リマス
私は痛みに耐えながら、睨み返す。
「……気づいたよ。その冷たい目、黒く長い髪、他人を従わせる声、暗い暗い空気」
さらに髪を乱暴に引っ張り、私の頭を振る。
「変装なんかで誤魔化せないぞ! やったぞ、これで俺は歴史に名を刻む偉大なる英雄、海の覇者リマス様だ! レイラを捕らえたんだからな!」
興奮したようにナイフを取り出し、そのナイフで私の頬を叩いた。
その瞬間、海賊たちの顔色が一斉に変わった。
「まずいぞ、レイラ様を捕らえるなんて、二度と故郷の地を踏めないぞ……!」
「ああ、俺もだ。残した家族がどうなるか……」
「あの連合王国の犬をなんとかしないと……」
低くざわめく声。誰もリマスを止めようとはしないが、明らかに動揺しているのがわかる。私には何故か、魔力は全く無いのに、そう言った声が聞こえ、人の心の動きを感じる。
だが、当のリマスはその焦りを感じ取ることなく、ますます自信満々に喋り続けた。
「お前のくだらない法律で、俺たちがどれだけ苦労したと思ってるんだ! 棲家を追われ、逃げ延びた連合王国では奴隷のように扱われてな!」
唾を吐きかけ、私の顔を汚した。気持ち悪い。酒と煙草と体臭が混じった、強烈な悪臭が鼻をつく。
リマスは軍服の襟を引っ張り、自慢げに言う。
「信じてないな。俺はな、特別だからな。奴らからも一目置かれてるんだぜ。私掠船の提督だから、こうやって軍服も貰えるんだがな」
軍服は、ぼろぼろで捨てるのを渡されたものだろう。持っている武器も古く錆だらけだ。目は窪み、アヘンのような麻薬にやられているのだろう。
私が、麻薬をこの大陸では全面禁止した。きっと、そのせいで大陸を追われたのだろう。
私は思わず、リドリーだったらと考える。彼なら、古くても武器は磨き整備する。そして体を鍛え、身なりを整える。
それに比べ、このリマスはどうだ? ボロボロの軍服、錆びついた武器、ふらつく足取り。なのに、本人はご満悦ときた。
これでは――
「降参する必要なかったわね」
思わず口にしてしまった。
「何だと!」
その言葉が聞こえてしまったようで、リマスは青筋を立て、手にしたナイフを私の喉元に押しつけた。
しかし、周囲の海賊たちは焦りと警戒の色を濃くしていく。
「おい、やめろ……! 本当に殺したら、もう俺たち終わるぞ」
「親分、それはまずいですよ」
海賊の一人が、おずおずとリマスの肩に手をかける。
「お前ら、俺に指図する気か?」
叫ぶリマスに対し、海賊たちはやれやれといった様子で肩をすくめる。
「いえいえ、商品価値が下がりますぜ。それに、親分ほど偉大な海賊は、相手にも憐れみをですぜ」
彼らは何故か、私の顔を見ようともしなかった。
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