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7:天使の試練

 夜の帳が下りる頃、カフェ「Café Fallen」の扉が静かに開いた。


 ルイス・ファーレン――いや、ルシファーはカウンター越しに訪問者を見た。


 そこに立っていたのは、一人の少女だった。


 白いドレスに純白の羽。透き通るような金髪と、夜空の星を映したような瞳。


 その少女を見た瞬間、ルシファーは小さくため息をついた。


「……お前か」


 少女――ミカエルは静かにルシファーを見つめ、口を開いた。


「久しぶりですね、ルシファー」


「久しくもない。お前が何度も俺の邪魔をしに来るせいでな」


 ルシファーは淡々と言いながら、カップに湯を注ぐ。


 ミカエルはため息をつくと、カウンターの前に腰を下ろした。


「あなたがここにいる限り、私は何度でも来ます」


「ご苦労なことだな」


 ルシファーは紅茶をミカエルの前に置くと、腕を組んだ。


「で、今日は何の用だ?」


 ミカエルはまっすぐにルシファーを見据えた。


「あなたを天界へ連れ戻しに来ました」


 ルシファーは鼻で笑った。


「それは何度も聞いたセリフだ。俺が戻るわけがないことは、お前もわかっているだろう?」


「いいえ」


 ミカエルは首を横に振る。


「私はあなたがまだ戻れると信じています」


「……」


 ルシファーの顔から笑みが消えた。


 カフェの静寂が、急に冷たくなる。


「どうやら、言葉で説得するつもりはないようだな」


 ルシファーは椅子から立ち上がった。


「つまり、力ずくで俺を連れ戻すつもりか?」


 ミカエルの小さな手が光を帯びる。


 純白の光が指先から広がり、まるで夜を照らす月光のようだった。


「あなたの力を封じます」


 ルシファーはゆっくりと笑う。


「お前の力で、俺を封じると?」


「ええ」


 ミカエルは静かに頷く。


「あなたがこれ以上、人間を堕落させることは許されません」


「はっ!」


 ルシファーの目が赤く輝く。


 バチバチッ――!


 カフェの空気が一瞬で変わった。


 悪魔の力と、天使の力が激突する。


 ルシファーの黒いオーラと、ミカエルの神聖な光がカフェの中でぶつかり合った。


 ミカエルは手を前にかざし、ルシファーの力を封じようとする。


 聖なる鎖がルシファーの体を縛る。


「……っ!」


 ルシファーの動きが鈍る。


 ミカエルはその隙を逃さず、さらに力を込めた。


「これで……あなたはもう悪魔ではなくなる……!」


 ルシファーの周囲を光が包み込む。


 その光の中で、彼の黒い翼が消えようとしていた。


「……チッ!」


 ルシファーは舌打ちすると、カウンターの奥へと跳び水晶を掴んだ。


 ルシファーの力がはね上がる。


 バチバチバチ!!


「ふぅ……。」


 ルシファーは肩を回しながら、ミカエルを睨む。


「本気で俺を封じるつもりだったとはな」


「あなたが拒むなら、私は何度でもやります」


 ミカエルの瞳は揺るがない。


「あなたは元々、堕落するような存在ではなかったはずです」


「……」


 ルシファーの表情が一瞬、曇る。


 しかし次の瞬間、彼は笑みを浮かべた。


「お前は甘いな、ミカエル」


「……?」


「俺はもう、天使じゃない」


 ルシファーはゆっくりとミカエルに歩み寄る。


「お前が何と言おうが、俺は悪魔だ」


「……」


 ミカエルは唇を噛む。


 ルシファーはミカエルの目を覗き込むように、微笑む。


「お前こそ、いつまでこんなことを続けるつもりだ?」


「私は……」


 ミカエルは迷いを見せた。


 ルシファーはそれを見て、さらに笑みを深める。


「お前が天界に忠実なのは知っているが、俺を連れ戻すことにどれだけ意味がある?」


「それは……」


 ミカエルの光が少しだけ弱まる。


 ルシファーは、その瞬間を見逃さなかった。


「お前は、俺を天界に戻したいんじゃない」


「……!」


「お前はただ、俺がここで何をしているのか知りたいんだろう?」


 ミカエルは息をのんだ。


 ルシファーの目が、まっすぐに彼女を見据える。


「お前がここにいる理由も、俺を連れ戻したい理由も、本当に“命令”だけか?」


「……」


 ミカエルはしばらく沈黙した。


 やがて、小さくつぶやく。


「……あなたは、変わりました」


 ルシファーは微笑む。


「俺はいつだって俺だ」


 ミカエルはしばらく彼を見つめていたが、やがてふっと力を抜いた。


 そして、静かに呟く。


「……今日は、ここまでにします」


 彼女の羽が光に包まれ、ふわりと宙に浮かぶ。


「ですが、また来ます」


 ルシファーは肩をすくめ、紅茶を口に運ぶ。


 ミカエルはその姿をじっと見つめ、次の瞬間、光とともに消え去った。


 ――カフェには、再び静寂が戻った。


 ルシファーは、しばらく天井を見上げる。


 彼はカップを置くと、ゆっくりとカウンターの奥へと歩いていった。


 天使の試練は、まだ終わらない。

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