島の魔女
「出て来てもらおうか?」
俺は全身を流れる血を拭う暇もなく、その一言を発した。
霧の中から現れたのは――人魚。
それは、子供の頃に読んだ物語そのままの姿をしていた。煌めく鱗に包まれ、流れるような髪が風に揺れている。その姿は美しく、どこか哀しげだった。
「お前も、魔女なのか?」
思わず声をかける。人でも、魔物でもない。何か違う存在だと直感的に感じた。
「そう言われてるわ。少し、話を聞いてくれるかしら?」
人魚は大きく跳ね、甲板に飛び乗ると、俺の手から半月刀の柄を奪い取った。次の瞬間――その姿が変わる。
目の前に立っているのは、美しい女性。島の魔女、アクアリスだった。
「私は、元々ただの人魚、そして水の精霊だった」
彼女は静かに語り始めた。
遠い昔。まだ幼かった頃、島の若者に命を救われたという。彼女はその優しさに恋をし、何とか人間の姿を得て、彼と共に幸せな生活を夢見た。
しばらくは、本当に幸せな時間が続いた。
だが――若者には野望があった。強くなり、世界を手に入れる。その途轍もない野心が、すべてを狂わせた。
「私は、彼に深海の遺宝……半月刀を与えたの」
アクアリスは言葉を切り、目を閉じた。
「彼のためだと思った。でも、それは間違いだった」
半月刀を手にした若者は、次第に変わり果てていった。海を荒らし、やがて「海賊王」と呼ばれるまでになった。
しかし――仲間に裏切られ、悲惨な最期を迎えることとなる。
「私は、彼の墓を島に作った。半月刀と共に、彼の亡骸を埋めた……」
アクアリスの声が、静かに響く。彼女の瞳には、深い悲しみが宿っていた。
その後、彼女は自ら命を絶った。だが――死ぬことはなかった。いや、死ねなかった。
そうして彼女は、魔女となった。
「私は、彼の魂を探し続けた。でも、どこにもいなかった」
アクアリスは遠くを見つめるように言った。
「世界の海を彷徨った」
やがてアーリスが墓を掘り返し、半月刀を持ち去った。
そこで、ようやく彼女は気づく。
――彼の魂は、半月刀に取り込まれていたのだ。
「それで……どうして戦えと?」
俺は問いかける。
「それは、戦い、負けることでしか彼を解放できないからよ」
アクアリスは静かに微笑んだ。
――戦いは、終わった。
「これで、彼の魂は解放された。ありがとう」
彼女は、半月刀の柄を大切に抱え、静かに礼を言った。
「でも、これはお前の番が持ちかけた取引だ」
俺は驚きながらも、気づけば涙が頬を伝っていた。
「そうか……それは構わない。それより、海賊王は、お前の元に戻ったんだな」
声が震える。涙が止まらない。
アクアリスは静かに頷き、微笑んだ。
「ええ、ここに……私も、これでいなくなれるわ。でも、その前に――あなたの番を助けてあげる」
彼女は優しく言った。
「私たちのために泣いてくれたあなたに、お礼よ」
海へと飛び込み、人魚へと戻ると、彼女の姿は薄れ、まるで霧のように消えていった。
俺は、近づいてきたティアに飛び乗る。
幽霊船は、静かに――海の底へと沈んでいった。
「魔女も……消えていくのか……」
俺は呟く。
レイラの元に急ごう――!
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。




