屋敷予定地
外伝 三話です。
ノクスフォード侯爵家の建築予定地。
侯城の裏手には、昼なお薄暗い森林が広がっていた。
魔物が潜むわけではないが、人の足はほとんど踏み入れない。森自体が、長い間忘れ去られた場所のように、静かに息を潜めているのだ。
「別に、独断変わったところは無いな」
「ええ、国有地、とっても安かったのよ」
「それって……」
レオナールが問いかけると、サクナはにっこり笑った。
「だってスサノオ兄さんが、好きにしろって言ったんですもの」
レオナールは胸の奥で呟く――安いじゃなく、ただで譲られたのだろう、と。口にはできなかった。
彼らは静かに、森林の奥へ足を踏み入れた。
「少し、お待ち下さい。この森林は禁足地です。『呪われて死ぬ』と言われ、この地の持ち主は悉く非業の死を遂げています」
案内役を買って出た、元オルフィン侯爵の執事の顔が一瞬、青ざめた。
「じゃあ、お前はここで待っていろ!」
オダニが呆れた声をかける。
「ここでお待ちしております」
執事は安心したように微笑んだ。しかしその微笑みの奥には、かすかな恐怖と緊張が隠れていた。
彼はレオナールたちが森に分け入るのを見送ることもせず、客車に鍵をかけ、中へ入っていった。
「ふざけた礼儀知らずのやつだ!」
オダニは振り返り、怒りをあらわにした。
「足元に気をつけて!」
建築家のカシスも同行していたが、森の起伏に足を取られそうで、おぼつかない。
「もう、カシスったら。ライト!」
サクナが光魔術で、彼女たちの周囲を柔らかく照らす。
「ありがとうございます!」
「ううん。これは思ったより酷い場所だわ」
サクナは何かを悟ったように、ぽつりと呟いた。
「じゃあ、他の場所にしようか?」
「いいえ、レオナール。この森林は、大掃除が必要なだけ」
森の奥に、ぽっかりと開けた草地が現れた。
「ここが良い気がするけど、ここまで来るのが……」
レオナールは険しい顔をした。
「貴方は城の裏に、こんな森必要ないでしょ?」
「どういう意味だい、サクナ?」
彼女は意味ありげに微笑む。
風に揺れる草の広場に、小さな作業小屋が建っていた。扉にはしっかりと鍵が掛かっている。
「森林の管理人がいるのかな? この土地は」
カリスは、窓ひとつない小屋を訝しげに見つめた。
「森林というものは、人の手を加えるものだが、まったくそのよう作業をしているようには見えないな」
レオナールが答えた。
草原で簡単な食事をしていると、遠くで狼の吠える声が響いた。
それは、サクナが使役している黒狼たちの声だった。
「何があった?」
オダニは即座に反応し、武器に手をかける。
「問題ありません。あの子たちが片付けてくれていますから」
サクナは冷静に答えた。
その後、森林をぐるりと回って馬車に戻ると、地面には襲撃に使ったであろう武器が散乱し、血の跡が森の奥まで続いていた。
「おい、執事は無事か?」
オダニは扉を叩き続けた。反応が全くないので、躊躇せず扉に手をかける。鍵はかかっていなかった。
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