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日ノ本の影

続きです。ちょっと長いので前後編に分かれます。

日ノ本の影


アステリアの宿。

白い壁に朝の陽が差し込み、窓辺からは潮の香りが吹き込んでいた。

テーブルには焼きたてのパンと、オリーブの香り豊かなスープ。


「ん〜♡ うんま〜い!」

メグが頬を緩ませ、湯気の立つスープを豪快にすする。

「昨日の観光も温泉も最高だったけど、やっぱ〆は飯だよねぇ。いや〜、旅ってほんっといいわぁ〜」


「……貴女は一番年長者なのに、子供のようにはしゃぎますね」

紫苑は苦笑をこぼしながらも、口元はどこか柔らかい。


アクアはそんな二人を見て、穏やかな気持ちでパンをかじった。

「でも、ほんとだよな……観光も温泉も楽しかったし、こうして3人で飯を食べてるのが一番落ち着く気がする」


カップを置き、ふと窓の外に視線を向ける。

白い街並み、遠くに広がる青い海。

──まだ、このときは。

彼らの旅路に暗い影が差し込もうとしていることを、誰も知らなかった。


朝食を終え、ゆったりとした空気の中で湯気の立つカップを手に取るアクア。

窓の外では、白い街並みが朝の光に照らされてきらめいていた。


「さて……次はどこに行こうか……?」

アクアはパンをちぎりながら、まるで散歩の行き先を考えるみたいに気軽に言った。


メグは両手を頭の後ろで組み、椅子にのけぞってにやり。

「ふふ〜ん♡ 南のリゾートもいいし、北の大氷原でペンギンとか見たいし? 選び放題じゃん」


「……旅の目的を忘れていませんか?」

紫苑は眉を寄せながらも、その声はどこか楽しげだ。


アクアは二人を見て笑い、空に目をやる。


──自由気ままな旅。

その道中で出会った、心を通わせた恋人。

共に笑い合える気心の知れた仲間。

そして、まだ見ぬ場所に眠る、新しい夢と未知の景色。


彼らの前には、無限の旅路が広がっている……。


そう思えた。


少なくとも、この朝のアクアには。



「ねー、これヤバくない?」


メグが新聞をぱらりと広げ、にやけていた顔がふっと引き締まった。

「……紫苑の国じゃないの〜?」


その指が指し示した大見出し。


《日ノ本・攘夷派が政を掌握か 内乱の危機》


瞬間、紫苑の顔から血の気が引いた。


「っ……あああ……っ!」


ガタリ。

椅子を蹴飛ばす音が響き、紫苑はその場に崩れ落ちる。

白い指先は震え、新聞の文字を必死に追いながらも涙で滲み、もう形を結ばない。


「なぜ……なぜ今さら……っ!」

喉を絞り出すような声が、静かな朝の空気を切り裂いた。


幸せな時間は、あまりにも簡単に壊れてしまった。


「ゴ、ゴメン……!」

新聞を持つメグの手が小さく震える。

「そんなつもりで言ったわけじゃ……軽く言っちゃった、ごめん……」


アクアはすぐに紫苑の肩へ手を伸ばす。

「紫苑……!」


だが紫苑は震える両手で顔を覆い、嗚咽をこらえることもできなかった。


「父上が……! 母上が……! あああっ……!」

押し殺した叫びが、宿の食堂に響き渡る。

普段は凛として誰よりも冷静な彼女が、いまはただ一人の娘に戻っていた。


アクアとメグは言葉を失い、ただ彼女の傍に立つことしかできなかった。


アクアの腕に抱きしめられ、紫苑は荒い呼吸を繰り返していた。

メグが無言で水の入ったカップを差し出す。


「……落ち着いた?」

アクアが優しく問いかける。


「……はぁ、はぁ……はい……。申し訳ありません……」

紫苑は顔を覆っていた手を下ろし、震える唇をかろうじて結んだ。


瞳にはまだ涙の跡が残っていたが、その声には徐々に冷静さが戻り始める。


「……私の故郷、日ノ本の『會桜かいおう』は……幕府守護職として、代々将軍家に仕えてきた藩。

 父は會桜の家老にして、この身はその嫡女……」


そこで一度、息を詰まらせる。

「……しかし、勤王攘夷の嵐が吹き荒れれば……會桜の立場は危うい。

 幕府が守護を放棄したのなら……国も、家族も……」


言葉の先は声にならず、再び喉の奥で震えた。


メグが新聞をめくる手を止め、眉を寄せた。

いつになく真剣な眼差しで、文字を追いながら低くつぶやく。


「……攘夷軍が京を制圧。戦闘の末、幕府は政権を朝廷に返還……。しかし守護職・會桜藩は戦争行為の責任追及に立たされてる……」


「っ……マズイ……!」

紫苑の声が震える。

「父上たちは……今、どうなさって……?」


メグは紙面をさらに睨みつけ、苦い顔で答えた。

「……會桜藩は退却……。でも、攘夷軍が追撃をかけてるって……」


紫苑の胸に重くのしかかる言葉。

その一行一行が、心を引き裂く刃のようだった。


紫苑の目からは涙が零れていた。

彼女の中で、忠義と家族、国と信念が衝突していた。


紫苑の祖国が燃えている──


アクアは拳を握りしめ、迷うことなく立ち上がった。

「行こう!」


紫苑が顔を上げる。

その瞳には、恐怖と希望が入り混じっていた。


アクアは力強く言い切った。

「今度は俺が──紫苑の故郷を助ける!」


かつてクレイン王国のクーデターに迷いなく従い、命を懸けて自分の傍に立ち続けてくれた少女。

その忠義に報いる時が、今だと確信していた。


紫苑の頬を新たな涙が伝う。

だがそれは、悲嘆の涙ではなかった。


「……殿……」

震える声で呼ぶその響きには、揺るぎない誇りが宿っていた。


「メグ……頼む!」

アクアが真剣な目で振り返る。


「よっしゃ〜!任せて!」

メグは片目をウィンクし、杖を軽く突く。


次の瞬間、空気が歪み、眩い光が三人を包み込んだ。

一瞬で足元が消え、身体が浮き上がるような感覚。


──空間転移。


風のように流れる景色の中で、メグは千里眼を働かせ、遠方を覗き込む。


「ん〜……會桜城は包囲されてガチガチに固めてるねぇ〜。

 でも籠城戦で物資が尽きかけてる……。あ、敵は7万規模で完全に囲んでるわ」


アクアが驚きの声を上げる。

「そんなにピンポイントで偵察できるのか?」


メグはにやりと笑った。

「よゆーよゆー! 城内に直接飛び降りるよ! さ、しっかり掴まって!」


紫苑は胸に手を当て、静かに目を閉じる。

「……父上、母上……どうかご無事で……」


光はさらに強まり、彼らを日ノ本の戦場へと導いていった。


閃光と共に、石畳の上にアクアたち三人が降り立った。

城内の空気は重苦しく、兵士たちは疲れ切った顔で巡回していた。


「な、何だッ!?」

「今の光は……!」


瞬間、数十の槍と刀が一斉に突き付けられる。

囲んだ兵たちの眼は血走り、緊張と恐怖が入り混じっていた。


「何者だ! 貴様らッ!!」


アクアは両手を上げ、剣も抜かずに声を張った。

「待ってくれ!俺たちは敵じゃない!」


最前列に立っていた武士が、一歩踏み出した。

鋭く光っていた眼が、驚愕に見開かれる。


「……し、紫苑様!? 紫苑様ではござらんか!!」


一瞬でざわめきが広がる。

疑念と緊張に包まれていた兵たちの表情が、次々と驚きと喜びに変わっていく。


紫苑は胸を張り、声を張り上げた。

「──ただいま戻りました!

 私は主君と共に、我が国を救うため帰参致しました!!」


その声は澱みなく、城壁に反響するほどの力を持っていた。

疲れ切った武士たちの瞳に、わずかに光が戻る。


「紫苑様が……帰ってきた……!」

「會桜にまだ希望が残されていたか……!」


槍を構えていた手が下ろされ、やがて歓喜のどよめきが広がっていった。


「紫苑!」


群衆をかき分けて現れたのは、髭をたくわえ、鎧の上からも疲労の色を隠せない壮年の武士だった。

額には包帯、鎧には無数の傷。

しかしその眼だけは揺らがぬ光を宿している。


「父上!」

紫苑は駆け寄り、嵩真の胸へ飛び込む。


「よくぞ……よくぞ無事で……!」

嵩真・スメラギは娘の肩を抱き締め、その手が震えていた。

「籠城が始まって数週間……兵は飢え、士気は地に落ちていた。

 わしらはもう……終わりかと覚悟していたのだ」


周囲の兵たちは皆やつれ、頬はこけ、鎧の下の足は震えている。

矢筒は空に近く、倉庫の食料も底を尽きかけていた。


「だが……お前が戻った。主君と共に……!」

嵩真の声が震えながらも高鳴る。

「この會桜は、まだ滅んではおらぬ!」


紫苑は涙を拭い、真っ直ぐに答えた。

「はい……! 必ず、この國を救ってみせます!」


嵩真に導かれ、三人は城の奥へと進んだ。

蝋燭の灯りが揺らめく広間、その奥に重々しく座していたのは會桜藩主・松容まつかたであった。


紫苑は膝をつき、深く頭を垂れる。

「──松容様! 只今戻りました!」


「……紫苑……」

松容は深く刻まれた皺を動かし、震える声で応えた。

「よくぞ……よくぞ帰ってくれた。父も母も……皆、お前を案じていたのだ」


「松容様……!」

紫苑の瞳に涙がにじむ。


アクアも一歩前に出て、胸に手を当てる。

「クレイン王国の末弟、アクア・クレインです。紫苑の主として、會桜のために共に戦います」


メグはひらりと裾を摘み、軽く会釈する。

「メグ・バスカローネ、大賢者で〜す♡ お邪魔しますねぇ」


松容は二人の言葉を受け止めるように目を閉じ、やがてゆっくりと頷いた。

「……力を貸してくれるのか。ありがたい……」


彼は重苦しい声で現状を語り始めた。

「會桜の兵は一万六千。しかし、飢餓と連戦により、もはや半数しか戦える力を残しておらぬ。

 一方、攘夷派は七万。幕府は我らを切り捨て、援軍の見込みはない……」


その言葉が落ちるたびに、部屋の空気はさらに重く沈んでいく。

紫苑は拳を固く握りしめ、唇を噛んだ。


「……母上も、城に……?」


「……城内いる。だが……」

松容は言葉を濁した。

「戦況は、刻一刻と悪化しているのだ」


外からは乾いた銃声が響き、時折、城壁を震わせた。

それでもその一角だけは、まるで時間が止まったかのように、静かで温かな空気に包まれていた。


「紫苑……!」

母・沙織が震える声をあげ、娘のもとへ駆け寄った。

痩せ細りながらも、母の抱擁は変わらず柔らかかった。


「母上!」

紫苑はその胸に顔を埋め、声を震わせる。


「姉上……っ!」

最初に飛びついてきたのは、まだ少年の面影を残す弟たちだった。

「無事で……よかった……!」

涙を流しながら、必死に紫苑の手を握りしめる。


「紫苑!」

長兄・千景も駆け寄り、妹の肩を両手で掴んだ。

普段は厳格な兄の瞳が、今はただ喜びで濡れていた。


「……兄上……弟たちも……母上も……! ああ……よかった……!」

紫苑は嗚咽をこらえきれず、家族の一人ひとりを抱きしめた。


メグは鼻をすすりながら、涙目で呟いた。

「ん〜……やば、こういうの泣ける……。……でも、この状況、長くはもたないよねぇ……」


「……紫苑、お前が無事でよかった」

長兄・千景は、妹の肩に置いた手を強く握った。

だがその眼差しはすぐに険しさを帯びる。


「だが状況は最悪だ。攘夷派の連中が城を完全に包囲しておる。

 兵糧は尽きかけ、矢も弾薬も底を突きかけている」


外から轟音が響いた。

敵軍の銃声と太鼓のような鬨の声が、壁越しに届く。


「籠城が始まってもう数週間……兵は疲弊し、病人も増えている。

 士気も……もはや限界に近い」


千景の声には悔しさがにじみ、拳は震えていた。


紫苑は息を呑み、唇を噛む。

「そんな……父上も兄上も、皆ここまで……」


弟たちが不安げに紫苑の袖を掴み、母の沙織はそっと娘の背を撫でた。


アクアは重苦しい沈黙の中、ただ拳を握りしめる。

(……絶対に、ここで終わらせない。俺が……紫苑の家族を守る!)


「紫苑……行ってくるから」

アクアは静かに微笑み、背を向けた。


「殿!? まさか──!」

紫苑が手を伸ばすより早く、アクアは天守閣の階段を駆け上がっていく。


「な、何をする気だ!?」

「無茶だ! 高すぎるぞ!!」

兵たちの叫びが飛ぶ。


天守閣の最上階に立ち、眼下を見下ろすアクア。

そこには鬨の声をあげる攘夷軍の大軍が波のように押し寄せていた。


(──紫苑の国を、絶対に守る! この旅で、俺は変わったんだ!)


風が吹き抜ける。

アクアは迷いなく身を躍らせた。


「ぅおおおおおおおおおッ!!!」


天守閣から飛び降りるその姿に、兵たちは息を呑む。


「馬鹿な……! 死ぬ気か!?」

「いや、違う……あの眼は……!」


その瞬間、光を纏うトライデントがアクアの手に現れた。


城内に残ったメグは、ひらひらと手を振りながら苦笑する。

「あ〜あ、無理しちゃって……。でも、流石はワイアットさんの息子で、伝説の勇者の孫だねぇ〜」



落下するアクアの髪が、風に大きくはためいた。

その眼は一点を見据え、トライデントを高々と掲げる。


「──征けよ! ゲイボルグ!!」


振りかざした瞬間、槍先が稲光を孕み、眩い光の粒子を撒き散らす。

刹那、三叉の穂先が分裂し、煌めく矢尻へと変貌した。


「な、なんだアレは……!?」

「矢が……いや、違う!?」


三十の閃光が夜空を駆け抜け、無数の尾を引いて敵陣へと突き刺さる。


轟ッッッ!!!!


大地を抉り、敵兵を吹き飛ばす雷鳴が連続して炸裂した。

地響きと悲鳴が重なり、黒々とした大軍の一角が一瞬で崩壊する。


「ひ、ひいいいいいっ!?」

「怪物だ……! 城から、怪物が飛び降りてきたぞ!!」


砦の上から見守っていた兵士たちが息を呑む。

その姿はまるで──伝説に謳われた勇者の再来だった。


「殿……!」

紫苑は瞳を潤ませ、ただその背中を見つめるしかなかった。



大地を焼いた三十の光の矢尻

アクアは槍をぐっと構え直し、眼下の堀へと突き出した。


「まだだ!トライデント!!」


トライデントの穂先が蒼く輝き、堀の水が轟音を立てて逆巻いた。

まるで巨大な蛇の群れのように形を変え、包囲する攘夷軍へと襲いかかる。


「な、なにィッ!?」

「水が──生きてる!? やめろォォ!!」


堀の水は触手のように敵兵を絡め取り、鎧ごと地中深くへと引きずり込む。

兵たちは必死に足掻くが、その悲鳴も水飛沫と共に飲み込まれていった。


「ひぃぃっ! 仲間ごと……!?」

「化け物だ! あれは人ではない!!」


敵の小隊が次々と呑み込まれ、戦場に恐怖と混乱が広がる。


城壁の上、會桜の兵士たちが息を呑んだ。

「な、なんという力だ……!」

「紫苑様のお連れの御仁……まるで伝説の武神……!」


紫苑は胸に手を当て、震える声で呟いた。

「……殿……」


その背は、もはや誰の目にも「國を救う英雄」として映っていた。


城壁の上に立つ兵たちは、目の前の光景に言葉を失っていた。

雷と水で小隊が一瞬にして壊滅する。

それを、たった一人で成し遂げたのだ。


「た、単騎で……小隊を……一瞬にして壊滅させた……!?」

「馬鹿な……だが、確かに見た……!」


恐怖と驚愕が入り混じる中、その声に別の感情が芽生え始める。


「異国の王子が……孤軍奮闘している……!」

「我ら會桜のために、命を賭して戦っているのだ!」


それはやがて、胸の奥で燻っていた誇りに火をつけた。


「ならば……我らも戦える!」

「會桜はまだ負けてはいない!!」


次々と声が広がり、やがて鬨の声へと変わる。

疲弊しきっていた兵の瞳に、再び光が宿った。


「會桜は負けないぞォォォ!!!」


轟く声が城内を揺らし、外の攘夷軍にまで響き渡った。

紫苑は涙を拭い、その光景を見つめる。


「殿……あなたが皆を……!」


そこに、

「は〜い! じゃあ皆さーん! こんな時はこれですよ!!」


メグがにこやかに手をはたくと、どこからともなく幾箱ものクレートが出現

鎖帷子や槍の間に、不似合いなまでに滑らかな黒い金属がずらりと並ぶ。箱の蓋を開けると、そこには――自動小銃、軽機関銃、迫撃砲等が整然と収められていた。


兵士たちの視線が一斉に集中する。油の匂いと冷たい金属の光が、凄まじい現実感をもたらした。


「こちら、技術力は百年先の未来を行くと言われるクレイン王国製の自動小銃!」


メグは得意げに一丁取り上げると、銃口を遠方に向けて軽く構えた。


「再装填無しで三十発。有効射程は約五町(約五百〜六百メートル)。今まで先込め式の銃とは訳が違う!

しかも命中率も格段に高い!」


「な、何ィッ……!?」

「五町だと……城壁の向こうの敵まで届くのか!?」


兵士たちのざわめきが走る。長年の苦戦で消えかけていた瞳に、驚きと期待が混じる光がともった。


彼女はウィンクし、両手を腰に当てる。

「ほらほら〜!未来兵器と伝説の勇者の孫が揃ってんのよ!ここから逆転しなきゃ、物語にならないでしょ〜?」


紫苑は、箱から次々と取り出される未来兵器と、はしゃぎながら説明するメグの姿をただ呆然と見つめていた。

異国の鉄砲に驚愕する兵たちの中で、彼女はようやく小さく息を吐く。


「……メグ殿……」


呼びかける声には、驚きと戸惑い、そしてかすかな安堵が入り混じっていた。


メグはくるりと振り返り、ひょうきんな笑みを浮かべる。

「ん? なぁに〜? 褒めてくれんの?」


紫苑は苦笑し、言葉を詰まらせる。

しかしメグは片目を閉じ、ぐっと親指を立てた。


「大丈夫! アタシもアクアも、考えてることは紫苑と一緒だよ」

「……!」


その一言に、紫苑の胸は熱くなる。

「父上、母上、兄弟……そして國を守りたい」

その願いは決して自分一人のものではなかった。


「……感謝致します、メグ殿」

紫苑は深く頭を垂れ、強く拳を握りしめる。


メグは照れ隠しのように笑って肩をすくめた。

「よーし、それじゃみんな、やる気出してこー! 攘夷派なんてぶっ飛ばすぞぉ♡」


未来兵器に群がる兵士たちを眺めながら、メグはポンと手を打った。


「そうそう、これ用意する時なんだけどさ〜」


「……用意?」


メグはニヤリと笑い、声を潜めるふりをしながら堂々と喋る。

「実はねぇ、アタシ、ハーデスさんにテレパスでお願いしてたのよ〜。

 『會桜がピンチだから、なんかすんごい兵器ちょうだい♡』って」


兵士達が驚愕

「て、テレパス……!?」「な……!」


メグは悪びれもせず肩をすくめる。

「そしたらさ〜、アズールさんと女王様が快く用意してくれたんだよね。

 マジ感謝だわ〜♡ ディアドラさんなんて“民のためなら当然です”って笑ってくれてさ〜」


紫苑は一瞬、言葉を失った。

だがすぐに深く息を吸い込み、目を潤ませて呟く。

「……そこまで……會桜のために……」


メグはにかっと笑い、肩を軽く叩いた。

「だからさ、安心して戦えばいいんだよ。後ろ盾はバッチリ♡」



アクアの周りで渦巻いていたのは、まさに命がけの孤独な突撃の姿だった。だが、その背に突然、細い閃光が次々と走った──遥か城外の敵陣へ向かう自動小銃の鋭い火線だ。


「なんだ!? どこから撃っている!?」

敵兵たちの動揺の声が連鎖する。


城壁の上から援護射撃が降り注ぐ。黒光りした銃身から鋭く放たれる連射が、敵の列を引き裂き、小隊を場外へと押しやった。射撃は冷静かつ正確で、まるで的を定めていたかのように要員を潰していく。


「會桜を舐めるよ!!」

「撃てぇぇ! アクア殿下を援護せよ!!」


聲が一斉に上がる。新兵器を手にした若い兵たちが、初陣の恐れを振り払って引き金を引く。砲手は野戦砲を据え、野戦砲の一撃が敵の集団を蹂躙する。土煙と悲鳴。だが今は、それが希望の合図だった。


その瞬間、城内の空気が変わる。疲弊していた者たちの目に冷たい光が戻り、使い古された鎧が再び重みを帯び始める。士気の火が、確かに広がっていった。


紫苑はアクアの背を確認すると、鎧の胸を打ち鳴らして叫んだ。

「私に続け! 城は落とさせない!!」


アクアは振り返り、紫苑の姿を目にする。

必死に駆け出す彼女の声が、兵たちの心をひとつにしていた。


「紫苑……!」

胸に熱いものを抱えながら、アクアは再び槍を構えた。


敵将は馬上で歯を剥き出し、剣を振り上げた。

「やれぇぇ!! あの若造を討ち取れ!!」


「おおおおお!!」

攘夷兵たちが怒涛のように押し寄せる。

その数は百や二百ではきかず、波のようにアクアを呑み込もうとしていた。


メグは頬杖をつきながらその光景を眺め、やれやれと肩をすくめた。

「流石のアクアでも、数が多すぎるなぁ……」


そして、不敵な笑みを浮かべて手をかざす。

「──アクアきゅん! これはサービスね!」


アクアの手に握られたトライデントが、突如として轟音を放った。

槍身に宿る光が紅と蒼の二重に揺らめき、刃先が大地を震わせるほどの重圧を帯びていく。


「な、なにが起きている……!?」

「槍が……太陽みたいに輝いて……!」


メグの声が響く。

「さあ、お披露目だよ──

《ギガノトライデト》!!」


アクアは息を呑む。

槍先に宿る魔力は、これまでの比ではない。

大地を割る振動が足元を這い、空気が張り裂けるように軋む。


「……これが……!?」


「征けぇぇぇ!!!」


アクアが振り下ろすと同時に、光の矢が奔流となって迸った。

三十だった矢尻は三百へと増殖し、空を覆い尽くす無数の閃光となって敵軍を貫いた。


ドドドドドドドドッッッッ!!!!


地震のごとき衝撃波が走り、大地が裂け、敵の陣が瓦解する。

悲鳴と土煙が重なり、波のような軍勢が一瞬で崩れ落ちた。


敵兵「ひ、ひいいいっ!?」

敵兵「化け物だ! 人間じゃねぇぇ!!」


會桜兵「す……すげぇ……!」

「アクア殿下が……奇跡を……!」


紫苑は胸を押さえ、涙を溢れさせながら叫んだ。

「殿ぉぉぉ!!」


メグは後ろでひらひら手を振り、にんまり。

「ふふん♡ しっかり勇者してんじゃん♡」



「紫苑が泣いてるんだ…こんな戦い、さっさと終わらせる!!」


「我が生まれ育った地を戦場とし、

 城に刃を向けた攘夷の徒、そして……

全てを投げ出した幕府、許しません!!」




そして激戦の末……

夜、篝火が焚かれ、兵士や町人たちが集まる。


敵を退け、會桜城の包囲は解かれた。

数で勝る攘夷軍を前に、籠城は絶望と諦観に包まれていたはずだ。

だが今、城内には歓声が響き渡っていた。


松容は静かに立ち上がり、杯を掲げる。

「──今宵ばかりは刃を置け。

 戦は明日も続く。だが……今は心を繋げ!」


「「「おおおおおおっ!!!」」」


鬨の声と共に、兵士たちは盃を打ち鳴らした。

血と汗にまみれた顔に笑みが広がり、涙すら混じる。


「飯だ! 酒だぁ!」

「うわっ、こんなに!? どこから……!?」


広間の中央には、山盛りの飯と肉、そして酒樽が次々と並ぶ。

メグがぱちんと指を鳴らすたびに、新たな料理が湯気を立てて現れるのだ。


「へっへ〜♡ アタシの能力を“戦場”でだけ使うのはもったいないでしょ?

 今夜は大盤振る舞いだよ〜!」


兵士たちは大笑いし、杯を掲げる。

「大賢者様ばんざい!!」

「アクア殿下! 紫苑様! 万歳!!」


アクアは慌てて両手を振る。

「いやいや! 俺たちはまだ未成年だから! お茶で十分!」


紫苑も頬を赤らめつつ、盃を伏せて微笑んだ。

「……殿とご一緒ならば、私は茶で満ち足ります」


「真面目か〜!」とメグが大笑いしつつ、二人の杯に湯気の立つお茶を注ぐ。

「ほら、アクアきゅんも紫苑ちゃんも! お疲れさま〜♡ かんぱ〜い!」


「かんぱい!」


杯を打ち合わせる音が響き、會桜の広間は歓喜と笑顔で満たされた。

ほんのひととき、戦乱の地に“宴”が戻ってきたのだった。


祝杯の後。

城内は笑い声と歌声の余韻を残しながら、次第に眠りへと沈んでいった。

静かな夜風が、燃え尽きた灯火を揺らす。


アクアは寝台に横たわっていたが、眠れずに天井を見つめていた。

その時──障子がそっと開く音がした。


「殿、起きておられましたか」


月明かりに照らされ、銀の髪が揺れる。

紫苑が、控えめに姿を見せた。


「紫苑? どうしたの、こんな時間に──」


彼女はしばし言葉を選ぶように目を伏せ、やがて静かに頭を下げた。

「……殿のお陰で、故郷は救われました。父も母も、兄弟も……皆まだ戦える。

 その奇跡をもたらしてくださったのは、殿です」


「いや、俺は……」

アクアが言葉を探す間もなく、紫苑はそっと一歩近づいた。


「ありがとうございます……」


囁くような声と共に、彼女は意を決したように背伸びをする。

その唇が、迷いなくアクアの頬に触れた。


「……っ……」

不意を突かれたアクアの胸が大きく跳ねる。


紫苑はすぐに離れ、頬を赤く染めて伏し目がちに微笑んだ。

「これは……忠義の証にございます。ですが……私の心からの想いでもあります」


アクアは呆然としつつも、熱くなる顔を隠せなかった。

「紫苑……」


紫苑は視線を逸らしながらも、勇気を振り絞るようにアクアの手を取った。

そして、そのまま自分の胸へそっと押し当てる。


「その……このようなこと、武家の娘には不適かもしれませんが……」


柔らかな感触が、アクアの掌を包んだ。

体温と鼓動がじんわりと伝わってきて、頭の中が真っ白になる。


(う、うぉ……こ、これは……!大きい…!柔らかい……!温かい……!生きててよかった……!!)


紫苑は唇を噛み、恥ずかしそうに視線を伏せる。

「……殿のお傍にいると、私はどうしても……武家の娘としてではなく、ひとりの女としての気持ちを……」


「紫苑……」

アクアは胸の鼓動が爆発しそうになりながらも、彼女の言葉に耳を傾ける。


二人の距離がさらに近づく。

紫苑は頬を赤く染め、震える声で囁いた。

「殿のことを……お慕いしております……」


アクアの心臓は破裂寸前だった。

彼もまた、その想いに応えるように彼女の手を握り返し、そっと顔を寄せていく──


──その時。


「お楽しみのところ悪いけどさぁ……」


背後から聞き慣れた声が割り込んできた。


「えっ!? メグ!?」

「メグ殿……!?」


振り向けば、障子にもたれている大賢者が、にやにや笑いながらも目だけは真剣だった。


「邪魔するのホント悪いんだけどさ……」

メグは杯を揺らし、低く告げる。


「この戦……まだ“ヤバい奴”が隠れてるよ」


一瞬で部屋の空気が冷たくなる。

月明かりの中、三人の影が重なり、不穏な幕開けを予感させて──

メグが戦わないのはバランス調整です

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