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10/23

母をたずねて一駅ほど

前半戦の見せ場も終わり、紫苑が恋人になり、心機一転旅を再開します

津波が押し寄せる。

白い飛沫が空を覆い、轟音が鼓膜を裂く。

水に呑まれ、視界が泡と闇に沈む。


アクアはもがき、必死に腕を伸ばした。

けれど、指先は何も掴めない。

冷たい水が肺に流れ込み、心臓を鷲掴みにするような圧迫感。


──誰かの声がする。

「……アクア……」

「……殿……」


聞き覚えのある声。それなのに、どこか遠い。


「ぐっ……はぁっ!」


バッと目を覚ます。


朝、海沿いの小さな宿の一室。

窓から差し込む朝日と潮の香り。

汗で濡れた髪が額に貼り付き、アクアは大きく息を吸い込んだ。


「……夢、か……」


だが胸の奥に残る重さは、夢だけのものではなかった。

あの“津波の感覚”が、まだ身体にまとわりついている。


しかしそれは──夢の続きだった。


右頬には紫苑。

左頬にはメグ。


すやすやと眠る二人の寝息が、両耳をくすぐる。

柔らかな重みが左右からのしかかり、アクアは身動きが取れない。


「…………俺、人魚の息子なのに……溺れる夢見たよ……ッ!!」


バタッと跳ね起きようとする。

だが、動かない。

いや、“動けない”。


理由は単純だった。


紫苑のHカップ。

メグのIカップ。

その二つの大山脈の狭間に、アクアの顔面が完全に沈んでいたのだ。


「む、無理だこれ……!酸素が……!理性が……!!」


必死の抵抗もむなしく、ふたりの柔らかな重力が彼を挟み込み続ける。

不吉な夢から目覚めたはずなのに──

今度は現実で“天国”に溺れていた。


「……っぷはぁ!!」

ようやく顔を解放され、アクアは大きく息を吸い込んだ。


その横で──

紫苑が、まだ寝ぼけた声で囁く。


「……殿……おはようございます……」

頬をほんのり赤くしたまま、まぶたはまだ半分閉じている。


反対側からはメグが、欠伸混じりにぼそり。

「……ん〜……あ、もう朝? ふふ〜アクア、よく寝てたね♡えらいえらい〜♡」


HとIの狭間で、心臓が爆発しそうになるアクア。

夢の中よりも、現実の方が余程「悪夢」であり「天国」だった。


紫苑はハッと目を見開き、自分がアクアに寄りかかっていたことに気づく。

「ひゃっ……!? し、失礼いたしましたっ!!」

顔を真っ赤にして布団をはねのけ、慌てて正座。


「い、いや俺こそ……!」

(心臓がやばい、朝から死ぬかと思った……!)


そんな二人を横目で見ながら、メグは髪をかきあげてニヤリ。

「ふふ〜ん、いいじゃん別に〜。紫苑ちゃん、めっちゃ幸せそうな顔して寝てたし♡」


「な、なななっ……っ!」

耳まで真っ赤にして口をぱくぱく。


メグはさらに追い打ち。

「アクアきゅんも満更でもなかったでしょ〜? 

ねぇ、どっちが柔らかかった?」


「い、言えるかぁぁぁぁ!!」


「メグ殿ぉぉぉぉっ!!!」


宿の朝が、今日も賑やかに始まるのだった。


朝食の席。焼き立てのパンとスープの香りが漂う中、三人は並んで食事を取っていた。

紫苑はパンを小さくちぎりながら、先日の戦いを振り返り口を開く。


「……しかし、ここまで“戦う王族”というのは見たことがありません。

あれ程の実力……皆様、本当にお強い」


アクアはスープをすすりながら、小さく苦笑する。

「姉さんも兄さん達も、俺よりずっと強いよ。……あの時で、多分7割くらいじゃないかな」


「な……っ! あれで……!? あの圧倒的な力が……全力ではないと……!」

思わず紫苑の瞳が揺れた。


メグはソーセージをもぐもぐしながら、肩をすくめる。

「ま、あの三人は本物だよね〜。

ハーデスさんは“魔槍そのもの”だし、アズールさんは軍を動かす天才。

で、女王様は……ん〜……もはや“国そのもの”って感じ?」


「……そう。あの人たちの強さは、俺にはまだ遠い。

でも……だからこそ、俺も背中を追いかけたいんだ」


紫苑はしばし見つめ、ふっと微笑んだ。

「……殿なら、きっと並び立てます」


「ふふ〜ん、じゃあさ、次はアクアきゅんが“8割”くらい出せる戦いに期待してるよ〜?」


「はは……ハードル上げないでよ」


アクアはパンをかじりながら、ふっと視線を落とした。

「……俺達の姉弟、皆、母親が違うんだ」


「……そう、なのですね」


「うん。姉さんや兄さんはみんな人間の母親から生まれてる。

でも……俺の母さんは、人間の姿を手に入れても種族は“人魚”のままだった」


彼は少し間を置き、苦笑する。

「だから、中々子どもが出来なかったらしい。……それで、やっと産まれたのが俺一人なんだって」


紫苑は箸を置き、驚いた顔をした。

「……殿は、まさに奇跡のお方なのですね」


メグは肘をつきながら、ニヤリと笑う。

「へぇ〜……なるほどね。だからちょっと歳が離れてるワケか。

……ま、納得。そりゃあ女王様達にとっては“可愛い末っ子”ってなるよね〜」


アクアは頬を掻いて、気恥ずかしそうに笑う。

「……まあ、俺にとっても、自慢の姉と兄たちだよ」


紫苑は静かに微笑み、胸に手を添えて呟いた。

「……奇跡の御方をお支えできること、誇りに思います」


「……ありがとう、紫苑」


アクアは少し照れたように笑って、カップを置いた。

「でもさ、他の母さん達も……俺のことを、本当の子供みたいに大切にしてくれたんだ」


紫苑は目を細め、静かに頷く。

「……素敵なご家族でございますね」


メグは肩をすくめて、にやり。

「ふふ〜ん。やっぱ“愛され末っ子ポジ”は最強だよね〜。

でもアクアくん? それに甘えてばっかじゃダメよ? 旅に出たからには、自分で背負わなきゃ」


アクアはパンをちぎりながら、小さく笑った。

「分かってるよ。だからこそ、俺も……胸を張れるくらい強くならなきゃって思うんだ」


紫苑はその言葉に胸を打たれたように、そっと手を胸元に当てた。

「……殿。私はその強さを信じております」


朝の仲間達との会話、穏やかで楽しげな日常だった

そして彼の自分探しの旅は再開される

しかしアクアは肩をすくめてため息をついた。

「それにしても……ジャーマイエルまで行ったのに、結局また王国からやり直しか。……さて、どこ行こうかな」


メグがくいっと指を立てる。

「はーい!提案ありまーす!せっかく振り出しに戻ったんならさ、アクアのお母さんに会いに行こう!」


「……えっ!?」

アクアは思わず声を裏返らせた。


「だってさ、せっかく立派に成長した姿見せるチャンスじゃん? しかも住所はこの近くだし〜」

「ちょっ……なんで知ってんだよ!?」


メグはにやにや笑いながら、酒瓶をくるくる回す。

「アタシ大賢者だよ? 知ってて当然でしょ〜?」


紫苑は小さく笑みを浮かべて、柔らかく言った。

「……殿。これは良き機会かと存じます。ご母堂に、今のご立派なお姿をお見せすべきかと」


アクアは顔を赤くして、後頭部をかく。

「……む、紫苑まで……! うぅ、心の準備が……!」


メグがふらりとアクアの横に寄り、口元を寄せてくる。

「……それにさぁ」

囁くように、柔らかく耳をくすぐる声。


「彼女できたんだし、紹介しちゃえば?」


「――ッ!?」

一瞬で顔が真っ赤になり、肩がガチガチに固まる。


「? 殿……どうされましたか?」


「い、いやいやいやいやっ!!」

アクアは慌てて手を振るが、紫苑の首が小さくかしげられるだけ。


メグはにやにや笑いながら、もう一杯飲み干す。

「うわ〜青春〜♡」


海沿いの街道を抜けると、空と海が一つに溶け合うような小さな村が姿を現した。

潮の香りが濃く、漁に使う小舟が並ぶ波止場には、今日の獲物を抱えた漁師たちの声が響いている。


アクアは足を止め、しみじみと呟いた。

「……懐かしいな。ここだよ。母さんが暮らしてる村」


紫苑は波の音に耳を傾けながら、穏やかに微笑む。

「静かで……良い所ですね。殿の心根が優しいのも、わかる気がいたします」


メグはのんびりと伸びをし、

「ふぁ〜あ……なんか“潮風と酒”って感じの村だねぇ。アクアきゅんの実家、いかにも“海の息子”って雰囲気あるわぁ」


村人たちは、旅人風の三人に一瞬目を留めたが、やがて囁き合い、柔らかく頷き合う。

その視線はどこか懐かしさを帯びていて――

「……クレインの坊やが、帰ってきたぞ」

「奥方様も、さぞお喜びになるだろう」

そんな声が、潮風に混じって届いた。


やがて三人は、村の外れに佇む白壁の屋敷に辿り着く。

周囲の木々に囲まれ、静かに海を見渡すその場所は、時が止まったかのように落ち着いた佇まいをしていた。


アクアは深呼吸をひとつ。

「……ここだ。母さんがいる家」


紫苑は小さく頷き、アクアの背をそっと押す。

「行きましょう、殿」


メグはにやりと笑い、

「さーて、“母親に彼女を紹介するタイム”突入だねぇ〜?」


「やめろって!」(顔真っ赤)


そして――

アクアは扉の前に立ち、震える指でノックを叩いた。


扉が静かに開いた。

潮騒を背に立っていたのは――時を止めたように美しい女性だった。


白銀の髪は月光のように艶やかに揺れ、

蒼い瞳は、海そのものを閉じ込めたように深い。

不老の人魚、アイネス・クレイン。

その姿は、アクアの記憶にある“母”のままで。


アイネスの唇が震える。

「アクア……? ……来てくれたの?」


アクアの胸にこみ上げるものがあった。

子どもの頃と同じ潮風の香り、同じ微笑み。

けれど――自分はもう、あの頃の無力な子どもではない。


「……ただいま、母さん」


その言葉と同時に、アイネスの頬に涙が伝う。

彼女は堪えきれず、アクアを強く抱き締めた。

その腕の中には、もう少年ではなく――戦いを越えて立つ青年の温もりがあった。


「……立派になったのね……。本当に……」


紫苑は、そっと視線を伏せる。

メグは、にやりと笑ってアイスを舐めながら呟いた。

「うん、これは泣くやつだわ〜」


アイネスはアクアを抱き締めていた腕をゆっくりと解き、背後に控えていた二人に視線を移した。

その青い瞳は、どこまでも穏やかで、優しさを帯びていた。


紫苑はきちんと膝を折り、深く一礼する。

「お初にお目にかかります。紫苑スメラギと申します。殿の忠臣にございます」


その真摯な声に、アイネスは柔らかく微笑んだ。

「貴女が……アクアの隣にいてくれる女性なのですね。ありがとう。あの子のこと、どうか……お願いしますね?」


紫苑の胸が、ほんのり熱くなる。

「……はい。必ず」


次に前へ出てきたのは、ゆるゆるとした足取りの

メグ、片手にはちゃっかりアイス。


「どーもどーも〜♪ メグでーす。ただの大賢者でーす☆」


あまりに軽い自己紹介にアクアは赤面して頭を抱える。

だがアイネスは小さく笑みを零した。

「……ふふ。ディアドラから聞いています。息子がいつも……お世話になっているそうですね」


メグは肩をすくめてにっこり。

「まーね、アクアきゅん見てるの楽しいし〜♪」


アイネスの視線が、アクアへと戻る。

母の瞳には誇らしさと、少しの安堵が宿っていた。


アイネスはアクアと紫苑を交互に見つめ、そっと胸に手を当てた。

「やっぱり……私と、あの人の子……」

柔らかな吐息とともに、微笑が零れる。

「貴方の隣に立つ女性を見ていると……どうしても、かつての自分を重ねてしまうの」


紫苑はその言葉にわずかに頬を染め、姿勢を正した。

アクアは少し照れながらも、母の眼差しを正面から受け止める。


アイネスは両手を合わせると、ふっと表情を和ませた。

「今日はゆっくりしていける? 良かったら泊まっていってね」


アクアは小さく笑ってうなずく。

「ありがとう。……今日は父さんは来てないの?」


アイネスはくすりと笑みを返す。

「ええ、あの人はね……今日は他の家。日替わりで梯子するのが“引退後の趣味”みたいだから」


「やっぱり……父さんらしいな」


母子の会話に、紫苑とメグも思わず小さな笑みを漏らす。

かつての英雄譚が、今は家族の営みとして続いていることを、ほんの一瞬、温かく感じられるひとときだった。


アクアと紫苑は夕食の買い出しに

屋敷の門を出ると、2人は並んで歩き出した。


「夕食に必要なものは、村の市場で揃うそうです」

「うん、母さんにも任せっぱなしじゃ悪いしな」


波の音とともに、茜色に染まる空が二人を包む。


「殿、今夜は魚を焼くと仰っていましたね。市場で新鮮なものを見繕いましょうか」

「うん。でも紫苑が選んだ方が絶対美味しいやつになると思う」


「……また、そうやって」

紫苑は恥ずかしそうに笑い、握った手をほんの少し強くする。


市場に着けば、自然と「夫婦」と勘違いされるほど息が合っていた。

「この野菜も買っていきましょう。殿は好き嫌いなど……」

「ないよ。紫苑と食べるなら、何でも美味しい」


周囲の老婆が「まぁまぁ、お似合いじゃこと」と笑う。

アクアは慌てて赤面しつつも、紫苑はその言葉を否定せず、目を伏せて耳まで赤く染めていた。


「……て、照れますって……///」

「ま、まだ付き合ったばかりだよ!」




夕焼けの中で交わす視線。

恋人同士になった二人は、ただ静かに、けれど確かに未来を夢見ていた。


一方その頃、屋敷の居間。

灯りに照らされた木のテーブルには、飲みかけのワインとアイスの器。

メグは脚を投げ出しながらソファに沈み、ぐでーっとしながらアイスを舐めていた。


そんな彼女に、アイネスは静かに声をかけた。


「……メグさん」


「ん〜? なんすか?」


少し頬を赤らめてから、アイネスは視線を伏せる。


「ひとつ……ずっと胸に秘めていたことがあるんです」

「ほぉん?」


アイネスは、指先をぎゅっと組み合わせ、そして問いを口にした。


「……人魚を、人間に変えることは……できますか?」


メグの瞳が、一瞬で冴える。

だらしなさの奥に潜む“賢者”の気配が立ちのぼった。


「……あーあ。やっぱり聞いちゃうんだ、それ」


アイネスは目を伏せ、苦く笑う。

「この姿のままでは……私はいつまでも一人。アクアたちの時間と、同じ速さで生きられない。……あの人と出会った日から、ずっと……」


メグはアイスのカップをテーブルに置き、深くソファに背を預けながら、わざと軽く口にした。


アイネスの問いに、メグはアイスのスプーンをぴたりと止めた。

その瞬間、部屋の空気が張り詰める。


「……やろうと思えば、全然出来るよ」


アイネスの瞳が大きく開く。

「でしたら……!」


しかし、次の一言が彼女を制した。


「でも――このタイミングでアタシがやるべきじゃないね」


アイネスは戸惑い、口を閉ざす。

メグはソファから身を起こし、淡々と続けた。


「アタシは、未来も、過去も、この世界のパターンも……ぜーんぶ見えてる。だから分かるんだ。

……“今”それをやったら、アイネスさんの望む未来は叶わない」


「叶わない……?」


「そう。“仲間との絆”を選ぶなら、今は動いちゃダメ。

ワイアットさんもアイネスさんも、まだ道の途中にいる。――だから、今やるべきじゃない」


アイネスは目を伏せ、胸に手を当てる。

メグの言葉には、軽口の欠片もなかった。

未来を知る大賢者だからこその、重みがあった。


「……メグさん、貴女は……」

「うん、大賢者って呼ばれてる。めんどくさいけどね」


メグはわざと笑って肩をすくめた。

だがその笑みの奥には、彼女だけが背負うものが滲んでいた。


静まり返る部屋。

アイネスはしばし目を閉じ、ゆっくりと息を整えた。


やがてその青い瞳がまっすぐメグを見据える。


「……信じます。大賢者さんの言葉を……」


その声は、短いながらも確かな決意に満ちていた。

永遠を生きる人魚が、初めて“時”を委ねるように。


メグは小さく頷き、再びスプーンを口に運んだ。

「……ならいいよ。信じるってのは、未来を選ぶ一番のチカラだからね」


その頃アクアは、

「紫苑、ちょっと寄り道して行こう?」

紫苑の手を引いて防波堤へ

橙に染まる海は、まるで炎のように揺れながら、空と地平をひとつに溶かしていた。


アクアは紫苑の手をぎゅっと引き、少し照れたように笑う。

「……小さい頃からここが好きでさ。

彼女ができたら、絶対に連れて来ようって……ずっと思ってたんだ」


紫苑は一瞬、驚いたように目を瞬かせ、すぐに頬を赤らめて視線を落とした。

「……殿……♡」


その声は、忠臣の言葉ではなく、ただひとりの少女の心からの吐息だった。


次の瞬間。

夕焼けの海風に吹かれながら、二人の唇が重なる。


最初はおずおずと――だが、触れ合った瞬間に、互いの胸が跳ねて止まらなくなる。

紫苑は緊張に震えながらも、そっと瞼を閉じて身を預ける。

アクアは、浮かれた気持ちと同時に、彼女の温もりを確かめるように、離したくないと心から思っていた。


長いようで一瞬の口づけ。

潮騒がふたりを包み込み、夕陽が祝福するように沈んでいく。


――忠義と絆は、この瞬間、確かな恋へと変わった。



そして夜、

屋敷の食卓には、海の幸をふんだんに使った料理が並んでいた。

焼き立ての魚に、香草の香り漂うスープ。新鮮な貝を蒸した皿からは、潮の香りが立ち上る。


「うまっ……! やっぱり母さんの手料理は最高だ」

アクアが思わず声を上げると、アイネスはくすりと微笑んだ。


「あなたが喜んでくれるなら、いくらでも作るわ」


紫苑は緊張しながらも、一口ごとに丁寧に味わっていた。

「……本当に、美味しい……。殿が、この味を覚えて育ったのだと、分かる気がいたします」


その姿を見て、アクアは頬を掻きながら少し照れくさそうに笑った。

「そ、そうかな……」


そして、向かいでソーセージとチョコミントアイスを同時に食べているメグが、ゆるく笑う。

「ふふ〜ん、やっぱ“家族の団らん”っていいもんだよね〜。……いや〜飲みすぎたかも」


笑い声が食卓を包み、潮騒と混ざり合う。


その夜は――憂いも影もなく、ただ心から温かい夕食の時間を楽しんだ。


そして翌朝、光が海を照らし、波はきらきらと揺れていた。アクアは振り返り、屋敷の前に立つ母の姿を胸に焼きつける。


「じゃあ行くよ、母さん」


アイネスは静かに微笑み、潮風に白銀の髪を揺らした。

「……そう。

でも、あなたの旅がいつか迷いに満ちたときは、覚えておいて。

この海はいつでも、あなたの帰る場所よ。

あなたは、海の息子。きっと、潮があなたを導くから」


その言葉は、祈りのように温かく、アクアの胸に深く響いた。


三人は村を後にする。

小道を進みながら、紫苑がぽつりと呟いた。


「……本当に、美しい人ですね。殿のご母堂は」


「そりゃあもう、伝説の人魚姫よ? あんな美人、そうそういないって♪」

メグは笑いながら、空に伸びをする。


アクアは照れくさそうに頬をかきつつ、真剣な眼差しを前へと向けた。

「俺も、いつか“伝説”と呼ばれるくらいの男にならないとな……」


潮騒の音に背を押されるように――

少年と仲間たちの新たな旅路が、再び始まった。

潮風が頬を撫でる。

旅立つアクアの背を、海と空が祝福するように照らしていた。


そのとき。

屋敷の塀の影でひとりの男がぼそりと呟いた。


「……アクア、生きたいように生きろよ……」


かつて国を築き、仲間と笑い、走り抜けた男――

ワイアット・クレイン。

その眼差しは、息子の背を誇らしげに見つめていた。


「ワイアットさん!? 来てたんですか……!」

気づいたのは、傍らに立つアイネスだけ。

けれどその声は、海風に紛れて誰の耳にも届かない。


――でも、それでいい。

想いは、必ず受け継がれる。


父の背中を追い、

そして“自分の道”を探す旅は、ここから続いていくのだから。




前作のキャラ登場は個人的に好きです。

興味を持って頂けたら是非前作もご覧ください、結構伏線は仕込んでます

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