レメニア王国 その6 モルグ
私の宿に、どかどかと大人数の物騒な集団が入ってきた。
「おい、ここにリドリーとかいう男の連れはいるのか?」
先頭の男の声が響くと、宿屋の主人は片手をテーブルにつき、震える声で答えた。
「二階に……」
彼らの多くは市民兵のようだが、武器は農具や工具が混じり、とても統率が取れているとは思えない。
その中で異様なのは、小柄な男――小人のような体躯だが、王族特有の気品を漂わせている。
そして、その周囲に立つ数名。彼らだけは武器をしっかり持ち、纏う雰囲気からして明らかに訓練された者たちだ。
私は扉の隙間からその様子を伺いながら、小声でセオに指示を出した。
「一芝居を打つわよ」
「御意」
セオは数名の騎士を従え、堂々と階段を降りていく。歴戦の騎士団の面々は、鍛え抜かれた体躯と整った武装で圧倒的な存在感を放っていた。
「なんだ! 俺に何の用だ?」
セオはわざと不快感を露わにし、宿に踏み入った連中に怒鳴った。
市民兵たちは声に驚き、たじろぐ。だが、小柄な男が名乗りを上げた。
「お前は……たしか、セオだったか? 私は、レメニア王国の王子モルグだ。知っておろう」
その言葉に、セオの周囲の騎士たちが一瞬反応を見せるが、すぐに鼻で笑うような態度を取った。実力のある王国貴族や他国の王族がいる騎士団である。
「ふん、レメニアごときが、セオ王国騎士団長様を呼び捨てとはな?」
「王国を名乗れるのは、大陸を統べる我がヴァルタークだけだと習わなかったのか?」
一国の王子に対する酷い物言い。だが、それは私の指示だった。
レメニアは確かに王国と名乗っているが、地方の小さな領地に過ぎず、覇権国家とは比べようもない。権威を見せつける狙い。
モルグの眉が僅かに震えた。
「リドリーというお前の連れを捕らえた」
「連れではない。それで、理由はなんだ?」
「国王殺害未遂だ」
セオは腕を組み、肩をすくめて応じた。
「そうか、捕まえたんだな。じゃあ、引き渡してもらおう。逃げられて困っていたところだ」
モルグは小さく唇を噛みしめながらも、冷静を装っていた。
私はそっと部屋の扉を押し開けた。「私の出番ね」
「お前たち、騒がしいぞ! レイラ王女の御前であるぞ!」
私の部屋から出てきたのは大臣だった。
その声に合わせて、セオをはじめ騎士団員たちが全員ひざまずき、階段上の部屋を仰ぎ見る。
私は、ゆっくりと姿を現した。神秘的な黒髪に黒目、堂々たる立ち姿――それだけで場の空気が変わる。
「レイラ王女だ!」
「ほ、本物だ……!」
肖像画を見たことのある市民兵たちが驚愕し、呆然と立ち尽くしている。
セオは鋭い声で命じた。
「敬意を示せ! 全員、武器を捨てろ!」
怯えた市民兵たちは、一斉に手に持っていた農具や武器を床に落とし、ひざまずいた。
しかし、モルグの近くにいる数名の兵士たちは動かず、依然として武器を握り締めたままだ。
私はその瞬間を見逃さなかった。
「セオ、私に剣を向ける者がいます」
その合図で、セオの騎士団員たちは素早く動き、モルグの周りの兵士たちに接近した。
不意をつかれたモルグの周りの兵士たちは抵抗を始める前に、騎士団の圧倒的な力に討ち取られた。
「一人も逃がすな」
逃げようとする、偽物市民兵の首領らしき男を、セオ達騎士団が追う。
無抵抗の市民兵たちは、大臣達によって、その場に拘束された。
小国の王子はその場に座り込んだ。
「モルグ、久しぶりね」私は、彼に優しく微笑んだ。
「事情を聞かせてもらえるかしら」
視線を宿の外へ向けると、空ではティアが旋回していた。羽ばたく姿が、次の行動を促すように見える。
私は軽く手を振り、指示を出した。
「リドリーが待ってるわ。迎えに行きましょう」