メグの世界
ちょっと短めの話ですが、1話だけ脱線します。
前作の補完、あとメグの正体を明かす的な意味の内容です。話の本筋とはあまり関係ありません。
一応、前作、伝説の勇者の息子は共に生きて老いて死ぬ為に より「ライバル(笑)の最後」だけ見て頂けたら分かりやすくです。
ある日の宿。
アクアたちは夕食を済ませ、それぞれの自由時間を過ごしていた。
紫苑がふと目をやると、部屋の隅でメグが妙な姿勢で座り込んでいる。
目を閉じ、指先をくるくる回しながら、いかにも“修行中”という雰囲気を漂わせていた。
「……メグ殿、座禅ですか?」
紫苑が恐る恐る声をかける。
「ちょっと世界線Bの様子見てる……」
「……」
「……またよく分からないことを……」
アクアが呆れ顔で口を挟む。
メグは片目をぱちりと開け、にやりと笑った。
メグは片目を開けて、ケラケラと笑った。
「ほら、ここって世界線A'じゃん? ワイアットさんが建国して〜、ディアドラちゃんが女王になって〜、アクアが紫苑と旅してる……そういう世界」
「……」
「……」
アクアと紫苑、顔を見合わせて沈黙。
「で、世界線Bだとさぁ、ワイアットさん建国しないから。アクアと紫苑、出会ってないし?」
「はぁぁ!?」
アクアが思わず立ち上がった。
紫苑も本を閉じ、真剣な目でメグを見つめる。
「……それは……何の根拠があって申されるのですか?」
メグはケラケラ笑いながら、また目を閉じる。
「根拠? ん〜、だって見えるんだもん」
「やっぱりこの人、やばい……」
アクアは頭を抱えた。
「じゃ!ちょっと行ってくるから! 先に寝てて!」
メグはそう言い残すと、部屋の片隅でどさりと座り込み、すうっと意識を手放した。
アクアと紫苑は顔を見合わせる。
「……行ってくるって、どこに?」
「……怖いです」
──精神世界的な、謎の空間。
色も形も曖昧な、ただ虚ろな空間に声が響く。
「どうだワイアット! 俺の!! 勝ちだ!!」
豪快な叫び声が、何度も木霊する。
そこには、剣を掲げたジグの姿。
その周囲には、どこか無機質な声が重なる。
「ジグ様ー」
「カッコよかったー」
「勇者ジグー」
「素敵ー」
称賛の声は波のように広がり、ジグの耳を甘美に満たす。
「ハッハッハ!! 讃えろ! 勇者ジグを!!」
虚空に響く哄笑。
その舞台のただ中に、ふらりと割り込む影があった。
「あ〜……盛り上がってるとこ悪いんだけどさぁ……」
メグ・バスカローネ。
彼女は飄々とした様子で歩み寄り、ジグの背中をぽんと叩いた。
「誰だ貴様!? このジグ・バスカローネ様の勝利の舞台に、土足で踏み込むとは無礼な!」
虚空に響き渡るジグの大仰な声。
だが、相手は全く怯まない。
メグは片手をひらひら振りながら、肩をすくめて笑った。
「なんていうか、アタシは……並行世界のキミ、だよ」
「……なにぃ?」
ジグの目が、まんまるに見開かれる。
「お前が俺だと!? 何をふざけたことを……!!」
虚ろな空間にジグの怒声が響き渡る。剣を構え、怒りで肩を震わせている。
対してメグは、まるで酒場で暇を潰すかのような調子で片手をひらひら振った。
「まあまあ、落ち着きなって。すぐ噛みつくから“勇者(笑)”って呼ばれるんだよ」
「だまれぇっ!!」
ジグの顔が怒りに真っ赤に染まる。
「俺こそがジグ・バスカローネ! 本物だ! 貴様ごとき、どこから湧いたかも分からぬ偽物風情が!!」
「偽物ねぇ……」
メグはゆっくり立ち上がり、虚空を歩きながらジグを見据える。
メグは軽く指を鳴らした。
──パチン。
瞬間、虚ろな舞台が音を立てて崩れ去り、景色が一変する。
讃える声も、歓声も、夢のように消えて。
そこに広がったのは、冷たい現実の光景。
倒れ伏すジグの身体。
剣を取り落とし、もう二度と立ち上がれない無様な姿。
その前を、ヒロインたち4人を伴ったワイアットが歩み去っていく。
堂々と、力強く、ただ前だけを見据えて。
さらに、ジグのかつての仲間たちが跪き、必死に声を張り上げる。
「ワイアット様……どうか私達を見捨てないでください!」
「ジグには……もうついていけません!」
「」ワイアット様〜どうか御慈悲を〜!
「な……なんだ……これは……?」
崩れ落ちそうになる彼の声が、虚空に吸い込まれる。
メグは腕を組み、淡々と告げた。
「これが現実。君が“勝った”なんて幻術に囚われてる間に、本物の物語はこうして進んでいたんだよ」
「……嘘だ……そんなはずは……!」
メグは首を傾げて、わざとらしく笑う。
「じゃあ訊くけど、君の記憶に“この後の未来”ってある?」
ジグの瞳が揺れる。
言葉は、もう出てこなかった。
ジグの剣先が震える。悔しさか、怒りか、それとも恐怖か。
メグは涼しい顔で酒瓶を取り出し、コクリと一口。
「本筋じゃ、君はいないんだよ。……ワイアットさんに勝つ未来も、美女に讃えられる未来もね」
「ぐっ……!」
ジグの顔が怒りに歪む。
「認めんぞ……! 俺こそが勇者だ! 俺の未来こそ正しい!!」
メグは小さくため息をつき、肩をすくめた。
「ほんと、面倒くさいなぁ君は。……でもまあ、そういう君だからこそ、“別ルート”で生まれちゃったんだろうね」
足元の景色がぐらつく。
勝利に酔いしれた舞台は消え、無惨に横たわる“現実の自分”だけがそこにある。
メグは腕を組み、にやりと笑った。
「別…ルート…?」
「そう。私は“正史”。本筋の大賢者メグ・バスカローネ」
「そして君は……分岐点で産まれた、ただのイレギュラー」
「……っ!」
ジグの顔が怒りと動揺で歪む。
メグはさらに歩み寄り、耳元にささやくように言葉を突き刺す。
「だってさ、正史の君──つまり私──はちゃんと歴史に残ってるんだよ。
仲間にも、後世の人間にもね。
でも君は? その場で倒れて、誰にも惜しまれず、消えていった。
……勇者(笑)って、ホントよく言ったもんだよね」
「や、やめろ……黙れ……!」
必死に耳を塞ぐジグに、メグは追い討ちをかける。
「君の存在は、可能性の一つにすぎない。
いわばバグみたいなもんだ。……ああ、でも安心して。読者は君のこと覚えてるよ?
“痛々しいキャラ”として、だけど」
「ぐあああああああ!!!」
虚空にジグの絶叫が響き渡った。
メグは肩をすくめ、酒瓶を傾けながら小さく笑う。
「ま、こういう役回りも大事だと思うけどね。正史を際立たせるためには、舞台を踏み外すピエロも必要ってわけ」
メグはわざとらしく肩を回し、退屈そうに酒瓶を揺らした。
「まあ、この世界線はね。ワイアットさんとアイネスさんが、ちゃんと一番いいハッピーエンドに辿り着くためにあるようなもんだし」
「……っ!」
「君は、そのための……まあ“出汁”みたいな存在?」
「君がこってり失敗するから、正史が旨味を増す。……ってやつ」
「俺は……俺は……!」
ジグの手が震える。怒りか、絶望か、もはや区別もつかない。
メグはあくまで飄々と、悪びれもせず続ける。
「ほら、料理だって出汁をとった後はさ、具材は捨てられるでしょ?後は正史が美味しくいただくってだけ」
「やめろぉぉぉ!!」
虚空にジグの絶叫が響く。
しかしメグは涼しい顔で酒をあおり、あっさりと肩をすくめた。
「ま、気にしなくていいよ。君の失敗があるから、こっちの世界が輝くんだから」
メグはひとしきり酒をあおると、立ち上がって指を鳴らした。
「そろそろ帰ろうかな。あ、安心して。妄想は元に戻しておいてあげるから」
パチン、と指先が鳴る。
次の瞬間、崩れ去った現実の光景は再び組み直され、ジグの目の前に“勝利の舞台”が再構築されていく。
美女たちの歓声。
喝采と讃美に包まれる自分の姿。
先ほどまで粉々に砕かれていた妄想が、また鮮やかに蘇る。
「せいぜい楽しんでね、失敗した世界線のアタシ」
「ま、待て! まだ話は終わって──!」
メグは手をひらりと振る。
しかさメグが踵を返しかけて、ふと思い出したように振り返った。
「あ、後さ……」
「な、なんだ……?」
わずかな期待と、まだ消えぬ怒りをにじませながら、ジグは顔を上げる。
メグはにっこりと笑って告げた。
「エルムパレスの地図、ありがとね~。
あれのおかげでぜーんぶ、“私のシナリオ通り”に動いてくれたんだよ」
「な……に……?」
現実の光景が、ジグの脳裏に再びちらつく。
自分が必死になって探したつもりだった地図。
だがそれさえも、正史のメグにとってはただワイアットやアイネス達を導く為に仕組んだの布石でしかなかった。
メグは悪びれることなく、さらりと続ける。
「君がどう暴れても、結局は私が想定した通り。
……ほら、言った責任は果たさなきゃと思ってね。
アイネスさんに言っちゃったんだ。『一番いいルートに進める』って」
「…………!」
「だから、君は駒。
出がらしで、舞台の端っこで踊らされた可哀想な勇者(笑)。
──それが君の役割だったの」
ジグの喉がかすれ、言葉にならない呻きが漏れる。
虚空に嘲笑と歓声が再び響き渡る中、メグの姿はゆっくりと掻き消えていった。
メグの姿が消え、虚ろな空間にはジグだけが残された。
再構築された舞台。
美女たちの歓声、讃美の声。
勝ち誇る自分の姿。
だがその裏側に、彼はもう“知ってしまった”。
すべては正史のメグの掌の上。
自分は分岐の駒でしかなく、歴史に名を残すこともない。
「……俺は……勇者……だ……」
呟きは、歓声にかき消される。
それでも妄想は優しく彼を包み込む。
虚ろな勝利の舞台こそが、彼に許された唯一の居場所だった。
──こうしてジグは、すべてを知ったうえで、幸せな妄想の中に閉じ込められるのだった。
─現実。
メグはふっと瞼を開け、宿の天井を見上げた。
寝床ではアクアと紫苑が安らかな寝息を立てている。
「……よし、戻ってきた」
メグは小さく呟き、ワインの残りを一口だけあおった。
窓の外が、少しずつ白んでいく。
夜は明け、また新しい朝が訪れようとしていた。
こうして、誰も知らぬところで世界線を跨いだ“寄り道”は幕を閉じる。
前々作が世界線A
今作は世界線Aの20数年後、世界線A'
前作の冒頭が世界線Aの約300年後の世界線A''
前作のメインの話が世界線Bという設定です




