母をたずねて一駅ほど
前半戦の見せ場も終わり、紫苑が恋人になり、心機一転旅を再開します
津波が押し寄せる。
白い飛沫が空を覆い、轟音が鼓膜を裂く。
水に呑まれ、視界が泡と闇に沈む。
アクアはもがき、必死に腕を伸ばした。
けれど、指先は何も掴めない。
冷たい水が肺に流れ込み、心臓を鷲掴みにするような圧迫感。
──誰かの声がする。
「……アクア……」
「……殿……」
聞き覚えのある声。それなのに、どこか遠い。
「ぐっ……はぁっ!」
バッと目を覚ます。
朝、海沿いの小さな宿の一室。
窓から差し込む朝日と潮の香り。
汗で濡れた髪が額に貼り付き、アクアは大きく息を吸い込んだ。
「……夢、か……」
だが胸の奥に残る重さは、夢だけのものではなかった。
あの“津波の感覚”が、まだ身体にまとわりついている。
しかしそれは──夢の続きだった。
右頬には紫苑。
左頬にはメグ。
すやすやと眠る二人の寝息が、両耳をくすぐる。
柔らかな重みが左右からのしかかり、アクアは身動きが取れない。
「…………俺、人魚の息子なのに……溺れる夢見たよ……ッ!!」
バタッと跳ね起きようとする。
だが、動かない。
いや、“動けない”。
理由は単純だった。
紫苑のHカップ。
メグのIカップ。
その二つの大山脈の狭間に、アクアの顔面が完全に沈んでいたのだ。
「む、無理だこれ……!酸素が……!理性が……!!」
必死の抵抗もむなしく、ふたりの柔らかな重力が彼を挟み込み続ける。
不吉な夢から目覚めたはずなのに──
今度は現実で“天国”に溺れていた。
「……っぷはぁ!!」
ようやく顔を解放され、アクアは大きく息を吸い込んだ。
その横で──
紫苑が、まだ寝ぼけた声で囁く。
「……殿……おはようございます……」
頬をほんのり赤くしたまま、まぶたはまだ半分閉じている。
反対側からはメグが、欠伸混じりにぼそり。
「……ん〜……あ、もう朝? ふふ〜アクア、よく寝てたね♡えらいえらい〜♡」
HとIの狭間で、心臓が爆発しそうになるアクア。
夢の中よりも、現実の方が余程「悪夢」であり「天国」だった。
紫苑はハッと目を見開き、自分がアクアに寄りかかっていたことに気づく。
「ひゃっ……!? し、失礼いたしましたっ!!」
顔を真っ赤にして布団をはねのけ、慌てて正座。
「い、いや俺こそ……!」
(心臓がやばい、朝から死ぬかと思った……!)
そんな二人を横目で見ながら、メグは髪をかきあげてニヤリ。
「ふふ〜ん、いいじゃん別に〜。紫苑ちゃん、めっちゃ幸せそうな顔して寝てたし♡」
「な、なななっ……っ!」
耳まで真っ赤にして口をぱくぱく。
メグはさらに追い打ち。
「アクアきゅんも満更でもなかったでしょ〜?
ねぇ、どっちが柔らかかった?」
「い、言えるかぁぁぁぁ!!」
「メグ殿ぉぉぉぉっ!!!」
宿の朝が、今日も賑やかに始まるのだった。
朝食の席。焼き立てのパンとスープの香りが漂う中、三人は並んで食事を取っていた。
紫苑はパンを小さくちぎりながら、先日の戦いを振り返り口を開く。
「……しかし、ここまで“戦う王族”というのは見たことがありません。
あれ程の実力……皆様、本当にお強い」
アクアはスープをすすりながら、小さく苦笑する。
「姉さんも兄さん達も、俺よりずっと強いよ。……あの時で、多分7割くらいじゃないかな」
「な……っ! あれで……!? あの圧倒的な力が……全力ではないと……!」
思わず紫苑の瞳が揺れた。
メグはソーセージをもぐもぐしながら、肩をすくめる。
「ま、あの三人は本物だよね〜。
ハーデスさんは“魔槍そのもの”だし、アズールさんは軍を動かす天才。
で、女王様は……ん〜……もはや“国そのもの”って感じ?」
「……そう。あの人たちの強さは、俺にはまだ遠い。
でも……だからこそ、俺も背中を追いかけたいんだ」
紫苑はしばし見つめ、ふっと微笑んだ。
「……殿なら、きっと並び立てます」
「ふふ〜ん、じゃあさ、次はアクアきゅんが“8割”くらい出せる戦いに期待してるよ〜?」
「はは……ハードル上げないでよ」
アクアはパンをかじりながら、ふっと視線を落とした。
「……俺達の姉弟、皆、母親が違うんだ」
「……そう、なのですね」
「うん。姉さんや兄さんはみんな人間の母親から生まれてる。
でも……俺の母さんは、人間の姿を手に入れても種族は“人魚”のままだった」
彼は少し間を置き、苦笑する。
「だから、中々子どもが出来なかったらしい。……それで、やっと産まれたのが俺一人なんだって」
紫苑は箸を置き、驚いた顔をした。
「……殿は、まさに奇跡のお方なのですね」
メグは肘をつきながら、ニヤリと笑う。
「へぇ〜……なるほどね。だからちょっと歳が離れてるワケか。
……ま、納得。そりゃあ女王様達にとっては“可愛い末っ子”ってなるよね〜」
アクアは頬を掻いて、気恥ずかしそうに笑う。
「……まあ、俺にとっても、自慢の姉と兄たちだよ」
紫苑は静かに微笑み、胸に手を添えて呟いた。
「……奇跡の御方をお支えできること、誇りに思います」
「……ありがとう、紫苑」
アクアは少し照れたように笑って、カップを置いた。
「でもさ、他の母さん達も……俺のことを、本当の子供みたいに大切にしてくれたんだ」
紫苑は目を細め、静かに頷く。
「……素敵なご家族でございますね」
メグは肩をすくめて、にやり。
「ふふ〜ん。やっぱ“愛され末っ子ポジ”は最強だよね〜。
でもアクアくん? それに甘えてばっかじゃダメよ? 旅に出たからには、自分で背負わなきゃ」
アクアはパンをちぎりながら、小さく笑った。
「分かってるよ。だからこそ、俺も……胸を張れるくらい強くならなきゃって思うんだ」
紫苑はその言葉に胸を打たれたように、そっと手を胸元に当てた。
「……殿。私はその強さを信じております」
朝の仲間達との会話、穏やかで楽しげな日常だった
そして彼の自分探しの旅は再開される
しかしアクアは肩をすくめてため息をついた。
「それにしても……ジャーマイエルまで行ったのに、結局また王国からやり直しか。……さて、どこ行こうかな」
メグがくいっと指を立てる。
「はーい!提案ありまーす!せっかく振り出しに戻ったんならさ、アクアのお母さんに会いに行こう!」
「……えっ!?」
アクアは思わず声を裏返らせた。
「だってさ、せっかく立派に成長した姿見せるチャンスじゃん? しかも住所はこの近くだし〜」
「ちょっ……なんで知ってんだよ!?」
メグはにやにや笑いながら、酒瓶をくるくる回す。
「アタシ大賢者だよ? 知ってて当然でしょ〜?」
紫苑は小さく笑みを浮かべて、柔らかく言った。
「……殿。これは良き機会かと存じます。ご母堂に、今のご立派なお姿をお見せすべきかと」
アクアは顔を赤くして、後頭部をかく。
「……む、紫苑まで……! うぅ、心の準備が……!」
メグがふらりとアクアの横に寄り、口元を寄せてくる。
「……それにさぁ」
囁くように、柔らかく耳をくすぐる声。
「彼女できたんだし、紹介しちゃえば?」
「――ッ!?」
一瞬で顔が真っ赤になり、肩がガチガチに固まる。
「? 殿……どうされましたか?」
「い、いやいやいやいやっ!!」
アクアは慌てて手を振るが、紫苑の首が小さくかしげられるだけ。
メグはにやにや笑いながら、もう一杯飲み干す。
「うわ〜青春〜♡」
海沿いの街道を抜けると、空と海が一つに溶け合うような小さな村が姿を現した。
潮の香りが濃く、漁に使う小舟が並ぶ波止場には、今日の獲物を抱えた漁師たちの声が響いている。
アクアは足を止め、しみじみと呟いた。
「……懐かしいな。ここだよ。母さんが暮らしてる村」
紫苑は波の音に耳を傾けながら、穏やかに微笑む。
「静かで……良い所ですね。殿の心根が優しいのも、わかる気がいたします」
メグはのんびりと伸びをし、
「ふぁ〜あ……なんか“潮風と酒”って感じの村だねぇ。アクアきゅんの実家、いかにも“海の息子”って雰囲気あるわぁ」
村人たちは、旅人風の三人に一瞬目を留めたが、やがて囁き合い、柔らかく頷き合う。
その視線はどこか懐かしさを帯びていて――
「……クレインの坊やが、帰ってきたぞ」
「奥方様も、さぞお喜びになるだろう」
そんな声が、潮風に混じって届いた。
やがて三人は、村の外れに佇む白壁の屋敷に辿り着く。
周囲の木々に囲まれ、静かに海を見渡すその場所は、時が止まったかのように落ち着いた佇まいをしていた。
アクアは深呼吸をひとつ。
「……ここだ。母さんがいる家」
紫苑は小さく頷き、アクアの背をそっと押す。
「行きましょう、殿」
メグはにやりと笑い、
「さーて、“母親に彼女を紹介するタイム”突入だねぇ〜?」
「やめろって!」(顔真っ赤)
そして――
アクアは扉の前に立ち、震える指でノックを叩いた。
扉が静かに開いた。
潮騒を背に立っていたのは――時を止めたように美しい女性だった。
白銀の髪は月光のように艶やかに揺れ、
蒼い瞳は、海そのものを閉じ込めたように深い。
不老の人魚、アイネス・クレイン。
その姿は、アクアの記憶にある“母”のままで。
アイネスの唇が震える。
「アクア……? ……来てくれたの?」
アクアの胸にこみ上げるものがあった。
子どもの頃と同じ潮風の香り、同じ微笑み。
けれど――自分はもう、あの頃の無力な子どもではない。
「……ただいま、母さん」
その言葉と同時に、アイネスの頬に涙が伝う。
彼女は堪えきれず、アクアを強く抱き締めた。
その腕の中には、もう少年ではなく――戦いを越えて立つ青年の温もりがあった。
「……立派になったのね……。本当に……」
紫苑は、そっと視線を伏せる。
メグは、にやりと笑ってアイスを舐めながら呟いた。
「うん、これは泣くやつだわ〜」
アイネスはアクアを抱き締めていた腕をゆっくりと解き、背後に控えていた二人に視線を移した。
その青い瞳は、どこまでも穏やかで、優しさを帯びていた。
紫苑はきちんと膝を折り、深く一礼する。
「お初にお目にかかります。紫苑スメラギと申します。殿の忠臣にございます」
その真摯な声に、アイネスは柔らかく微笑んだ。
「貴女が……アクアの隣にいてくれる女性なのですね。ありがとう。あの子のこと、どうか……お願いしますね?」
紫苑の胸が、ほんのり熱くなる。
「……はい。必ず」
次に前へ出てきたのは、ゆるゆるとした足取りの
メグ、片手にはちゃっかりアイス。
「どーもどーも〜♪ メグでーす。ただの大賢者でーす☆」
あまりに軽い自己紹介にアクアは赤面して頭を抱える。
だがアイネスは小さく笑みを零した。
「……ふふ。ディアドラから聞いています。息子がいつも……お世話になっているそうですね」
メグは肩をすくめてにっこり。
「まーね、アクアきゅん見てるの楽しいし〜♪」
アイネスの視線が、アクアへと戻る。
母の瞳には誇らしさと、少しの安堵が宿っていた。
アイネスはアクアと紫苑を交互に見つめ、そっと胸に手を当てた。
「やっぱり……私と、あの人の子……」
柔らかな吐息とともに、微笑が零れる。
「貴方の隣に立つ女性を見ていると……どうしても、かつての自分を重ねてしまうの」
紫苑はその言葉にわずかに頬を染め、姿勢を正した。
アクアは少し照れながらも、母の眼差しを正面から受け止める。
アイネスは両手を合わせると、ふっと表情を和ませた。
「今日はゆっくりしていける? 良かったら泊まっていってね」
アクアは小さく笑ってうなずく。
「ありがとう。……今日は父さんは来てないの?」
アイネスはくすりと笑みを返す。
「ええ、あの人はね……今日は他の家。日替わりで梯子するのが“引退後の趣味”みたいだから」
「やっぱり……父さんらしいな」
母子の会話に、紫苑とメグも思わず小さな笑みを漏らす。
かつての英雄譚が、今は家族の営みとして続いていることを、ほんの一瞬、温かく感じられるひとときだった。
アクアと紫苑は夕食の買い出しに
屋敷の門を出ると、2人は並んで歩き出した。
「夕食に必要なものは、村の市場で揃うそうです」
「うん、母さんにも任せっぱなしじゃ悪いしな」
波の音とともに、茜色に染まる空が二人を包む。
「殿、今夜は魚を焼くと仰っていましたね。市場で新鮮なものを見繕いましょうか」
「うん。でも紫苑が選んだ方が絶対美味しいやつになると思う」
「……また、そうやって」
紫苑は恥ずかしそうに笑い、握った手をほんの少し強くする。
市場に着けば、自然と「夫婦」と勘違いされるほど息が合っていた。
「この野菜も買っていきましょう。殿は好き嫌いなど……」
「ないよ。紫苑と食べるなら、何でも美味しい」
周囲の老婆が「まぁまぁ、お似合いじゃこと」と笑う。
アクアは慌てて赤面しつつも、紫苑はその言葉を否定せず、目を伏せて耳まで赤く染めていた。
「……て、照れますって……///」
「ま、まだ付き合ったばかりだよ!」
夕焼けの中で交わす視線。
恋人同士になった二人は、ただ静かに、けれど確かに未来を夢見ていた。
一方その頃、屋敷の居間。
灯りに照らされた木のテーブルには、飲みかけのワインとアイスの器。
メグは脚を投げ出しながらソファに沈み、ぐでーっとしながらアイスを舐めていた。
そんな彼女に、アイネスは静かに声をかけた。
「……メグさん」
「ん〜? なんすか?」
少し頬を赤らめてから、アイネスは視線を伏せる。
「ひとつ……ずっと胸に秘めていたことがあるんです」
「ほぉん?」
アイネスは、指先をぎゅっと組み合わせ、そして問いを口にした。
「……人魚を、人間に変えることは……できますか?」
メグの瞳が、一瞬で冴える。
だらしなさの奥に潜む“賢者”の気配が立ちのぼった。
「……あーあ。やっぱり聞いちゃうんだ、それ」
アイネスは目を伏せ、苦く笑う。
「この姿のままでは……私はいつまでも一人。アクアたちの時間と、同じ速さで生きられない。……あの人と出会った日から、ずっと……」
メグはアイスのカップをテーブルに置き、深くソファに背を預けながら、わざと軽く口にした。
アイネスの問いに、メグはアイスのスプーンをぴたりと止めた。
その瞬間、部屋の空気が張り詰める。
「……やろうと思えば、全然出来るよ」
アイネスの瞳が大きく開く。
「でしたら……!」
しかし、次の一言が彼女を制した。
「でも――このタイミングでアタシがやるべきじゃないね」
アイネスは戸惑い、口を閉ざす。
メグはソファから身を起こし、淡々と続けた。
「アタシは、未来も、過去も、この世界のパターンも……ぜーんぶ見えてる。だから分かるんだ。
……“今”それをやったら、アイネスさんの望む未来は叶わない」
「叶わない……?」
「そう。“仲間との絆”を選ぶなら、今は動いちゃダメ。
ワイアットさんもアイネスさんも、まだ道の途中にいる。――だから、今やるべきじゃない」
アイネスは目を伏せ、胸に手を当てる。
メグの言葉には、軽口の欠片もなかった。
未来を知る大賢者だからこその、重みがあった。
「……メグさん、貴女は……」
「うん、大賢者って呼ばれてる。めんどくさいけどね」
メグはわざと笑って肩をすくめた。
だがその笑みの奥には、彼女だけが背負うものが滲んでいた。
静まり返る部屋。
アイネスはしばし目を閉じ、ゆっくりと息を整えた。
やがてその青い瞳がまっすぐメグを見据える。
「……信じます。大賢者さんの言葉を……」
その声は、短いながらも確かな決意に満ちていた。
永遠を生きる人魚が、初めて“時”を委ねるように。
メグは小さく頷き、再びスプーンを口に運んだ。
「……ならいいよ。信じるってのは、未来を選ぶ一番のチカラだからね」
その頃アクアは、
「紫苑、ちょっと寄り道して行こう?」
紫苑の手を引いて防波堤へ
橙に染まる海は、まるで炎のように揺れながら、空と地平をひとつに溶かしていた。
アクアは紫苑の手をぎゅっと引き、少し照れたように笑う。
「……小さい頃からここが好きでさ。
彼女ができたら、絶対に連れて来ようって……ずっと思ってたんだ」
紫苑は一瞬、驚いたように目を瞬かせ、すぐに頬を赤らめて視線を落とした。
「……殿……♡」
その声は、忠臣の言葉ではなく、ただひとりの少女の心からの吐息だった。
次の瞬間。
夕焼けの海風に吹かれながら、二人の唇が重なる。
最初はおずおずと――だが、触れ合った瞬間に、互いの胸が跳ねて止まらなくなる。
紫苑は緊張に震えながらも、そっと瞼を閉じて身を預ける。
アクアは、浮かれた気持ちと同時に、彼女の温もりを確かめるように、離したくないと心から思っていた。
長いようで一瞬の口づけ。
潮騒がふたりを包み込み、夕陽が祝福するように沈んでいく。
――忠義と絆は、この瞬間、確かな恋へと変わった。
そして夜、
屋敷の食卓には、海の幸をふんだんに使った料理が並んでいた。
焼き立ての魚に、香草の香り漂うスープ。新鮮な貝を蒸した皿からは、潮の香りが立ち上る。
「うまっ……! やっぱり母さんの手料理は最高だ」
アクアが思わず声を上げると、アイネスはくすりと微笑んだ。
「あなたが喜んでくれるなら、いくらでも作るわ」
紫苑は緊張しながらも、一口ごとに丁寧に味わっていた。
「……本当に、美味しい……。殿が、この味を覚えて育ったのだと、分かる気がいたします」
その姿を見て、アクアは頬を掻きながら少し照れくさそうに笑った。
「そ、そうかな……」
そして、向かいでソーセージとチョコミントアイスを同時に食べているメグが、ゆるく笑う。
「ふふ〜ん、やっぱ“家族の団らん”っていいもんだよね〜。……いや〜飲みすぎたかも」
笑い声が食卓を包み、潮騒と混ざり合う。
その夜は――憂いも影もなく、ただ心から温かい夕食の時間を楽しんだ。
そして翌朝、光が海を照らし、波はきらきらと揺れていた。アクアは振り返り、屋敷の前に立つ母の姿を胸に焼きつける。
「じゃあ行くよ、母さん」
アイネスは静かに微笑み、潮風に白銀の髪を揺らした。
「……そう。
でも、あなたの旅がいつか迷いに満ちたときは、覚えておいて。
この海はいつでも、あなたの帰る場所よ。
あなたは、海の息子。きっと、潮があなたを導くから」
その言葉は、祈りのように温かく、アクアの胸に深く響いた。
三人は村を後にする。
小道を進みながら、紫苑がぽつりと呟いた。
「……本当に、美しい人ですね。殿のご母堂は」
「そりゃあもう、伝説の人魚姫よ? あんな美人、そうそういないって♪」
メグは笑いながら、空に伸びをする。
アクアは照れくさそうに頬をかきつつ、真剣な眼差しを前へと向けた。
「俺も、いつか“伝説”と呼ばれるくらいの男にならないとな……」
潮騒の音に背を押されるように――
少年と仲間たちの新たな旅路が、再び始まった。
潮風が頬を撫でる。
旅立つアクアの背を、海と空が祝福するように照らしていた。
そのとき。
屋敷の塀の影でひとりの男がぼそりと呟いた。
「……アクア、生きたいように生きろよ……」
かつて国を築き、仲間と笑い、走り抜けた男――
ワイアット・クレイン。
その眼差しは、息子の背を誇らしげに見つめていた。
「ワイアットさん!? 来てたんですか……!」
気づいたのは、傍らに立つアイネスだけ。
けれどその声は、海風に紛れて誰の耳にも届かない。
――でも、それでいい。
想いは、必ず受け継がれる。
父の背中を追い、
そして“自分の道”を探す旅は、ここから続いていくのだから。
前作のキャラ登場は個人的に好きです。
興味を持って頂けたら是非前作もご覧ください、結構伏線は仕込んでます




