある街の片隅。
薄暗い路地裏で、ひとりの女が壁にもたれ、
焦点の合わない瞳で呟いた。
「アクア……ふふっ……ふへへ♡ 絶対追いつくから……♡」
その声は、優しさと狂気が入り混じったように震えていた。
彼女の唇には笑み、だが頬には涙の跡。
月明かりが、その歪んだ微笑を淡く照らしていた。
日ノ本編と最終章突入の繋ぎでした




