セーヴァスの飲み屋
あふれかえるほどの人でごった返す居酒屋に、俺たちは足を踏み入れた。
すでに出来上がった男たちが、給仕の女をからかいながら大声で笑い合っている。
「ごめんなさい。ちょっと、お願いがあるんだけど」
レイラは、店の奥に陣取り、明らかにこの店で一番威張っている漁師の網元らしき男に声をかけた。
「何だ! 気味の悪い女だな」
男は大声を上げ、レイラを睨みつける。
その一言に、俺は頭に血が上った。思わず殴りかかろうとした——が、それを察知していたレイラがすかさず俺の手を掴んだ。
「え?」
反射的に振り向く。だが、レイラの顔にはどこか得意げな笑みが浮かんでいた。
「やっぱりね。ふふ、思った通り」
まるで勝負にでも勝ったかのような態度に、俺は思わず口を開けたまま固まる。
レイラは胸を張り、小さく鼻を鳴らした。その仕草が妙に誇らしげで、くそ……可愛らしく見えるのが悔しい。
「何か用かと聞いてるんだ!」
青筋を立てながら、網元が怒鳴る。
だが、まったく動じないレイラの様子を見て、男も一瞬言葉に詰まった。
「席を譲ってくれない? 広く取りすぎでしょ」
「何だと?」
網元の顔に、一瞬理解できないといった表情が浮かぶ。
「それと、お話ししましょう!」
レイラはニコッと微笑みながら、ドラゴニア金貨を数枚、卓上に置いた。
男の視線が金貨に移る。
「……ほう」
低く唸るような声が漏れる。
店内の喧騒の中、その一瞬だけが妙に静かに感じられた。周囲の何人かも、ちらりとこちらを伺う。
網元はゆっくりと金貨をつまむと、その重みを確かめるように弄んだ。
「なるほどな……まあ、いいだろう」
手下を立たせ、俺たちの席を作る。
「その前に、食事を頼んでいいかしら?」
「この店はどれも美味いぞ。任せておけ」
忙しそうにしている給仕の女を捕まえて、手下の男たちがあれこれ注文をしている。
「じゃあ、聞くわ。昼間からどうしてこんなに人がいるの?」
「漁に船を出していないからだ。まあ、少しは出しているがな」
「どうして?」
「魚が獲れすぎてな。獲り過ぎちまうと、買い叩かれるだけだ。しかも、遠洋の魚も近くで獲れる。船を動かすのもただじゃないしな」
料理が運ばれてくる。レイラはそれに一瞥をくれると、消化の悪そうなものと酒を、さっと俺の前から遠ざけた。
「それはいつから?」
「ここ数日……いや、思い出してみれば一週間くらいかもしれん」
「ありがとう。それなら、よく走る船を一艘借りたいのだけど、もちろん、一番の腕利きの船乗り付きで」
そう言うと、レイラは再びドラゴニア金貨を数枚、机に置いた。
「じゃあ、俺が行こう。暇をしてるしな」網元が立ち上がった。
二人が話し込んでいる間に、俺は急いで料理を食べた。——彼女の行動の速さは油断できないからだ。
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