君の名を残して
外伝 ラストです。
サクナ・ノクスフォードは、女の子を一人だけ生み、少し床に伏せるようになった。
「レイラの血を引く女は短命なのかしら。この子には膨大な魔力を持つよう祈ったわ」
「魔女になってしまうよ」レオナールは笑った。
ノクスは、側室をとるようサクナから勧められたが、彼はとらなかった。
「あんな我儘な妹を愛してくれてありがとう」
スサノオ大王が、ノクスに言った。
「お言葉ですが、どこが我儘ですか? 私は幸せですよ」
「そうか。お前の、サクナの子供たちに困ったことがあったら私が助けよう」
スサノオは力なく、無理に笑った。
侯都シュベルトの空は、夕陽に染まり始めていた。
白地に盾とドラゴンが描かれたノクスフォード家の大旗が、ゆっくりと風に揺れる。彼女の愛する屋敷の中で、静かにサクナ・ノクスフォードは横たわっていた。
頬には淡い赤みが残り、眠るように穏やかだったが、呼吸は弱く、徐々にその回数を減らしていく。
レオナールはそっと彼女の手を握った。指先の温もりが少しずつ冷たくなっていくのを感じながらも、目を離せなかった。
「レオナール……」
かすれた声でサクナが呼ぶ。その視線は柔らかく、温かい光に満ちていた。
「サクナ……俺はここにいる」
レオナールは震える声で答えた。胸の奥が締め付けられるように痛む。
サクナは微笑む。その笑顔に、レオナールの心は涙で揺れた。
「リリカ……」
小さな子どもがサクナの胸に抱き寄せられる。まだ幼い娘の目には、理解しきれない不安と母への愛情が混ざっていた。
サクナはそっと娘の髪を撫でた。
「私の宝物……ずっと、守ってね」
娘の手を握り、そっと抱きしめる。その手はやがて緩み、サクナの指先はすべての力を失っていった。
レオナールは泣きそうになりながらも、そっと頬を撫でた。
「俺が守る。必ず」
だが、言葉だけでは届かない深い別れの悲しさが、二人の間に流れる。
「くそっ、繰り返しても寿命には勝てん」
側にいるスサノオ大王が肩を落とした。
窓の外、侯都の風景が夕陽に金色に染まり揺れる。
遥か平原に沈む最後の光が、静かに世界を包んだ。
「ありがとう、サクナ」
兄として、そして盟友として、深い悲しみと敬意が胸に迫る。
サクナは静かに目を閉じ、長く深い息を吐いた。
「兄さん。レオ。私は……幸せだった……」
その声は瞬く間に風に溶けた。
レオナールはサクナの手を握ったまま、涙が頬を伝う。
娘も父に抱かれ、泣きながら母の温もりを欲しがっていた。
「さようなら、サクナ……」
声を震わせながら、レオナールは最後の別れを告げた。
黒狼たちも、静かに周囲で座り、彼女の魂を見送るように見守っていた。
その夜、侯都シュベルトの空には満天の星が瞬き、森や教会、城、そして家族の影を優しく照らした。
サクナ・ノクスフォードは、最期まで愛する者たちに囲まれ、静かに、しかし確かに世界にその光を残したのだった。
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