ドラム
副ギルド長の部屋を出て、階下を覗き込む。
そこには、横幅が人二人分はありそうな巨漢が立っていた。丸太のような腕を組み、派手に着飾った服に編み込んだ髪。
彼の鋭い目線がこちらを射抜くように捉える。その眼差しは冷徹で、まるで目の前のすべてを見下ろしているかのようだ。
彼の背後には、威圧感を強調するかのように取り巻きが控えていた。動かない彫刻達は、場の空気をさらに重くしている。
「ふうん……なかなか強そうだな。まあ――氷魔熊くらいか」
「そうでしょ、ふふふっ」
レジーナは悪戯が成功した子供のように嬉々として笑みを浮かべている。口元を釣り上げ、目を輝かせる彼女に対し、モルガンはため息をひとつ。短く、それでいて深い息だ。
俺には見える。男――ドラムが纏う威圧的な魔力が。そしてその力は、モルガンやレジーナと同等か、あるいはそれ以上。
二人がかりなら倒せただろが。彼女の笑顔から、これは朝の仕返しだと悟る。
「お前が親玉か。うちの従業員が迷惑をかけたな」
ドラムが、低く腹の底から響くような声で口を開く。
「ネグロクサ商会のドラムだ」
その言葉と共に、彼は金貨の入った袋を軽々と放り投げた。袋は空中でくるくると回転しながら床に落ち、静かな部屋に金属音を響かせる。
その音には重みがあり、挑発の意図がはっきりと込められていた。
「奴は、商人には見えなかったが?」
「この町の探鉱は、ネグロクサが運営していてな」
皮肉たっぷりの返答だが、俺は軽く手を振りながらあしらう。
「お詫びは聞いた。忙しいから帰っていいぞ!」
俺にもやるべきことがある。無駄な時間を割く余裕はない――そう思ったのだが、ドラムは俺の言葉を聞き流し、さらに話を続けた。
「ついでにセーヴァスまで護衛を頼みたいと思ってな」
「冒険者は検問を通れないと聞いているが?」
俺の問いに、ドラムは豪快に笑い声を上げた。
「わっはっは! 力のない冒険者ギルドと我らを一緒にするな!」
後ろで聞いていたマーチンが露骨に嫌な顔をするのが視界の端に映った。俺は少し考えを改める。
今回の俺の役目は、彼女から課された課題をできるだけ荒立てずにこなすこと。力のある商人のキャラバンとともに潜入した方が……
「まあ、その方が良いかもしれんな」
そう呟く俺に、ドラムは口角を僅かに上げた。その笑みには、確かな自信と挑発が込められている。
「じゃあ、採用試験をしてやる。お前は弱そうだからな」
そう言い放ったドラムは、そのまま俺をギルド裏手の空き地へと連れ出した。
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