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日ノ本の夜明け

今回で大分進展します

途中もう祭りのヒーローショーぐらいの感覚で書きました

──深い闇の中。


月明かりすら届かぬ異界の空間で、ひとりの女が立っていた。

その姿は黒い靄に覆われ、輪郭すら曖昧。

ただ、紅の瞳だけが爛々と輝き、狂気を宿していた。


「……フフフ……」

女の笑い声が、底知れぬ闇に響く。


「神を騙る愚か者め……所詮は神器がなければ、ただの人間……」


指先で何かを撫でる仕草。そこに浮かぶのは、禍々しい紋様の刻まれた古き札。

闇がそれに反応するかのように蠢く。


「神のなりそこないが……」

女は舌なめずりするように笑みを深めた。


「今度こそ、本物の“神”が引導を渡してあげましょう」


――ぞわり、と不吉な気配が夜空を覆い尽くしていった。


夜が白み始め、會桜城に朝の光が差し込む。

城壁の上では兵たちが既に持ち場につき、鎧の音や号令が響いていた。


昨日まで疲労で立つのもやっとだった兵士たちの顔に、今は血色が戻っていた。

新たに配られた銃器を大事そうに抱え、試し撃ちの音が乾いた空気を切り裂く。


「弾が切れるまで敵を寄せ付けぬぞ!」

「昨日の殿下の一撃を見ただろう! 今度は我らの番だ!」


兵たちの声は朗らかで、笑顔さえ浮かんでいる。

まるで絶望に抗う氣迫が、城全体を覆っていた。


紫苑は城壁に立ち、兵たちの姿を見渡す。

「……皆、よくぞここまで……」

昨日までの重苦しさは、今や誇り高い決意に変わっていた。


アクアも隣に立ち、拳を握る。

「よし……これなら……第二波が来ても、負けない」


會桜城は、再び戦える城へと甦っていた。


城壁に並ぶ兵士たちの間に、のほほんとした声が響いた。


「みなさーん! 弾は無限にあるからねー!」


振り返れば、メグが大きな袋をぽんと叩きながら笑っている。


「多少の怪我ならすぐ治せるんで心配なくー! ドンと撃って、ドンと斬って、ドンと叫んじゃえ♡」


兵士たち「「おおおおおっ!!」」


笑いと歓声が広がり、緊張に包まれていたはずの城壁が一気に和やかな空気に変わった。


「これなら……! 昨日以上に戦える!」

「我らには大賢者様までついているぞ!」


紫苑は呆れ顔をしつつも、少し口元を緩める。

「……メグ殿は、本当に……頼もしいお方です」


アクアも肩を竦めて笑った。

「いやほんと……心強いよ」


會桜城の士気は、もはや天井を突き抜けるほどだった。


朝霧を突き抜けて、攘夷軍の鬨の声が轟いた。

昨日の敗北を覆すため、さらに増援を加えた数万の兵が波のように押し寄せてくる。


「來たぞォォ!!」

「會桜を討ち滅ぼせぇぇ!!」


その瞬間、城壁の上で轟音が走った。


──ドドドドドドドドッ!!


新たに配備された自動小銃が、一斉に火を噴く。

弾丸の雨が敵軍の最前列を薙ぎ倒し、土煙と血飛沫を巻き上げた。


「う、うわあああっ!!」

「こ、こんな連射……あり得ん!!」


「撃ち続けろ! 弾は尽きぬ!」

「前へ出すな! ここで食い止めろ!!」


兵士たちは分隊ごとに配置され、互いの死角を補いながら火力を集中させる。

小隊規模で襲いかかる攘夷軍も、数秒と持たずに粉砕されていった。


さらに、簡易に据え付けられた分隊支援火器部隊が火を吹く。

「撃ち下ろせぇぇ!!」

──連射音は雷鳴のように響き渡り、地を這う敵の列を切り裂いた。


「な、何だこれは……!?」

「會桜は昨日とは別物だ! あんな武器、聞いたことがない!!」


紫苑は剣を抜き、背後の兵たちに声を張る。

「怯むな! 我らの城を守るのだ!」


「おおおおおおっ!!」

會桜兵たちは熱に浮かされたように歓声を上げ、銃弾の雨を浴びせ続けた。


やがて敵軍の突撃は、何度押し寄せても数分と持たずに崩壊する。

昨日までの絶望的な籠城は、今や一方的な撃退戦へと変貌していた。


城壁の上、メグは肩を竦めて笑う。

「ほらね〜? 最新鋭兵器ってやっぱ正義♡」


アクアは隣でトライデントを構え、迫る残党を一撃で吹き飛ばす。

「よし……ここまでは順調だ……!」


敵軍の大群はなおも波のように押し寄せていた。

「数で押せ! 一気に會桜を潰せぇぇ!!」

「突撃ぃぃぃ!!」


アクアは城壁の上に立ち、静かにトライデントを構えた。

刃先から光が迸り、槍全体が震えるように唸る。


「……行くぞ。──ギガノトライデト!!」


大地が震え、堀の水面が盛り上がり、空気が唸りを上げる。

次の瞬間、槍先から放たれた矢尻の光が──三百に分裂し、雨のように敵軍を覆い尽くした。


「ひ、光が……!? なんだこれはァァ!!」

「ぎゃあああああっ!!」


矢尻は一つひとつが必中の槍となって敵兵を貫き、馬を倒し、戦陣を蜂の巣に変える。

同時に大地が鳴動し、地割れが走り、進軍していた攘夷軍の陣列が瓦解した。


──轟音。

──地響き。

──絶叫。


全てが一つの光景に飲み込まれる。


煙と土埃が晴れたとき、そこに残っていたのは、瓦解し四散した敵軍の残骸だけだった。


「な、なんだあの力は……!」

「神か……!? あれは神の武だろう!!」


會桜兵たちは目を見開き、息を呑む。

紫苑はその背中を見つめ、震える声で呟いた。

「……殿……」


アクアは槍を肩に担ぎ直し、ただ一言。

「……會桜は、守られる」


その言葉は兵士たちの胸を打ち抜き、歓声となって爆発した。

「おおおおおっ!! 會桜万歳!!」

「アクア殿下万歳!!」


こうして攘夷軍は壊滅的な損害を受け、戰は一気に會桜側の大勝利へと傾いた。


戦場に、甲冑のきしむ音と叫声が響き渡っていた。

だがそれはもう怒号でも進軍の鬨の声でもなく──敗走する兵たちの悲鳴だった。


「うわあああっ! 化け物だ、あれは人の力じゃない!!」

「退けぇ! 退けぇぇぇ!!」

「會桜に勝てるわけがないッ!!」


攘夷軍は総崩れとなり、列を乱して逃げ惑う。

槍も旗も投げ捨て、仲間を踏み倒しながら、命からがら戦場を離れていった。


會桜兵「……勝った……」

會桜兵「勝ったぞォォォ!!」


天守閣から見下ろす兵士たちが、拳を突き上げて歓声を上げる。

「會桜は不滅なり!」

「殿下と紫苑様のお陰だ!」

「我らの國はまだ生きているぞ!」


崩れかけていた士気は一気に最高潮に達し、歓喜の波が城内を駆け巡った。


紫苑は剣を収め、アクアの隣に立つ。

「……殿……本当に……」

その瞳には、涙が滲んでいた。


アクアは静かに頷く。

「……よかったな、紫苑」


メグは腰に手を当て、肩を揺らして笑った。

「いやぁ〜、勝っちゃったねぇ♡ もはや完封勝利ってやつ?」


こうして會桜戦争は終結した。

だがその勝利の背後に──まだ見ぬ“真の敵”の影が、確かに忍び寄っていた。


その夜、會桜城の大広間は歓声と笑いに包まれていた。

酒樽が次々と空けられ、膳が並び、兵も民も入り混じって勝利を祝う。

「勝ったぞォォ!!」

「會桜万歳!!」

「殿下万歳!!」


松容は盃を掲げ、声高らかに叫んだ。

「今日の勝利は、會桜の未来を繋いだ一歩だ! 我らの感謝は尽きぬ!」


崇真も席を立ち、アクアへと歩み寄る。

その顔は、父としての誇りと感謝に満ちていた。


「アクア殿……」


「は、はいっ!」


崇真は深々と頭を下げる。

「會桜を救ってくださった功、その恩は一生忘れませぬ。……そして──」


会場の空気がふっと和らぎ、紫苑が小さく肩を震わせる。


崇娘・紫苑を、どうか……宜しくお願いします申します」


「っ……!」

アクアの頬が真っ赤に染まる。

紫苑も目を見開き、顔を覆いそうになりながら、じわじわと赤くなっていく。


「父上……! そのようなことを……!」

「お、俺は……っ、その……!」


兵士や民たちは「おお〜!」「めでたい!」と笑い、酒を打ち鳴らして囃し立てた。


メグは隅でニヤニヤしながら

「いやぁ〜、親公認とか……青春だねぇ♡」


アクアと紫苑は互いに視線を合わせることもできず、ただ顔を真っ赤にして固まっていた。


盃と笑い声で満ちていた大広間。

だがその喧騒を切り裂くように──


「……ねぇ、“偽りの海神”──」


冷ややかな女の声が、どこからともなく響いた。

「あなた、どこまで神に抗えるのかしら?」


次の瞬間、大地が唸りを上げた。

杯が倒れ、膳が揺れ、天井から塵が舞い落ちる。


「な、なんだ!?」

「地震……!?」

「ち、違う……これは……っ!」


アクアは即座に立ち上がり、トライデントを構える。

「……誰だ!」


メグは酒杯を放り捨て、いつになく真剣な顔で空気を見据えた。

「……来たよ。黒幕──」


紫苑は腰の刀に手をかけ、蒼ざめた顔でアクアの背に立つ。

「殿……これは……ただの人間の仕業では……!」


宴は一瞬にして凍りつき、祝勝の夜は恐怖と不安に塗り潰されていった。


城外へ飛び出すアクア達


轟音と共に、夜空が裂けた。

光ではない。

闇の奔流が、天を裂き、大地を覆い尽くす。


「うわああああっ!!」

「な、なんだこれは……っ!?」

「黒い霧……息が……く、苦しい……!」


城下の人々が次々と膝をつき、兵たちも思わず武器を落とす。

空から降り注ぐ霧は、ただの瘴気ではなかった。

──神を名乗るにふさわしい、圧倒的な“死”の気配。


アクアは歯を食いしばり、トライデントを構える。

「こいつが……黒幕……!」


そして、闇の中心に“それ”は姿を現した。


白い死装束を纏い、髪は黒い奔流のようにうねり、瞳には光も慈悲もない。

その姿は、美しくも恐ろしく、ただ見るだけで魂が凍りつくようだった。


「──黄泉津大神 イザナミ」


メグが小さく呟いた。

その声は、いつもの軽薄さを欠き、張り詰めていた。


イザナミは冷笑を浮かべ、紅の唇を開く。

「攘夷派の連中……使えない奴らね……。ただの捨て駒にもなれないとは」


その声音には、人を人とも思わぬ冷たさがあった。


紫苑は刀を震わせながらも叫ぶ。

「な、なぜ……神話の御名を持つ存在が……ここに……!」


アクアは前へと進み出る。

「……神だろうが何だろうが……! 俺は、紫苑の故郷を守る! 仲間を守る!!」


イザナミの唇が再び嗤った。

「面白い……“偽りの海神”。ならばその矮小な力で──黄泉を覆せるか、試してごらんなさい」


──そして、死と闇の神を相手取った、決戦の幕が上がった。


黒い霧が渦巻き、天地そのものが怨嗟に軋む。

イザナミは空に佇み、神々のような威容を広げた。


「……攘夷戦争はただの序章。人と人が血で血を洗うこの機こそ──滅亡の兆し」


その声は澄んでいるのに、耳に触れるたび血を凍らせる。


「日ノ本……この国は、今宵をもって滅ぶべし」


兵士や民衆が次々とその場に膝をつき、震え声で呻いた。

「ひ……ひぃ……神罰……!」

「わ、我らは終わるのか……!」


イザナミの瞳が赤く燃え上がり、憎悪を吐き出すように叫ぶ。


「我が夫、イザナギは世界を生み、子らを広げ……」

「だが私は裏切られ、黄泉に堕ちた。性の全てが……生の全てが……憎らしい……!」


その叫びと共に、霧は大蛇のようにうねり、會桜の城壁を舐める。

兵士たちは必死に抗おうとするが、ただ立つことすら難しい。


アクアは歯を食いしばり、叫んだ。

「ふざけるな! 日ノ本は──紫苑の故郷は、絶対に滅ばせない!!」


紫苑も刀を抜き、アクアの隣に立つ。


メグはにやりと笑った。

「……ま、神様相手だろーがやることは同じだよね。アクアきゅん、紫苑ちゃん、準備はいい?」


「おう!!」「いつでも!」


イザナミは紅の唇を歪め、声を轟かせる。

「さあ、抗ってみせよ! 黄泉の神を前に、いかほど足掻けるのか!」


人と人との争い、その真相には死の女神が糸を引いていた


──天地を裂く決戦の幕が、今まさに切って落とされた。


「お前が“神”なら──俺が“神殺し”になる!」

アクアの声は鋼のように強く、決意が震えとなって周囲を突き抜けた。


メグが横目でニヤリと笑う。

「いーよアクアきゅん、やっちゃえやっちゃえ〜♡」

だがその額の皺は真剣そのもの。彼女の指先が微かに光り、支援の気配が流れ始める。


イザナミは淡々と笑う。白布の裾が禍々しく翻り、彼女の右手に握られているのは──天逆鉾


城の上空で蒼と黒の光がぶつかり合い、天地を裂く轟音が響く。

アクアのギガノトライデントと、イザナミの天逆鉾が噛み合い、互いに一歩も引かない。



アクアが叫び、力任せに押し込む。


イザナミは冷ややかに見下ろし、黒い霧を槍にまとわせた。

「思い上がるな小僧……。人の血を引いている存在が、この私に挑むなど笑止千万」


「うるさい!! 紫苑の故郷も、仲間の未来も……神様の玩具じゃないんだよ!!」


「……愚か。生まれながらに滅びゆく者たちを、どうしてそこまで庇う?」

イザナミの声が氷刃のように突き刺さる。

「裏切りも、絶望も、すべて“人”が生み出したもの……私はそれを赦さない」


アクアは歯を食いしばり、力を込める。

「だったら──! 俺は“赦す力”を信じる!! それが父さんや母さんから教わったことだ!!」


「……父? 母? そんなものは呪いの鎖に過ぎぬ……」

イザナミが槍を振りかぶると同時に、黒い稲光が奔った。

「人の愛も、絆も、すべて腐り落ちる……黄泉の淵で、思い知れ!!」


「腐り落ちるもんか!!」

アクアの声が雷鳴に重なり、ギガノトライデントが青白い閃光を放つ。

「俺は紫苑を信じてる! 仲間を信じてる! この槍は、絶対に折れない!!」


二本の神器が激突し、蒼と黒の閃光が爆ぜた。

兵士たちはその光景に言葉を失い、ただ膝をついて祈るしかなかった。


「来いよ、イザナミ!!」

「滅びよ、海神!!」


天地を揺るがす怒声が重なり合い、戦場は神話の舞台と化した──。


「征けえええッ!!」

アクアが叫び、ギガノトライデントを振り抜いた。

蒼い奔流が天を裂き、海そのものが槍先から溢れ出す。

津波のような水の壁が、怒涛の轟音を響かせてイザナミを呑み込まんと押し寄せた。


「ふん……浅い」

イザナミが静かに天逆鉾を突き立てる。

大地が応えるように震え、山脈そのものが隆起するかのごとく土石の巨壁がそびえ立つ。

水と岩がぶつかり、天地が崩れるような衝撃が走った。


──ゴオオオオオオッッ!!


「うおおおおおッ!!」

アクアの津波が城を覆い、砦を揺らす。

「沈めぇぇぇええ!!」


「甘いわ!」

イザナミの叫びと共に、大地の壁がさらにせり上がり、山岳が水を裂き、砕き、空へと舞い上がる。


蒼と黒、海と大地。

二つの力は拮抗し、激しく衝突を繰り返した。

津波が砕け散り、雨のように降り注ぐ。

山が砕け、礫となって戦場を叩き潰す。


「俺は──負けないッ!」

「小僧如きが神に挑むかッ!」


大地と海の衝突は、やがて戦場全体を巻き込み、

まるで神代の国産みが再現されているかのようだった。


城下の人々は泣き叫び、兵士たちはただ祈るしかなかった。

「海と……大地が……戦っている……!」

「これが……神の戦い……!」


互いの力は互角。

しかし、空に浮かぶイザナミの口元には、冷たい笑みが宿っていた。


アクアは汗を散らし、全身を震わせながらトライデントを振り上げた。

「紫苑のために……ッ!!」


大気が鳴り、水が震え、再び城を呑み込むほどの津波が槍先から噴き上がる。

「トライデントォォォ!!」


轟音と共に蒼海の壁が天地を覆い、イザナミを直撃すべく迫る。


だがアクアは止まらなかった。

その瞳は紫苑を一瞥し、決意に燃えてさらに叫ぶ。


「……もう一つある! 征け──ゲイボルグ!!」


瞬間、津波の内部から無数の光が閃いた。

槍先から放たれた三百の矢尻が水と共に解き放たれ、まるで怒涛の雨あられとなってイザナミへ襲いかかる!


「なっ……!?」

イザナミの眉が僅かに動く。

津波そのものが矢の群れに姿を変え、空と大地を突き破って降り注いだ。


「ぎゃああああっ!!」

霧の獣がまとめて貫かれ、黒い瘴気が四散する。

矢は逃げ場を許さず、確実に獲物を穿ち砕いていった。


「これが……殿の……!」

紫苑の目が大きく見開かれる。


アクアは全身全霊を込めて押し出す。

「俺は、紫苑の故郷を守るためにここまで来たんだッ!!!」


──城下から見上げる者たちには、それは“神話の再演”に映った。

蒼い津波が天を覆い、矢の光が星雨のように降り注ぎ、黄泉の影を薙ぎ払う光景。


イザナミは天逆鉾を構え直し、受け止めながらも顔を歪める。

「ぬ……っ……! 小僧……ッ、この力……!」


矢尻が地に突き刺さるたび、大地は裂け、黒い霧は祓われていく。

人々の目に、ただひとつの姿──紫苑のために全てを懸けるアクアの背中が焼き付いた。


三百の矢尻が雨霰のように降り注ぎ、黒霧の獣たちは次々と貫かれ、消え失せていった。

兵士たちの間に歓声が上がる。

「勝ったぞ!!」

「殿下が神を……!!」


アクアはトライデントを握りしめ、息を荒げながら叫んだ。

「……まだだ! 俺は絶対に──紫苑の未来を……守る!!」


だがその時。


イザナミがふっと口角を吊り上げた。

「──なるほど。ほんの少し、侮っていたかもしれぬ」


天逆鉾を地へと叩きつける。


ズゥゥゥゥン……!!


大地が呻き、山そのものが逆巻いて噴き上がった。

崩れた城壁が宙を舞い、石と土の奔流が暴風のようにアクアを襲う。


「なっ──ぐぅッ!!!」

アクアの身体が岩に叩きつけられ、空を裂いて吹き飛んだ。

城壁に激突し、土煙を上げて転がる。


「アクア殿っ!!」

紫苑が悲鳴を上げ、駆け寄ろうとする。


イザナミの瞳は冷酷に光り、声が戦場全体に轟いた。

「所詮──貴様は人間だ!! 神に刃向かうなど、万の矢を放とうとも無意味!!」


土煙の中で、アクアは膝をつきながらも、必死に立ち上がる。

その背を、紫苑の手が支えた。


「殿……!私は、ここにおります!」


アクアは血を拭い、歯を食いしばって再び槍を構えた。

「……人間だろうが……俺は……絶対に諦めない!!」


その背後で、イザナミの天逆鉾が冷たく振り上げられる。


「黄泉の門よ、今ここに──開け」


地の底から黒い霧が噴き上がり、やがて無数の影が形を得た。

骸骨の兵、腐り落ちた武者、獣のように爛れた巨人。

黄泉の軍勢が、這い出すようにして戦場を埋め尽くしていく。


「ひぃっ……!」

「ま、魔物……いや……死者だ……!」


會桜兵たちが一瞬竦む。

だが、アクアの背を見て──誰かが叫んだ。


「負けるか!! 我らも戦うぞ!!」


「會桜は滅びぬ!」

「殿下と紫苑様が立っている限り──我らも立つ!!」


掛け声と共に、兵たちが銃を構え、刀を抜いた。

メグの供与した小銃が一斉に火を噴き、黄泉の軍勢へ弾丸を浴びせる。

乾いた連射音と共に、骸骨兵が砕け散る。


「撃てぇぇぇ!!」

「奴らは死者だろうが構うな! 一歩も引くな!!」


刀を手にした會桜武士たちが突撃し、腐った武者と斬り結ぶ。

血飛沫ではなく黒い霧が飛び散り、黄泉の影は断末魔を上げて消えていく。


紫苑は震える声で叫ぶ。

「殿……ご覧ください! 會桜は……我らは人であろうと、決して屈しません!!」


アクアは膝をつきながらも顔を上げ、その光景を見た。

兵士たちが、自らの命を懸けて神に挑んでいる。

「……そうだ……これが、人間だ……」


イザナミは冷笑を深める。

「哀れよ……。だが愚かなる足掻きこそ、人の本質か」


城を包む戦場は、神と人の全面戦争へと姿を変えていった。


會桜城を取り囲む黒霧の軍勢は、果てが見えぬほど湧き続けていた。

骸骨兵、腐乱した武者、影の獣。切っても撃っても次々に姿を現す。


「はああああッ!!」

紫苑が気迫の一閃で骸骨兵をまとめて斬り裂く。

刀身が青白く煌めき、十体以上を一度に霧散させた。


「殿! 背後は私が斬ります!」


「助かるッ!!」

アクアはトライデントを掲げる。

槍先から奔流の水が噴き上がり、津波のごとく黄泉の軍勢を押し流した。

「うおおおおおッ!!」


黒霧の獣が押し潰され、死者たちが濁流に呑まれて消えていく。

だが、次の瞬間には新たな影が地の裂け目から這い出してきた。


「っ……! 数が……多すぎる……!」

アクアの顔に苦悶が浮かぶ。


紫苑も荒い息を吐きながら叫ぶ。

「殿!! このままでは……っ!」


會桜兵たちも必死に抗っていた。

「撃てぇぇ!!」

「怯むな! 人の力を見せろ!」


銃火と刀光が入り乱れ、戦場はまさに修羅の地獄絵図。

倒しても倒しても、軍勢は途絶えることなく湧き上がる。


イザナミは天逆鉾を掲げ、冷たく嗤った。

「無駄だ……黄泉は尽きぬ。生ある限り、死は湧き続けるのだから」


その言葉が戦場に重く響き、兵士たちの心を一瞬揺らす。

だがアクアは歯を食いしばり、血を吐きながらも立ち上がった。

「……だったら、その尽きぬ流れごと──止めてやる!!」


紫苑がアクアの隣に並び、強く頷く。

「殿と共に……私は何度でも斬り結びます!!」


絶望的な数の黄泉の軍勢。

會桜兵は必死に抗っていたが、誰もが胸の奥で「もう持たぬ」と悟りかけていた。


アクアは血を流しながらも立ち上がり、叫ぶ。

「大丈夫だ……俺は、まだ戦えるッ!!」


「殿……!」


だが、その決意すら呑み込もうとするかのように黒霧が濃く渦を巻く。

兵士たちの瞳に宿る光も、揺らぎ始めたその時──


大地が低く震え、空気が一変した。

まるで「誰か」の到来を告げるかのように。


「……くだらんな」


低く、冷徹な声が戦場に響いた。


「黄泉など──冥界の秩序を騙る亡霊にすぎん。消え失せろ」


来た


「兄さん!」


冷然とした気配を纏いながら、男は静かに口を開く。


「待たせたな、アクア」


冥府の王──ハーデス。

その登場だけで、戦場の空気は一変した。


呻き声を上げていた兵士たちが歓声に変わり、士気は再び最高潮へと駆け上がる。

最強の助っ人に紫苑とメグめ


「ハーデス様……!」

「ふぅ〜!!冥王かっきー!!」


イザナミは天逆鉾を構え直し、紅の唇を吊り上げる。

「……ハーデス・クレイン、貴様も神器だけの人間だ……!」


だがアクアには、その冷笑すらもう恐ろしくはなかった。

隣に紫苑が立ち、前に兄の背がある。


黄泉の軍勢とイザナミの圧に押し潰されそうな會桜城。

だがハーデスが立ったことで空気は変わり、さらに──その背後から低く響く声。


「私だけでは無い……」


「……えっ!?」

「まさか……!」


次の瞬間、夜空を切り裂いて閃光が走る。

城上に轟音が響き、巨大な影が降り立った。

瓦礫を踏み砕き、砂煙の中から現れるのは──


「弟に牙を剥いた罪……その身で償え!!」


若き女王・ディアドラ。

相変わらずの片手に大剣、もう片手に対物ライフル。

大剣と長銃、その両方を軽々と操る姿はまさに“阿修羅”にして戦場の女神”。


「姉さんっ!!」

「な、なんと……陛下まで……!」


會桜兵まで驚愕

「おお……クレインの女王が……!!」

「我らの味方に……!」


ディアドラはアクアへ視線を送り、堂々と笑みを浮かべた。

「アクア。貴方が立ち続ける限り、私は必ず隣に立つ」


その言葉だけで兵たちの士気が爆発的に高まる。

「勝てる!!」

「クレイン王家が共にあるぞ!!」


イザナミは冷笑を深め、紅の瞳で二人を見据えた。

「冥界の王に……修羅の女王……。滑稽な茶番だこと」


だが、すでに戦場は熱狂の渦。

冥府の王ハーデス、クレインの女王ディアドラ

そしてやはり来る


戦場に轟く、新たな雷鳴。

だがそれは神の力ではなく──洋上からの砲撃だった。


ドォォォン……!!

大地が震え、黄泉の軍勢の一角が爆炎に呑まれて吹き飛ぶ。

続けざまに、海の彼方から砲撃が雨あられのように降り注いだ。


「な、何だこれは……!?」

「海から……砲撃だと!?」


煙を切り裂いて姿を現すは、巨大な戦艦群。

その旗に刻まれているのは──クレイン王国海軍。

旗艦の甲板に堂々と立つのは、蒼髪を潮風になびかせる若き提督。


「女神とて──人間を弄ぶなら」

アズールが片腕を掲げ、艦隊に指示を飛ばす。

「兄として、男として……貴様を撃つ!!」


再び艦砲が咆哮し、黒霧を貫いて光の雨が降り注ぐ。

爆音と閃光に、黄泉の軍勢は次々と霧散していった。


イザナミは初めて顔を歪め、苛烈な声をあげる。

「ぐ……っ! 忌々しい……“生の子”どもが……!」


その姿を見て、アクアは胸を熱くした。

「兄さん……姉さん……!」


紫苑は信じられぬ光景を前に、ただ目を潤ませる。

「殿は……これほどまでに……人に愛されて……」


最強の助っ人たちが続々と集い、戦場は一気に人の側へと傾き始めた。


火柱が立ち、黒霧の軍勢をまとめて消し炭に変える。


「撃ち続けろォォ!!」

「攘夷派の比ではないぞ! 一発も無駄にするな!」


クレイン海軍の精鋭部隊が、息の合った連携で砲門を操る。

弾丸は寸分の狂いもなく敵陣を撃ち抜き、まるで“神の裁き”のように正確に黄泉の群れを薙ぎ払った。


旗艦の艦首、堂々と立つアズールが吼える。

「黄泉だろうと神だろうと関係ない!俺の海は──人のために在る!!」


怒涛の砲撃がさらに集中し、黄泉の軍勢が焼き尽くされていく。

爆煙の中、影は一つ残らず灰となり、海風に散っていった。


「あの軍勢が……一瞬で……!」

「海軍が……黄泉の軍を討ち払っている……!」


會桜の兵たちが呆然と声を漏らす。

だがその驚愕はすぐに歓喜へと変わり、轟く声援となった。



戦場の中心では阿修羅と黄泉津大神がぶつかろうとしていた

天地を覆う黒霧を、白銀の刃が一直線に切り裂いた。


黄泉の軍勢が次々と薙ぎ倒すディアドラ

その道の先に――阿修羅の大剣がイザナミを捕らえようとしていた。



「退け、下郎ども」

声は低く静か。だが響くその一言は、軍勢を萎縮させる覇気を帯びていた。


イザナミが鋭い眼光で睨む。

「小娘が……この我に挑むか……!」


次の瞬間。

ドンッ!!!


地を蹴ったディアドラの身体は、弾丸のようにイザナミへと突っ込んでいた。

イザナミの神器《天逆鉾》が迎え撃つが――


ガァァンッ!!!


大剣で受け止め、力任せに押し返す。

「ぐっ……この力……!」


「弟に傷をつけた罪……身をもって知れッ!!」


ディアドラの回し蹴りが、神の頬を直撃した。

――ドゴォォォンッ!!


「な……っ!?」

イザナミの身体が宙を舞い、神の威厳を持つその存在が、まさかの人間の蹴り一撃で昏倒する。


会桜兵士たちが一斉に息を呑んだ。

「い、今……神を……蹴り飛ばしたぞ……!?」

「なんという力だ……まさに“阿修羅”……!」


崩れ落ちるイザナミを見下ろしながら、ディアドラは冷ややかに言い放つ。

「女神だろうと何だろうと……弟の笑顔を奪う者は、許さぬ」


――その姿は、まさしく“最強”。


「やっぱ……姉さん達はやばいな……」

アクアは呆然としながらも笑った。

兄と姉、そして海を割る艦砲の力。人智を超えた光景の中で、それでも――胸の奥が熱くなる。


その肩に、どっしりとした手が置かれた。

「アクア」

振り返ればハーデスが静かな眼差しで見下ろしている。


「最後はお前が征け」

短く、だが絶対的な信頼を込めて。


「兄さん……!」


その時だった。


「アクアきゅーん!お待たせ!」

弾けるように飛び出してきたのはメグ。

両手には酒瓶、そしてチョコミントアイスを片手に。


「最強チート!アクア限定!愛と希望と友情をぜーんぶ詰め込んだ超強化だよ!」

「えっ!?なんか語感が軽すぎない!?」


メグがぱん!と指を鳴らす。


アクアの手に握られたトライデントが、青白い稲光を帯び、瞬く間に巨大化していく。

三叉槍は山をも貫く巨塔となり、槍身には星々が巡るかのような光の環が走った。


「こ、これは……!」

紫苑が目を見開く。


メグは満面の笑みで叫んだ。

「呼称は――ティターノトライデント!もう神だろうが魔だろうが関係なし!ぶっ壊せアクアぁぁぁ!!」


アクアは槍を握り締め、全身から迸る力にただ一言。

「……ありがとう、みんな。行くよ!!」


黒き霧を裂き、崩れ落ちていたイザナミが、再び立ち上がった。

天を衝く怒号と共に、神器《天逆鉾》が黒い稲光を帯びる。


「滅びを避けられるとでも!?

 人間がいくら足掻こうと、神とは世界を正す者だ!!」


天地が震える。地の底から呻き声が響き渡り、黄泉の大軍が再び立ち上がろうとする。


アクアは、仲間達の顔を一瞬見やった。

紫苑の必死の眼差し、メグの信じる笑み、そして背を預ける兄姉の存在。


「違う!!」

アクアの声が戦場を貫いた。


「お前は神なんかじゃない!

 “神を名乗ってるだけの亡霊”だ!」


ティターノトライデントを構える。

海鳴りのごとき轟音が槍から溢れ出す。


イザナミが咆哮し、天逆鉾を振りかざす。

「貴様ごときがぁぁぁ!!」


「終わらせる!!」

アクアが地を蹴る。


――ドオォォン!!!


大地と海が共鳴し、槍先から奔流が迸った。

押し寄せるのは津波、雷、そして大地をも揺るがす衝撃――すべてを呑み込む破滅の一撃。


「ティターノトライデントォォォォォッ!!!」


対するイザナミの一閃。

「滅びこそが……正義だぁぁぁ!!!」


光と闇、海と大地、神と人――そのすべてが交錯し、戦場全体が白光に包まれる。


……そして。


黒霧は散り、天逆鉾は粉々に砕けた。

イザナミの身体が崩れ落ちる。


「ば……馬鹿な……人間ごときが……“神”を……」

その声も掻き消され、黄泉の軍勢は霧のように消え去った。


槍を支えながら、アクアは息を切らして叫ぶ。

「俺は……人間だ!

 でも、人間だからこそ……未来を掴めるんだ!!」


戦場に、勝鬨の声が轟いた。


「……終わった……」

全身から力が抜け、アクアはその場に崩れ落ちた。

ティターノトライデントを杖のように支えにしていたが、それすらも手から滑り落ちる。


「殿っ!!」

紫苑が駆け寄り、その身体を抱きとめる。

彼女の手は震えていた。


「アクア!!」

ディアドラが叫び、アズールとハーデスもすぐに傍らへ駆けつける。

仲間も兵たちも、皆が若き英雄を囲む。


アクアの瞼は重く閉じられ、穏やかな寝顔を見せていた。

その姿は――すべてをやり遂げた安堵の表情。


「……本当に……お前は……」

ハーデスが低く呟き、肩を抱く紫苑は涙を堪えきれずに頬を濡らした。


だが、この時は誰も気付いていなかった


誰も気づかなかった。

力を出し切り、地に落ちたトライデントが、僅かに光を帯び――

砕け散ったはずの《天逆鉾》の破片を、静かに、音もなく吸い込んでいくことを。


夜風が吹き、戦場の静寂だけが広がる。


――こうして、會桜戦争は終結を迎えた。


月明かりが障子の隙間から差し込み、畳に淡い影を落とす。

戦の喧騒が嘘のように、會桜の城は静けさに包まれていた。


紫苑はそっと膝を寄せ、眠っていたアクアの傍らに座る。

「殿……お身体の方はいかがですか?」

その声には、心の底からの安堵と、それでも消えぬ不安が混じっていた。


アクアは薄く笑い、ゆっくりと体を起こす。

「紫苑……大丈夫だよ。メグが全部治してくれたから、問題無い」


「……本当に?」

紫苑の手が、恐る恐るアクアの胸に触れる。

鼓動を確かめるように、震える指先が布越しに感じ取る温もり。


「うん。ほら、ちゃんと生きてるだろ?」

アクアが軽く冗談めかして笑う。


紫苑は思わず目頭を押さえた。

「……よかった……本当に……。殿が……無事で……」


アクアはその姿を見て、静かに紫苑の手を取る。

「紫苑。俺だって……紫苑がいてくれたから戦えたんだ。

 これからも、一緒に……」


紫苑の胸に、熱いものが込み上げる。

「殿……」


彼女はそっと顔を寄せ――


紫苑の瞳は、月光に濡れて揺れていた。

その手はまだ震えている。だが、その声はまっすぐだった。


「殿のおかげで……私の故郷は、日ノ本は救われました……」

「ありがとうございます」


深々と、両膝をついて頭を下げる紫苑。

その姿は忠義の臣のそれであり、同時に――一人の女としての想いが溢れ出ていた。


「紫苑……」

名を呼ぶアクアに、彼女はゆっくりと顔を上げる。


頬を染め、潤んだ瞳のまま。

「……殿……」


そして、迷うことなく身を寄せ――唇を重ねた。


柔らかく、温かく、震えるように短く。

けれどそこには、これまでの想いと未来への決意がすべて込められていた。


アクアは驚きに目を見開いたが、すぐに静かに目を閉じ、彼女の想いを受け止める。


二人の影が月明かりに重なり、夜の静寂に溶けていった。


「……紫苑」

アクアがそっとその名を呼ぶ。

声はかすれて、けれど深い安堵と想いを孕んでいた。


紫苑はゆっくりとアクアに身体を寄せ、瞳をまっすぐに見つめ返す。

「殿……」

その声音は震えていたが、決意を秘めていた。


「今夜は……私の全てを、貴方に捧げたいのです

……どうか……私を、貴方のものにしてください」


息が止まるような沈黙。

アクアの顔はみるみる真っ赤に染まり、言葉が喉で絡まった。


「お、俺……」

唇を噛みしめ、必死に紫苑の瞳を見返す。


「ゴメン紫苑……俺、女の子の抱き方が……分からなくて……」


「…………え?」


次の瞬間、紫苑の肩が小さく震えた。

やがて彼女はくすりと笑い、そして涙を浮かべながら首を振る。


「殿……本当に、殿らしいお言葉です……」

「ですが、その不器用さも、私には……愛おしいのです」


アクアは戸惑いながらも紫苑の手を取り、ぎこちなく抱き寄せる。

その腕の震えは、不慣れであるがゆえに、誰よりも真剣で優しかった。


アクアは震える声で返す。

「本当に……いいの?」


紫苑は微笑んだ。

「はい。殿になら……どんな事でも」


アクアはそっと、彼女の頬に手を添える。

月明かりの中で、二人の距離はゆっくりと縮まり、互いの呼吸だけが重なっていく。


その瞬間、世界の喧騒も、痛みも、すべて遠のいていた。

二人はただ、互いの心に身を委ねるように、唇を重ねた。


「あっ…♡…殿……♡」


──その夜、戦いの英雄と武家の娘の恋は、初めて本当の意味で結ばれた。


部屋の中はただ、二人の呼吸と鼓動だけが響いていた。


アクアは布団の中でゆっくりと紫苑を抱き寄せた。

力強く、だがどこか震えている腕。

その胸に顔を埋めた紫苑は、涙とも笑みともつかない表情を浮かべる。


「……紫苑……」

アクアの声は、これまでのどんな声よりも小さく、しかし深く響いた。


「はい、殿……」

紫苑は静かに答える。


「俺と……結婚してくれ……そして、これからも……俺の旅に、ずっと一緒にいてほしい」


紫苑は目を閉じ、胸いっぱいにその言葉を受け止める。

今あるのは少しの痛みと、アクアの温もり。

そのどちらも、彼女にとっては幸福の証だった。


やがて、紫苑はそっと顔を上げる。

月光がその頬を照らし、柔らかい笑みを浮かべた。


「……はい。喜んで……生涯、貴方にお仕えします」


朝日が東の空を染め、會桜の城下に新しい一日が訪れていた。

戦の煙は消え、街には人々の笑い声が戻り始めている。


出立の支度を整えたアクアと紫苑、その隣にはメグの姿。

見送る兵士や町人たちの視線は、英雄とその仲間に向けられていた。


紫苑の父、崇真が一歩進み出る。

深く一礼し、厳しい面持ちでアクアを見据えた。


「アクア殿……」

「娘を、紫苑をどうか……頼みます」


その声には、父としての想いと家老としての誇りが重なっていた。


アクアは真っ直ぐに頷き、言葉を選ぶように、しかし力強く答える。

「はい。紫苑は……俺が大切にします。命に代えても」


その言葉に、紫苑の頬が瞬く間に赤く染まった。

「殿……っ……」

小さく俯き、両手をぎゅっと握りしめる。


崇真は静かに微笑み、娘の肩に手を置いた。

「紫苑……お前の選んだ道を、私は誇りに思う」


「……父上……」

紫苑の瞳に、感謝と決意の涙が浮かんだ。


出立の刻、港には見送りの人々と旗がはためいていた。

その中で、アクアは姉の前に立ち、深く頭を下げた。


「姉さんも……本当にありがとう!」


ディアドラは優しく微笑み、片手でアクアの肩を抱き寄せる。

「ええ。アクア……。あなたはもう立派に戦える力を持っている。

でも忘れないで。ひとりで背負う必要はないの。

また困った時は、必ず駆けつけるからね……」


その言葉にアクアはぐっと胸を熱くし、強く頷いた。

「うん……姉さん」


紫苑も深々と一礼する。

「ディアドラ様……このたびは多大なお力添え、感謝に堪えません」


ディアドラは微笑みを返し、弟と少女を見つめた


そしてアクアは、波止場に控えるアズールにも声をかける。

「兄さんも……ありがとう!本当に頼もしかった!」


アズールは爽やかに笑い、敬礼を返した。

「礼は要らんさ……お前が幸せそうで何よりだ」


戦場では毅然とした女王の顔を見せていたが、その微笑みは姉らしい優しさに満ちていた。


「紫苑さん」


「は、はいっ!」

思わず背筋を伸ばす紫苑。


ディアドラはにっこりと微笑む。

「今後もアクアのこと、よろしくね? 困ったことがあったら、いつでも私を頼っていいから。

……だって、貴女ももう――私の妹ですから♡」


「っ……!!??」

紫苑の頬が一瞬で真っ赤に染まり、絶句する。

「わ、わたしは……っ……!」


その様子を横で見ていたアクアは、額に手を当てて小さく呻いた。

(やっぱバレてる〜……!)


ディアドラは楽しげに肩をすくめ、まるでからかうように二人を見つめ続けた。


アズールは腕を組み、にやにやと弟を眺めていた。


「いや〜、まさかアクアが一番に結婚するとはなぁ〜」

「兄としては嬉しいやら、悔しいやら……」


「ちょっ……兄さん!?声大きいから……!」

「……っ……///」


アズールはわざとらしくため息をつき、肩をすくめる。

「あ〜あ、弟に先越されちゃったわ〜。俺なんてまだ独り身なのに」


港に集まった兵や町人たちはそのやり取りを微笑ましく見守り、

旅立ちの空気は、どこか温かく、笑いに包まれていた。


メグが手をひらひら振りながら、にやっと笑った。


「じゃあ!ハーデスさん!またアクアきゅんと紫苑ちゃんのエモい念写あったら、テレパスで送るからね♡」


「……ふっ。楽しみだ」

ハーデスは微かに口角を上げ、まるで冗談を受け入れるかのように答えた。


「いや待て!!」

「そ、そんなことされたら……わ、私はもう……っ///」


ディアドラは優雅に笑い、アズールは肩を揺らして爆笑していた。


赤面したアクアは頭を抱えながらも、心の奥で否定できない温もりを感じていた。

仲間と、家族と、そして最愛の人と――新しい旅路へ。



攘夷派の残党は散り散りに逃げ、幕府は責任を追及されて一気に廃れた。


アクアたちが旅立った後、日ノ本は會桜を中心に泰平の世を目指し再び立ち上がる。

やがてクレイン王国と正式に同盟を結び、最新鋭の武器や技術が流入。

軍備は飛躍的に強化され、産業も大きく発展を遂げ一気に100年の進歩が成されたとまで評された。


特に造船技術においては世界屈指の水準に達し、海軍には「金剛」「扶桑」「伊勢」「長門」と言った

大型艦を次々に建造。

大海原を守護し、戦争根絶を掲げる強大国家へと成長していったのである。


だが人々の記憶には、ただ一つの真実が残っていた。


――あの戦乱の最中、若き異国の王子と忠義の娘が日ノ本を救った。


ディアドラの容姿公開しました。

オリキャラ ディアドラ・クレイン | 福島ナガト #pixiv https://www.pixiv.net/artworks/135855361

これが戦ってる分けですよ

因みにですがディアドラのモデル範馬勇次郎です、次回から終盤になるんですが書き溜めがいよいよ無くなったので若干空きます



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