峠の野営地
たった数時間で組んだネグロクサ商会のキャラバン隊が、マリスフィアの検問に到着した。
他の商会の荷馬車は隅々まで調べられ、乗合馬車の乗客たちは一人一人降ろされ、取り調べを受けている。
そんな中、先頭のネグロクサ商会の大型馬車からドラムが顔を出すと、検問の指揮官が足早に駆け寄ってきた。その顔には、明らかな緊張が浮かんでいる。
「お通りください」
短いその一言は力強く装われていたが、声の端には微かな震えが混じっていた。
ドラムは微笑みながら金貨の入った袋を差し出し、軽く頷いた。
「ご苦労様。皆んなで酒でも飲んでくれ」
指揮官は兵士たちに命令を飛ばし、馬車の進路を開けさせた。
俺たちが乗り込んだ大型馬車の扉は、一度も開けられることなく、ネグロクサ商会のキャラバン隊は、マリスフィアの検問を何事もなく、あっという間に通過した。
「見事なもんだな」俺は感心した。
「ははは、そうだろう。そうだろう」試験では全く良いところの無かったドラムも、やっと面目を保てて喜んだ。
「それで、俺達を雇った狙いは何だ?」
「近頃は魔物も盗賊も危険だからな!」
「おい、寝言はいらん!」俺は暇ではないのだ。
「お前達、レイラ様の手の者だろう? 近衛のレジーナが可愛い格好でいるんだからな。だから、頼んだんだ。目的が同じだからな」
「くそっ、クズ商人」
レジーナは、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、吐き捨てた。ナッシュとナナがくすくすと笑い、それに気づいたレジーナにゲンコツを落とされている。
「助けてー、リドリー様」
俺は無視してドラムと話を続けた。
「確認だ。目的とは、マリスフィアの当主の行方を探ることか?」
「ああ。それと魔物の調査だ。ここからすぐ先、峠に防衛拠点でもある野営地がある。そこに今夜は泊まる予定だ。近いが疑われない、よくあることだ」
「それで?」
「今夜、俺が防衛部隊を接待して、酒を振る舞い手薄にする。その隙にお前達には魔物の森に向かって調査をして欲しい」
「わざわざ、そんなことしなくても大丈夫だがな」
「まあ、念の為だ」
「わかった。細かい調査方法はモルガンと話をしてくれ」
※
峠にある野営地に着いた。ウエストグランとセーヴァスの中間地点にある場所らしい。
急拵えで作られた高い木の柵は新しく、野営地の三方を囲っており、崖の上。もう一面からは、海が見え、セーヴァスの町も見える。
「わーい、海ですよ。兄様」
「ああ、水でなくて、塩水らしいよ 妹君」
打ち合わせは、モルガンに任せて、俺たちは、ドラムに聞いた野営地にある食堂に足を運んだ。
レジーナのご機嫌とりと、ナッシュ兄妹が空腹で煩かったからだ。
裏通りにある古びた食堂「ホワィティ・ハウル」と看板が掛かっていた。壁に、「星喰の書 ⭐︎⭐︎」荷車のタイヤの透かし絵の賞状が飾ってある。
レジーナは食事の途中、「これはとても新鮮で……すごく美味しい」と小さくつぶやいた。彼女は、特に味覚に敏感らしく満足していた。
「今度、レイラを連れてこよう」
「はい。それが宜しいかと」
俺達は、看板料理のフィッシュアンドチップスを腹一杯食べて、夜に備えて仮眠をとることにした。
そして、満月の夜が来て、俺達は宴会の音を聞きながら、野営地を抜け出して、魔物の森に向かった。
道中、森の深い奥から遠くに狼の遠吠えが響いてきた。魔物の森は、ただの森林ではない――それはまるで生きた監視者がいるような場所のようだ。
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