番外編:カフェに訪れた新たな波
夜の帳が降りる頃、カフェ「Café Fallen」はいつものように静かに営業を続けていた。店内にはほのかにコーヒーの香りが漂い、温かみのある照明が落ち着いた空間を作り出している。
カウンターの奥では、店主ルイス・ファーレンが丁寧にコーヒーを淹れていた。その優雅な手つきは、見ているだけで心を落ち着かせる力がある。
しかし――
「きゃあっ!?」
店の奥から、派手な音とともに悲鳴が響いた。
「……またか」
ルイスが振り向くと、そこには粉まみれになった金髪の少女――ミカエルが床に座り込んでいた。彼女はふわふわしたロングヘアに、どこか神聖な輝きをまとった少女だ。
「うぅ……またやてしまった……」
ミカエルは涙目になりながら、倒れた小麦粉の袋を見つめる。
「お前は一体何をしていたんだ?」
ルイスはため息をつきながら問いかける。
「スイーツを作ろうと思ったの!」
ミカエルは勢いよく立ち上がり、粉まみれのまま胸を張った。
「スイーツ?」
「そう! 甘くて優しい、食べた人の心がほわほわするようなお菓子を作りたいの!」
彼女はキラキラした瞳で語るが、ルシファーは冷めた表情で彼女を見つめる。
「……お前に料理の才能があるとは思えないが」
「ひ、ひどい! 」
ミカエルはぷくっと頬を膨らませて怒るが、ルイスは「事実だ」と言わんばかりに肩をすくめた。
「なら、証明してみせろ」
「……え?」
「お前が本当に美味しいスイーツを作れるなら、勝負しよう」
「勝負!?」
ミカエルは目を丸くする。
「そうだ。お前が作るのは『人の心を癒すスイーツ』、俺が作るのは『堕落のスイーツ』。どちらが客により深く響くか、試してみるんだ」
ルシファーは不敵な笑みを浮かべながら、カウンターの奥から何かを取り出した。それは――とても上品な見た目のチョコレートだった。
「これは……?」
「『堕落のショコラ』。一口食べれば、甘美な快楽に溺れる味だ」
ミカエルはじっとチョコレートを見つめた。
「ずるいです!」
「何がずるい?」
「だって、そんな誘惑みたいな味を出されたら……」
「ほう?」
ルシファーはにやりと笑いながら、ショコラを小さく切り分けてミカエルの前に差し出した。
「試してみるか?」
ミカエルは少し躊躇したが、興味に負けて一口食べた。
「……っ!!」
その瞬間、彼女の全身に甘さが広がり、ふわりとした心地よさに包まれる。まるで、禁断の扉を開けたような感覚だった。
「ど、どろどろするぅぅ……!」
ミカエルは頭を振りながら、必死に正気を取り戻す。
「これが……悪魔のスイーツ……!」
「どうだ? 人間が堕落する気持ちが分かったか」
「くっ……でも、負けない!」
ミカエルは小さな拳を握りしめた。
「私も、私なりの最高のスイーツを作ります! ルシファーなんかに負けないんだから!」
「ほう、それは楽しみだ」
こうして、天使と悪魔のスイーツ対決が始まった。
勝負の夜、店には常連客たちが集まった。
ミカエルが作ったのは、リンゴの甘酸っぱさとシナモンの香りが優しく広がる「聖なるアップルパイ」。一方、ルイスの「堕落のショコラ」は口に入れた瞬間、官能的な甘さが舌を包み込む。
「それでは……試食を始めましょう」
ルイスが促すと、客たちはまずミカエルのアップルパイを口にした。
「んっ……! なんだか、心が温かくなる……」
「懐かしい味がする……」
客たちは優しい微笑みを浮かべながら、パイを堪能した。
次に、ルイスのショコラを口にする。
「ああ……これは……!」
「背徳的な美味しさ……やめられない……」
客たちはショコラの魔力に引き込まれ、恍惚とした表情を浮かべた。
結果は――
「どちらも素晴らしい……けれど、私はパイの方が好きかな」
「私はショコラかな。もう、他は食べられない味だった」
結果は、僅差でミカエルの勝利だった。
「やったぁ!」
ミカエルは飛び跳ねながら喜んだ。
「なるほど……私もまだまだですね」
こうして、天使と悪魔のスイーツ対決は幕を閉じたのだった。