骸骨提督
霧はさらに深く立ち込めていく。
俺は荒れ果てた船の甲板で、立ち回れる場所を探した。足元には割れた板、腐食した鎖、砕けた骨――長い年月、死者が支配した船の痕跡が散らばっている。
その中で、ぼろぼろの外套に包まれた大男らしき骸骨がゆっくりと動いた。
「わしの名は、アーリス・ヴェイル。この船団の提督にして、海賊王の手だった者だ」
こもった、聞き取りにくい声だった。まるで海の底から響いてくるような、湿った音を帯びている。
俺は剣をしっかりと構え、鋭い視線を向けた。
「我が名はリドリー。王国の騎士団長だ」
骸骨の頭蓋が、かすかに左右に揺れた。
「王国? ヴァルタークか?」
その声には、乾いた笑いが滲んでいた。
「不満か?」
「いや……望むところだ。わしと決闘してくれるんだな? ドラゴンはどうする?」
「心配するな。二対一じゃあつまらんだろう」
俺はティアに、他の船に向かうよう指示した。ドラゴンは悠々と、楽しげに敵船を破壊しに飛び立っていく。
「わしを殺さん限り、何度でも甦るがな」
俺は一歩踏み出し、アーリスの手にある刀を見据えた。やはり異様なほど禍々しい魔力を発している。
「一つ、聞かせてくれ。その半月刀は、お前のものか?」
骸骨の手と一体化した刀を、アーリスは忌々しげに見つめた。
「これか……この刀は、島の墓地から俺が盗み出したものだ」
その言葉とともに、アーリス・ヴェイルは、魔物となる前の出来事を語り出した。
彼の船団は、ある航海の途中、大海の藻屑と消え、船ごと海の底に沈んだ――はずだった。
だが、起こされたのだ。
「魔女によって、魔物にされたのか?」
「そうとも言える」アーリスは自嘲するように言った。
「魔女は、刀を盗んだ報いを俺たちに与えた。そして、こう言った――戦い、死ね。それ以外は許さぬと」
それ以来、彼らは永遠とも言える時間をさすらい続けた。
血の通わぬ骸と化しながら、敵を求め、戦い続けるだけの存在として。
「お前を縛る呪い……それを解くことはできないのか?」
「ああ」アーリスは低く呻くように答えた。
「俺の願いは、再び眠ることだ。永遠に、それだけだ。だが……わしに勝てる者はいない」
その声は、どこか哀しく、しかし誇らしげだった。
長い時を生き、死を知らぬまま剣を振るい続けた者の、静かな嘆き。
「なぜ、連合王国と手を組んだ?」
「ははは……」骸骨が笑う。
「奴らの使者が来て、こう言った。『我らと共にあれば、お前を倒す者が現れる』とな。お前のことか、確かめさせてもらおう」
アーリスの願いは、いつの間にか「負けて永眠すること」から、「強い敵と戦い続けること」へと変わっていた。
自らにかけられた本当の呪いに、気づかぬまま。
つまり――魔女の呪いとは、そういうものなのだろう。
「わかった」俺は剣を構え直す。
「貴様の呪いを、終わらせてやる!」
「ほう……貴様にその力があるか、試してやろう!」
アーリスの口元が、かすかに歪んだ。
それは、死者のような冷ややかな笑み――だが、その奥には、わずかな期待が滲んでいるようにも見えた。
「俺が強くなるには、理由がある。守るべきものがあるからだ」
その一言を聞いたアーリスの顔に、微かな表情の変化があった。
髑髏の奥の眼差しに、羨望と侮蔑が入り混じったように感じた。
だが、それが本当にどういう感情なのかは、俺には測りきれなかった。
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