石碑
それは、大きな石碑だった。
奇妙なことに、その石碑からはわずかに光が漏れ出しているように見えた。そして、周囲に漂う空気はひどく重く冷たい。
「ちょっと、抜いてみるか?」
「あー、リドリー様、石碑の文字を調べてからの方が……」
ナッシュが止めようと声を上げた時には、俺はすでに石碑に両手をかけ、引き抜こうと力を入れていた。
「なんだ、全く上がらん」
指先から伝わるのは冷たさと、異様な圧力。まるで石碑そのものが「ここから動くつもりはない」と主張しているかのようだった。
俺は魔力を少し回して、力を込める。
「これで、どうだぁ」
しかし、びくともしない。どんなに重いものでも少しは動くはずなのに――。
「嘘だろう……」
俺は全ての魔力を全身に回す。溢れ出す魔力が、石碑をも包み込み、闇の中で俺と石碑だけが明るく光り始めた。
少しずつ、ゆっくりと石碑が上がってくる。
ざざぁ、ざざぁと、足元の砂が周りから流れ込んでくる。
「まずいな」
最初はわずかに動いていた砂の粉が、次第に雪崩のように流れ出す。砂は俺の体を埋め尽くそうとしていた。
俺の体を覆う魔力がそれを跳ね除けたり消滅させたりしているが、執拗に俺を覆いかぶさろうとする。
それは、俺の動き、石碑の引き抜きを拒絶するかのようだった。
「わぁっ!」
ナッシュたちが立っていた蟻地獄の上の平地が、大きな崩落音とともに飲み込まれていく。魔物の森の中心にある陥没穴は、口を開けるように一回りも二回りも大きくなっている。
その瞬間、魔物の森が静寂から一転、狂ったような魔物たちの喚き声と動きが始まった。
遠吠え、うなり声、叫び声――それらが渦を巻き、森全体を狂気で覆い尽くす。
俺の目の前の石碑は、なおも深く、地中の見えないところまで続いていた。
そして、その陥没穴の地下から、何かが目覚めるような低い音が響いた。それは、警告のようでもあり、挑発のようでもあった。
「ティア、ナッシュ達を拾え!」
陥没穴から、巨大な魔力を感じる。しかも、一つではなく、数多くの魔物のようだ。
数匹の魔物が、俺を囲んだ。多くの目を持ち、大小様々な脚を持つ、固い甲羅と鋭い大きな鎌のような顎を持つ魔物、『アリジゴク』。
砂の流れで、俺は安定しない体をどうにかしようと、重心を取ろうとする。
向かってくる鎌を、俺の宝剣で跳ね返すたび、甲高い音が砂地に響き、周囲に鋭い振動が走る。
「やっぱり、この剣は違う!」
空からは、ティアが冷気の矢を放つ。その一撃で氷の荊棘が地面を這い、魔物たちの脚を絡め取って動きを封じる。
その瞬間、俺の背後から、不気味な魔力の波動が押し寄せる。
その不快な魔力は、俺の体を激しく侵食してきた。
「誰だ!」
振り返ると、空中に浮かぶ一人の女性が目に入った。
ざんばら髪が風に舞い、その髪の隙間から覗く目には、冷徹で鋭い視線が光っていた。
突如漂い始めた異様な空気に、俺は足を止めた。心臓が激しく脈打ち、全身に冷たい汗が広がる。
「お前達、何をしている!」
その声は、明確な怒りを含んでおり、その威圧感に、俺は一瞬息を呑んだ。
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