レオナール・ノクスフォード侯爵
帝国落人の村 ― 侯都シュベルト近郊
侯都シュベルト近くの帝国落人の村。
霧の晴れ間から差し込む朝光の中、古びた屋根が静かに光を返す。
「まさか、戻ることになろうとはな」
ボリスが、懐かしげにレオナールへ言った。
「ははは、でもカンベ殿は張り切ってますが」
庄屋の中では、カンベが村人たちに指示を飛ばし、荷を片付け、次の作業を采配している。
かつて流浪の民だった男の姿はもうない。そこにいるのは、この土地を治める“名主”だ。
「すっかり、板についてしまったな」
「ボリス殿、ウラク子爵領の引き継ぎは、もう済みましたか?」
「ああ、近いうちにそちらへ住まいを移すつもりだ。……カンベは知らんがな。だが本当に良いのか?」
ウラク子爵領――肥沃な農地を抱える豊かな土地。そこを引き継ぐことで、この村の貧困を救うこともできる。
「ええ、国王の決定ですから。行きましょう」
ボリスは小さく頷き、カンベに合図を送った。
侯都へ続く山道を、農政局の若者が先導する。
長い木立を抜け、馬車の停まっている開けた道に出ると、彼は立ち止まった。
「それじゃ、ここで」
「え?」
「私の役目は終わりました。旅に出るので、お別れです。……楽しかったです」
若者は軽く頭を下げ、振り返ることもなく、再び森の奥へと消えていった。
「優秀な男だ」
カンベが、しみじみと呟く。
「ええ。引き留めたのですが駄目でした。きっとスサノオ様の新たな使命を与えられているのでしょう」
王国会議 ― オルフィン侯爵領
レオナールたちがオルフィン侯爵領の会議室に入ると、すでに招集された面々が整然と立ち上がり、敬礼を送った。
普段は会議に顔を見せないサクナの姿もあった。彼女は微笑みながら、一歩前に出る。
「これより、スサノオ大王より賜りました書面を読み上げます。――執政官の任命です」
新たな人事が告げられる。
イズモとエンジが再任、オダニが執政官に返り咲く。
そして、アオイの代わりにはタリアンの名。
「アオイの不正により、伯爵領はすべて取り上げる。タリアンは今回の功績をもって、新たな男爵家を興すこととする」
広大だったアオイ伯爵領は、分割統治されることとなった。
ただ、ミナグロスはタリアン家のままだ。
レオナールの名前は、そこになかった。
――だがサクナは知っている。彼の新しい家の場所を、すでに決めているのだ。
「それと、執政官を一名増やす」
読み上げられた名に、ざわめきが起こる。
――カンベだった。
「引退した身だがな……」
「執政官の給金があれば、新しい農具も買えますよ?」
イズモが冗談めかして言うと、笑いが起きた。
「そうだな。引き受けよう」
その豹変ぶりに、さらに笑いが広がる。
やがて場の空気が静まり、サクナが声を整える。
「オルフィン侯爵は非業の死を遂げました。彼には後継者もいません。ですが――オルフィン侯爵領は、王国の盾。才ある指導者が必要です。……レオナール、頼みます」
温かな拍手が会議室を満たした。
「私が狙ってたのに……」
エンジがぼやく。
「向いてないぞ」
オダニがすかさず返し、軽口の応酬が始まる。
「こほん。それで七人となります。――国王の指示を仰がず、進めてください。以上です」
サクナは、レオナールの手を取って歩き出した。
「どこに行く?」
「もちろん、家の場所を見に行くのよ。約束したでしょ――ノクスフォード侯爵」
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