レメニア王国 終幕
湖から、再び魔物が溢れ出したという報せが届いた。
セオ王国の騎士団長は、犯罪者たちを地下の監護に入れた後、レイラを送り届け、そのまま戦場に向かったらしい。
「どうする、レイラ? 俺も向かうべきか?」
「その必要はないと思うわ」
魔女のいた塔から湖を見下ろすと、その湖面は分厚い氷に覆われていた。氷の壁が湖全体を囲み、新たな魔物が湧き出るのをしばらく防げそうだ。
「ティアの仕業か!」
成長しているのだろう。以前よりもその力が増している気がした。
見上げると、上空には悠然とドラゴンが飛翔している。村人たちがその姿を見つけ、足をたたんでティアに祈りを捧げていた。
「なんだ、祈られてるぞ!」
「ドラゴンは魔物だけど、昔から守護神のような存在でもあるのよ」
湖から湧き出たテンタクルススライムや大亀は、動きが遅い。セオたち騎士団が討伐を進めている姿が遠目にも確認できた。
「デグ、二人を寝室に運んで監視しておいて。起きたら状況を説明するから」
「承知しました!」
デグはレイラに名前を呼ばれ、直接指示を受けて嬉しそうな顔をしている。
「俺のときと態度が全然違うんだが」
「当たり前だ!」
デグはわざとらしく胸を張り、俺を見下すような視線を送ってきた。ティオスの弟子を下に見るとは。
「レイラ。デグは俺が毒を盛られるのを黙って見てたんだぞ!」
その言葉に、レイラの表情が一瞬で険しくなる。
「ご、ご誤解です! 姫様!……リドリーがその……」
デグの必死な弁解を無視して、俺はにこりと笑いながらレイラの肩に手を回す。
「さあ、国王のところに行こうか」
※
「こ、これは、レイラ様……」
レイラは女王のように毅然と振る舞い、レメニア国王との会議を始めた。
国王は険しい表情を崩さない。助けられた負い目や、秘密が明るみに出た不利な状況に置かれているが、彼は国王としての矜持を保ち冷静を装っている。
「私も盟約を守らねばなりません。モルグの教育と警備は、我が国が責任を持って行います」
「わかりました。しかし、我が国の第一王子がおります。彼は非常に勇敢で、そして――」
国王の声には、不思議な温かさがこもっていた。話題に出せることが誇らしいのか、彼の視線は少しだけ穏やかになった。
「存じておりますよ」
レイラは国王の言葉を受け止めながらも、少し微笑を浮かべて答えた。
「実は、つい先ほどお目にかかりました。我が国の騎士団員として、湖で魔物と戦っています。そして、見事な働きをしております」
「なんと!」
国王の険しい顔が一瞬にして緩んだ。その瞳には、父としての喜びと誇りが宿る。
「彼はヴァルターク王国を大変気に入っております」
レイラの言葉は続く。その声には、静かな確信があった。
「実際、第一王子は私の意図をよく理解してくださっています」そう、彼女の信奉者の一人だ。
国王は一瞬眉をひそめたが、すぐにその表情を引き締め、短くうなずいた。
「……よかろう」
その声には、父としての愛情と政治家としての決断が交じっていた。
こうして、交渉はまとまりを見せた。
俺も、きっと彼女も、モルグのことを不憫に感じたが、言葉にはしなかった。彼がこれから歩むだろう道の険しさを。
その時、会議室の扉が急に開け放たれ、使者が駆け込んできた。
「陛下、地下牢に閉じ込めておりました怪しい者たちが逃げ出したとの報告が……!」
「大丈夫よ」
レイラは動じることなく、微笑を浮かべながら言葉を返した。
「わざと逃がしたの。でも、目星はついているわ。この大陸の向かい側、連合王国よ。……悪魔と手を組んだようね」
俺と違う形で、彼女も辛い戦い続けている。レイラを支えよう、俺は心から思った。
俺と彼女は、ティアに乗り、レメニア王国を離れた。
「どうするべきかしら?」
「そうだな、もう一日だけ、ハネムーンを楽しもう。ティア、高度を上げろ」
「わかった」彼女は、伝書鳩に、手紙を持たせて放った。
はるか眼下、湖のほとりに、小人のような男モルグが、凍った湖をじっと眺める姿があった。
自分が魔女の子供だと知っていたのだろうか?
彼の頬を流れる涙は、既に乾いていた。
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。
外伝的な、レメニア王国編も、これにて終幕です。
わざとテンポを変えて書いてみました。読みづらくてすいませんでした。
リドリーと、レイラの話。伏線や謎を残しております。いつか、続きを書きたいと思っています。
もしよければ、ご評価を頂けると幸いです。
本年は、ありがとうございました。織部




