5:悪魔狩り
夜の静寂がカフェを包んでいた。
Café Fallenは、相変わらずひっそりと裏路地に佇んでいる。店内にはほのかなランプの灯りが揺れ、カウンターにはルイス・ファーレンがいつものように穏やかに佇んでいた。
しかし――今夜は、何かが違う。
違和感。
彼は静かにカップを磨きながら、周囲に漂う異質な気配を感じ取っていた。
(……妙だ)
カフェには客が一人もいない。だが、鋭い視線を感じる。
まるで――獲物を狙う狩人のような視線。
ルイスは小さく笑みを浮かべ、カップを静かに置いた。
「……さて、どちら様かな?」
カラン、と扉のベルが鳴る。
現れたのは、一人の男だった。
長いコートを羽織り、フードを深く被った男。
その影が、静かにカフェへと踏み込む。
ルイスは柔らかく微笑みながら迎える。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
男は無言のまま、ゆっくりとフードを外した。
露わになったのは、冷たい鋼の瞳。
鋭い眼光がルイスを貫く。
「……ようやく見つけた」
ルイスは軽く首を傾げる。
「私に何か?」
男は懐から、一本のナイフを取り出した。
「ルシファー――地獄に帰れ」
空気が張り詰める。
――悪魔狩りだ。
ルイスの微笑みが、少しだけ深まった。
「ほう……面白い」
男の目には、確かな殺意が宿っている。
「お前は多くの人間を堕落させ、魂を奪った。……俺はその報いを受けさせに来た」
ルイスは肩をすくめた。
「人聞きが悪いな。私はただ、選択を与えているだけですよ?」
「詭弁を……!」
男はナイフを振り上げた。
その瞬間――
カフェの灯りが、一瞬で消えた。
闇の中、ルイスの声が静かに響く。
「狩人か……久しぶりですね」
刹那――暗闇の中で何かが動いた。
ズシャッ!
男の背後を、鋭い爪のような影が駆け抜ける。
「……っ!」
間一髪、男は身を翻し、カウンターの奥へ飛び退いた。
その目の前に現れたのは――
漆黒の翼を持つ、悪魔の姿。
黄金の瞳が、冷たく狩人を見下ろしていた。
「本当に居た……!!」
男はすぐさまナイフを構え、ルシファーに向かって突進する。
だが、ルシファーは微動だにしなかった。
「遅い」
その一言と共に、黒い魔法陣が浮かび上がり、男の動きを封じる。
「くっ……!」
男は必死に抗うが、まるで見えない鎖に縛られたかのように、身体が動かない。
ルシファーは、静かに男の前へ歩み寄る。
「さて、新人さん色々聞かせてもらおうか」
男は歯を食いしばる。
「……俺は、お前の被害者の遺族だ」
ルシファーの微笑みが、わずかに消える。
「ほう?」
「妹が居なくなり、俺は必死に探した。そして、組織にたどり着き、この店の話を聞いた」
男の瞳には、燃えるような憎悪が宿っていた。
「お前の店に来た後……妹は、居なくなったった。」
ルシファーの表情が、一瞬だけ曇る。
だが、それもすぐに元の冷酷な微笑みへと戻った。
「それは……私のせいではないでしょう?」
「貴様……!」
ルシファーは、男の頬を指先で撫でる。
「お前は、妹を救えなかった」
「……っ!」
「お前が憎むべきは、本当に私か?」
ルシファーの声は、低く甘く響く。
男の瞳が揺らぐ。
「お前が望むなら――お前にも選択肢を与えてやろう」
ルシファーは、懐から羊皮紙を取り出した。
「この契約書を使えば、お前の妹を蘇らせることができる」
男の表情が凍りつく。
「……何?」
「ただし――」
ルシファーは、ゆっくりと囁く。
「お前の命を差し出すのが条件だ」
沈黙が、カフェを満たした。
男の手が震える。
妹を取り戻せる。
だが、その代償は、自らの命。
「選べ」
ルシファーの瞳が、男の心を覗き込む。
男は、羊皮紙を見つめたまま、静かに唇を噛みしめる――
(後半へ続く)