遭遇
レイラの乗るコロサールの漁船の後ろには、ネグロクサ商会の護衛船が二艘、静かに波を裂いて進んでいた。
そのうちの一艘、前を行く大型船の舳先には、大男のドラムが仁王立ちしている。荒々しい潮風に、彼は何も語らず、ただ前を睨み据えていた。まるで岩のような佇まい——彼もまた、海の男なのだろう。
「あら? きっと、スネアが呼んだのね!」 レイラは軽く笑いながら、海風を受けて髪をなびかせる。
後方の護衛船では、スネアが甲板を忙しなく行き来し、次々と指示を飛ばしているようだ。彼の船が揺れるたびに体勢を崩し、舌打ちしながら足を踏ん張る姿は、まさに戦いの前の緊張をまとっていた。
一方、船団の最後尾——クレオンの軍艦は、まるで大海を支配するかのように悠然と進む。
高い甲板の上、クレオンは静かに立ち、沈む太陽を背にして海を見つめている。風を受けながらも、微動だにしない。彼女の船員は迷いなく、騒がず、混乱せず、ただ淡々と準備を整えていく。
スネアの護衛船の喧騒とは対照的に、クレオンの軍艦はまるで静寂の中にあった。
船団は整然とした美しい一列を描きながら、静かに進む。だが、平穏は長くは続かなかった。
ふと、俺は前方の空を見上げた。そこには——沈みゆく太陽に隠れて、黒い影が不吉に蠢いていた。影が波間にうごめき、耳障りな鳴き声が潮風に混じる。低く不快な響きが波の音を押しのけ、どこまでも広がっていく。
やがて、それらの姿がはっきりと見えた。無数の黒い瞳がぎらつき、船団を獲物を狙い鋭く光る。
だが、それを見逃すティアと俺ではなかった。
「ティア!」
俺の声に応え、ティアが降下し姿を現す。
そして——翼を大きく振るうと、空気が一瞬凪いだ。
次の瞬間——爆発するような轟音とともに、凄まじい烈風が魔鳥の群れを薙ぎ払った。氷雪の息吹が、ドラゴンよりも冷たく鋭いものとして吹き荒れ——
「ギャアアア!」
魔鳥たちは悲鳴を上げ、羽が無惨にちぎれ飛ぶ。波間に次々と叩きつけられ、水しぶきが宙に舞った。
最後の一羽が海へ消えたとき、ティアは大きく翼を振り、誇り高く咆哮した。
その声は、沈みゆく太陽とともに、海原へと響き渡る——
各船の船員たちは驚愕し、一斉に空を仰いだ。
「守護神がついている——恐れることはない!」
誰かが言ったその言葉に、船員たちは一斉に顔を上げ、空を見つめた。どこからともなく湧き上がる安心感が、彼らの心に広がっていく。レイラしか知らぬ旅路への恐れが消えた。
※
——だが、その直後だった。
すべてが、暗闇に沈む。
いつの間にか、霧が立ち込めていた。白い靄がゆらゆらと波間を這い、視界をゆっくりと奪っていく。
その奥に、不穏な影が薄らと浮かび上がった。
不気味な気配が、肌にまとわりつく。生暖かい空気が肺を満たし、まるで霧そのものが生きているかのようだった。
「こいつらは、任せておけ!」
リドリーがティアの背に飛び乗る。
「ごめんね、リド、終わったらご馳走するわ!」
レイラの声が霧の向こうから聞こえた。
「楽しみにしてる!」
ティアが勢いよく翼をはためかせ、霧の中へ飛び込む。
「面舵、いっぱい! 霧を避けて進め!」
レイラの指示が飛ぶと、漁船が大きく旋回した。その動きに続いて、護衛船も軍船も素早く舵を切り、船団全体が霧の縁をなぞるように迂回する。
船首が波を切るたび、霧がゆらめき、白い靄の壁が崩れていく。霧の中心に突っ込むのではなく、慎重にその淵をたどりながら進む船団。だが、霧の向こうには何かが待っている。
俺は、ティアの背で目を細めた。
「ティア、敵を探せ!」彼は単身、霧の中に進んで行った。
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